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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
二章 羅生門の時間_2017年4月編
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9 ある日の「羅生門」授業 二

「前回解説した通り、仕事をなくした下人は、それでも盗人――犯罪者になるまでの勇気も出ず、羅生門で寝ることにした。しかし、門の上に人がいることに気付く」


――この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。


「下人がすっかり警戒モードになってしまっているのが面白い。『どうせただの者ではない(キリッ)』……いやいや、おまえも寝にきただろうと。下人は、普通の人で、普通に怖がる。決してタフなヒーローではないんだ」


 下人が門の上を覗くと、いくつともわからない死体が転がっている。着物を着た死骸と、裸の死骸がある、というところから見て、もうすでに死体の投棄と、服の窃盗が習慣化して、繰り返されていることが推測できる。

 火の光に縁取られ闇に沈む、ゴロゴロと転がる「永久の()しのような」死体の山……圧倒的な沈黙。


――下人は、それらの死骸の腐爛した臭気に思わず、鼻を掩った。しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。 


「強い恐怖心によって、下人の嗅覚はマヒしてしまった。死体の中に妖怪のような老婆を見つけ、相手に見入っている。ここから、芥川の繊細な人間に対する洞察力が発揮される場面だ」


 老婆は、そこにあった女の死体から、一本ずつ髪を抜いていく。

     ↓

 すると、下人の恐怖が少しずつ、消えていく。

     ↓

 同時に、下人は老婆へ、いや、あらゆる悪に対して、激しい反感を感じ始める。


「問題は、この感情がどこからきた、何か、というところなんだ。本文を読んでみよう」

 

 ――下人には、(もち)(ろん)何故(なぜ)老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。


「わかるかな?『相手は悪に違いない』と主観で決めつけているだけで、この自称『正義の怒り』はただの気分でしかないんだ。もっと手前まで振り返れば、下人は強い恐怖を感じて、老婆を怖がった。ところが、髪の毛を一本ずつ抜く、という老婆の地味な行為をダラダラと見たことで慣れて、恐怖が薄れてきた。そこに、恐怖の代わりに、入ってきた感情が怒りだった。老婆に怖がらされた分だけ、怖くなくなってきたあと、ムカ腹がたってきた――そんな風に考えるとわかりやすい」


 下人の正義の中身のなさが読みどころだ。


 一人よがりの正義で燃え上がった下人は、老婆を取り押さえる。

 老婆に勝利した下人の心からはふっと憎悪の心が消えて「仕事が成就した得意と満足」ばかりになってしまう。


「ここでも、下人の自称『正義の怒り』の薄っぺらさがわかる。例えば、老婆が凶悪な犯罪者で、多くの人を傷つけていたとしたら?取り押さえたから、といって怒りが消えるわけがない。ここで怒りが消えてしまうのは、下人が自分の気分だけで怒って、正義という建前で自己満足してたからなんだ」

 

 下人は老婆に刀を突きつけて、何をしていたか問い質す。

 しかし、老婆が自白を始めると、またぶり返すように腹が立ってくる。


 ――「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、(かつら)にしようと思うたのじゃ。」

 

「下人は、自分をもっと肯定できるような告白が聞きたかった。この老婆が凶悪犯だったとか、人を食う山姥(やまんば)だったとか、そういう話を聞いて、より満足したかった。だが正体は……ただの貧しい老婆だった。だから、下人は再び怒ったんだ――なんで、こいつ、こんな下らないヤツなんだ――と」

 

 そして、下人の不満そうな顔を見て、老婆は死体で(かつら)を作った言い訳を始める。

 老婆にしてみれば、お金に困って鬘作りという悪事はやった。でも、そこに若者が、いきなり刀をもって襲ってきた……そこまで悪いこと?と思って「鬘作りはそんなに悪いことじゃない」と言い訳する。下人が聞きたいこととは、全く違う。二人は見事にすれ違っている。


 ――「わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、饑死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの」


 老婆の言い訳。要点は――生きるため、仕方がなくする悪は許される。


「下人はついに、自分が悪事を働くために、都合のいい言い訳を手に入れた。なので、自分でもそれを利用する。正義の味方、どこへやらだ」


――「では、(おれ)引剥(ひは)ぎをしようと恨むまいな。(おれ)もそうしなければ、饑死をする体なのだ。」下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとり、手荒く死骸の上へ()(たお)した。


「結局、下人は犯罪者に堕ちた。『夜の底へ駆け下りた』とあるように、もう、真っ当な人の生きる世界ではないところへ行ってしまったことが暗示されている……ここまでで、あらすじの話は終わり。

 次回は作文を書いてもらおうと思う。羅生門に 『続き』 があったらどんな話になるか、それぞれ考えてみてほしい。日直さん、号令お願いします」

本編のあらすじ授業はこれでおしまいですが、

「結」ではないので…まだ授業は続くことになります。

是非、最後まで聞いていってくださいませ。

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