10 軽率と罪
6月1日(木) 朝9時10分
中間テストが終わり、ほぼテスト返却も済んだ。
毎回恒例になる学年順位一覧がそろそろ貼り出される。
朝イチで教育委員会から、連絡が入った。
サイバーパトロールによって 「要注意書き込み」 が発見された、というものだ。
「Oさんって、お父さんから暴力受けてたって聞いたんだけど」
「ほんとに?」
「あたしも同中から聞いたことあるよ。酷かったって」
「酷いってどんな?」
「殴ったりとか?」
「他にも、いろいろ…って」
「かわいそう……」
「お父さん、学校来て暴れたこともあったって」
「やめなよ。ここ誰でも読めるよ」
短文のメッセージを公開しながらやりとりできる人気のSNSアプリだ。書き込みは校内の1年生。書き込んだ生徒の特定もされている。
山脇先生が、悲しそうな顔をした。
「つい先々週、テスト前にスマホの講習やったばかりだってのに……こういうのがどれだけ人を傷つけるか、なんでわからないんでしょうね……」
見る人が見れば、すぐに尾上の件とわかる。
同じクラス――1年4組の女子による書き込みとわかって、山脇先生は落ち込んでいる。尾上の心の傷、かたやこうした無神経な行動をとってしまう生徒たちの幼さ……。
スマホを学校に持ち込めるようになったばかりの子が多いため、というのもあり、特に1年生は、自分が書いたことが世界中に公開されている、という意識が弱い。
愛称などで名前をいくらボカしても、アプリ上の身元は素人にもすぐバレる。学校名に交友関係、写真の背景に写り込んだ町並み……個人情報の特定など容易い。プロバイダ――接続業者からの情報を見られる警察が絡めば、証拠も先に押さえられているから言い逃れなどできない。
学生時代の暴言や軽率な行動が、就職などの節目で掘り返され、本人に汚点として返ってくるケースは急激に増えている。
尾上の過去のDVについての書き込みは、すでに削除されているが、繰り返させないためにも、書き込みをした生徒への指導は必要だ、という話になった。
ただ、厳しくすればいい、というものでもないのが難しい。例えばこの書き込みに対して関連した生徒を一律で厳しく指導すれば、一時は確かに沈静化する。しかし、その分の反動は必ず出る。
「自分は心配しただけで悪意はなかったのに、あんなに厳しく指導された」――いくら自分の軽率さを理解させたとしても、「あんなに怒られた」という印象が残ると反動はどうしても生まれる。それが、人の心だ。
そうなったときに、よりわかりにくい形で尾上へ逆恨みになって戻るリスクが怖い。
逆に、尾上が腫れ物を触るように扱われるのも、避けたいところである。
「辰巳先生、生徒指導担当として入って。あとは僕と、担任の山脇先生で、この子たちと話しましょう。生徒指導部の専業の先生方にも報告を上げて、全体への注意喚起の指導も合わせてやってもらう。大人や社会の目があることを地道に教えていくしかないね」
日向先生が指示を出し、生徒指導部の先生方との折衝に行った。
生徒指導部からは、各学年で、緊急集会を開く、という決定が出た。
時間は15分位で良いから、校内に一斉に「聞かなくてはならない話」がある、ということを周知して、再発防止に繋げるのが狙いだ。
合わせてこちら担任チームは、1年4組の生徒たちと話をする段取りを進めておく。落ち着けば話を聞ける子たち、のはずだ。
◇
同日放課後 緊急の全体集会のあと。
4組の生徒たちは、呼んだ時点でずいぶんとしおらしい態度になっていた。自分たちのせいで、全校生徒が集会に招集された、という事実はさすがに堪えたようだ。
書かれた人の気持ちになったら、酷いことだ、と気づいて自主的に書き込みは消したという。
開き直るようなことなく、自分たちの非を認められたのを見て、山脇先生は少しだけほっとした顔をした。
ただ、心配なのは、今後とも、こうしたことはいつでも起こり得る、ということだ。
尾上の場合、触れてほしくない過去がある、というだけで、それを話題にすること自体の責任を厳密に、学校のルール的に問えるか、と考えると、どうしてもグレーにならざるを得ない。
本人の気持ちを考えれば、当然そんなことをネット上で持ち出すのはもちろん、会話で出すことだって失礼で、すべきことではない。当たり前のことだ。
ただ、それを強制できるだけの規則や法律がきちんと整備されている、というわけでもない。
――人として、友人として、どうなのか?
一人一人がそう己に問えるだけの大人にならないと、根本的には解決しない。