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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
二章 羅生門の時間_2017年4月編
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8 マネージャー多くして、部活ときに迷走す

 5月16日(火) 午後4時 中間考査6日前


 部活のメンバーもほぼ決まり、新入生にまつわるもろもろも、おおむね終了。

 学校のサイクルが落ち着いてきた。


 テスト前、ということで部活は基本的に休み。が、バスケ部は3年生最後の舞台、地区大会が直前だ。顧問が印鑑を押した、特別活動届が職員室に貼り出されている。


 放課後、一通り生徒の様子見と、追い出しを兼ねて校内を歩く。

 図書館や教室で勉強している者はまあ大目に見るが、教室でここぞとスマホゲームやカードゲームをやり始める連中が出るのも、まあ恒例だ。


 「勉強しないなら、さっさと帰れよ」と声をかけながら歩く。


 ついでに、体育館棟の様子も見に行く。手前からダン、ダン、ダン、と、ドリブルの音が響いてきて、バスケ部が練習しているのがわかる。静かな校舎に、ボールの振動は思いのほか響く。


 職員室近くにある浄水器にジャグをもった女子マネージャーが歩いていくところに、すれ違った。


 尾上千絵だ。両手に大きなジャグをもち、えっちらおっちらと歩いてくる。

「尾上、おつかれ。マネージャーも大変そうだな」

「いえ……」

 笑顔で答えているが、どことなく、無理があるように見える。


「……困ってることあったら、抱え込むなよ。俺とかで話しにくいなら、学年の飛田先生とか坂本先生とか、女性の先生もいるしな」

「……先生」

 一瞬、ほんの一瞬、彼女の笑顔が消えた。


 きゅ、と口元に力が入る。

 尾上は口角を上げて、笑顔をつくった。

「大丈夫です。大変ですけど、ちゃんと、楽しくやってますから」

「そうか」

 彼女がすれ違って、遠ざかっていく。


 少々気になる。

 そのまま体育館まで歩く。

 体育館入り口でぶらぶらしている円城を見かけた。中の練習の様子を見ているらしい。

 脇を通って体育館のドアを抜け、バスケ部が活動している奥側コートへ向かう。


 得点板の付近に、マネージャーの一団がいた。

 3年生1人、2年生1人、1年生はここにいない尾上を入れて3人……実際のところ、人数としては多すぎるのだろう……だが、それなら、なおさら重いジャグを尾上ひとりに任せていたのはおかしい。


「こんにちは」と声をかけると、マネージャー4人から同時に「こんにちは」が帰ってきた。

 体育館の用具庫に向かう風を装いつつ、続ける。


「マネージャーお疲れ様。テスト前なのに、大変だね」

「大会近いんで、仕方ないですよ」

3年生のマネージャー、菊池が得点板を操作しながら答える。

「さっきさ、1年の尾上だっけ。すれ違ったけど、ジャグひとりで抱えて、重そうだったぞ」


 ……

 一瞬、菊池の目頭のあたりが強張った。

「他に1年いないのかと思ったんだけど、結構いるんだな。ひとりで行かせるのはしんどいんじゃないか?」

「……そうですね。次から複数で行ってもらいます」

 つっけんどんな言葉。明らかな動揺と、瞳にほの見える敵意。


 1年生が不安げに菊池の顔を見つめている時点で、何かあるのはバレている。


――間違いない。部内で尾上にプレッシャーをかけている。1年生も、その状態を認識している。


 周囲に目がある状態で深追いすると、尾上の立場が余計に危うくなる可能性もあるので、この場ではここまでにする。

 話を切って、用具庫に入る。中で仕事をしているフリをしつつ、体育館内の様子をもう少し見ておく。


  ◇


 3分後。

 体育館のドアが開いた。


 尾上が両手にジャグをもって歩いてくる。

「尾上、おつかれ!ありがとう!」

 からっとした、親しげで、大きな声が彼女を迎えた。


 練習中なのに、尾上が入った途端に、すぐに声をかけたのは3年の福井真吾だった。そう言われた尾上の顔も、すっかり華やいだ色になって福井の顔をまっすぐ見ている。


 そして、それと対照的な、ヒドい目つきを尾上に向けたのが――


 3年生のマネージャー、菊池だった。

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