8 マネージャー多くして、部活ときに迷走す
5月16日(火) 午後4時 中間考査6日前
部活のメンバーもほぼ決まり、新入生にまつわるもろもろも、おおむね終了。
学校のサイクルが落ち着いてきた。
テスト前、ということで部活は基本的に休み。が、バスケ部は3年生最後の舞台、地区大会が直前だ。顧問が印鑑を押した、特別活動届が職員室に貼り出されている。
放課後、一通り生徒の様子見と、追い出しを兼ねて校内を歩く。
図書館や教室で勉強している者はまあ大目に見るが、教室でここぞとスマホゲームやカードゲームをやり始める連中が出るのも、まあ恒例だ。
「勉強しないなら、さっさと帰れよ」と声をかけながら歩く。
ついでに、体育館棟の様子も見に行く。手前からダン、ダン、ダン、と、ドリブルの音が響いてきて、バスケ部が練習しているのがわかる。静かな校舎に、ボールの振動は思いのほか響く。
職員室近くにある浄水器にジャグをもった女子マネージャーが歩いていくところに、すれ違った。
尾上千絵だ。両手に大きなジャグをもち、えっちらおっちらと歩いてくる。
「尾上、おつかれ。マネージャーも大変そうだな」
「いえ……」
笑顔で答えているが、どことなく、無理があるように見える。
「……困ってることあったら、抱え込むなよ。俺とかで話しにくいなら、学年の飛田先生とか坂本先生とか、女性の先生もいるしな」
「……先生」
一瞬、ほんの一瞬、彼女の笑顔が消えた。
きゅ、と口元に力が入る。
尾上は口角を上げて、笑顔をつくった。
「大丈夫です。大変ですけど、ちゃんと、楽しくやってますから」
「そうか」
彼女がすれ違って、遠ざかっていく。
少々気になる。
そのまま体育館まで歩く。
体育館入り口でぶらぶらしている円城を見かけた。中の練習の様子を見ているらしい。
脇を通って体育館のドアを抜け、バスケ部が活動している奥側コートへ向かう。
得点板の付近に、マネージャーの一団がいた。
3年生1人、2年生1人、1年生はここにいない尾上を入れて3人……実際のところ、人数としては多すぎるのだろう……だが、それなら、なおさら重いジャグを尾上ひとりに任せていたのはおかしい。
「こんにちは」と声をかけると、マネージャー4人から同時に「こんにちは」が帰ってきた。
体育館の用具庫に向かう風を装いつつ、続ける。
「マネージャーお疲れ様。テスト前なのに、大変だね」
「大会近いんで、仕方ないですよ」
3年生のマネージャー、菊池が得点板を操作しながら答える。
「さっきさ、1年の尾上だっけ。すれ違ったけど、ジャグひとりで抱えて、重そうだったぞ」
……
一瞬、菊池の目頭のあたりが強張った。
「他に1年いないのかと思ったんだけど、結構いるんだな。ひとりで行かせるのはしんどいんじゃないか?」
「……そうですね。次から複数で行ってもらいます」
つっけんどんな言葉。明らかな動揺と、瞳にほの見える敵意。
1年生が不安げに菊池の顔を見つめている時点で、何かあるのはバレている。
――間違いない。部内で尾上にプレッシャーをかけている。1年生も、その状態を認識している。
周囲に目がある状態で深追いすると、尾上の立場が余計に危うくなる可能性もあるので、この場ではここまでにする。
話を切って、用具庫に入る。中で仕事をしているフリをしつつ、体育館内の様子をもう少し見ておく。
◇
3分後。
体育館のドアが開いた。
尾上が両手にジャグをもって歩いてくる。
「尾上、おつかれ!ありがとう!」
からっとした、親しげで、大きな声が彼女を迎えた。
練習中なのに、尾上が入った途端に、すぐに声をかけたのは3年の福井真吾だった。そう言われた尾上の顔も、すっかり華やいだ色になって福井の顔をまっすぐ見ている。
そして、それと対照的な、ヒドい目つきを尾上に向けたのが――
3年生のマネージャー、菊池だった。