3 職員会議はオヤスミの後で
気を許すと、眠気にもっていかれそうになるな、やばいな……と感じながら、そのまましばしうとうとしていた。正直、しっかり姿勢を正すところまで元気が出ない。自然に再び身体がのめっていってしまう。
「麻衣、もう邪魔しちゃダメだからね……ちょっとは応援してよ」
「……センパイがあんまりちょこまか可愛いからです……先生にはもったいないです」
女子中心の部活だけに、ほっておくとこの調子で賑々しい。
「……先生の運命は前から決まってるの……あとは時間の問題なの」
「……うーん……何の話してるんだよ……」
「センセイ、ゆっくりお休みになってくださいね。後は、なんにも心配いりませんから。」
円城の手(と思われるもの)がそっと右手に触れた。
身体にびくっと震えが走る。
「眠れなくなる。勘弁してくれ……あと少しだけ……で起きるから」
眠気に引き戻されそうになりながら、どこかでこのやりとりに安らぎを感じている自分がいる。
俺が顧問を努めるこの「創作部」は、第二特別教室を部室兼活動場所にしている。
広々とした教室には30セットの机と椅子。なんとなく落ち着く教室後方の一角、思い思いの位置に部員が座り、めいめい漫画やイラスト、小説といった作品作りに取り組んでいる。
文化祭にはまだ少し遠いこの時期から、創作部は恒例の「文化祭用の有償部誌」作成を開始する。学校からの貸付金5万円を同人誌の印刷所にまとめて払い込み、100ページ超のカラー表紙の部誌を刷り上げる。
あくまでも貸付なので、最後には全額返金しなければならない。文化祭の二日間で150冊売り切れば、同人誌印刷代が何とか捻出できる。売り切れなければ泣く泣く部員が小遣いで買い取って補填する。
一冊350円が大金なのは、買い取らされる部員だけではない。いくら生徒の頭がハッピーになっている文化祭期間とはいえ、半端なクオリティでは買い手にスルーされる。
創作部員にとっては、プライドと実力を賭けた、年に一度の大勝負なのだ。
文化祭は9月の中旬だが、印刷所に早期割引の印刷を依頼するには、遅くとも夏休みの終わり、8月中に原稿を仕上げなくてはならない。テストや行事の日程を考えると、あまり余裕はない。6月上旬の今から漫画のネーム作り、小説の構想錬りに執筆と、部員は真剣だ。
気心の知れた部員たちしかいないこの空間にくると、つい気が緩んで疲れがどっと出てしまう。そもそも、カリカリした空気ばかり出していても創作は捗らないし……。
◇
リズミカルに響く鉛筆やペンの音、ときおり聞こえる、お互いの作品を見せ合っての会話。窓の外のしとしとと続く雨音……。
耳から入ってくるそれぞれの音が混然としている。
――今日、最低でもやっておかなきゃいけない仕事は、何と何が残ってたっけか……。
うつらうつらと考えていると、また半覚醒状態に自分がなっているなぁと思う。
「先生」
円城の優しい声がする。労ってくれてるのか……いかんな。それほど、疲れて見えるか。
「もう、夕方5時前ですよ。今日の部活動の延長、OKってことでいいんですね?」
「……はぁぁ?」
自分でも素っ頓狂とわかる声が出た。
がばっ!と大文字で擬音が空間に浮かびそうな勢いで思い切り身体を起こす。
今度こそ、ばっちり目が覚めた。
机につっぷしたのが午後3時30分頃……まだ午後4時前くらいではないのか?嘘だろ?
「1時間以上無防備に寝るとか、先生疲れすぎですよ。そのうち本当に死にますよ?」
橘がまたケラケラと笑いながら、状況を説明してくれた。
「げげげげ!」
やばい。二週間に一回の定例職員会議をすっとばした。
煮詰まっている会議に途中入室。
……しかも寝過ごして。うーん胃が痛い。
急な発熱で早退したことにでもして、もうこのままばっくれようか……。
「……なあ、円城。俺は重要な生徒対応の件で手が取られていて、会議に出ることができなかったってのはどうだ。辰巳先生はどうしても今じゃないといけない大事な指導をしてた―――ってことにならないかな」
「はい。喜んで。私とのキスが重要すぎて会議どころではなかった、ということにしますね」
にっこり。
俺の乾いた笑顔と、円城の天使のほほ笑み。――合わせ鏡のごとし。
「……会議いってくる」
はぁ。と一つ溜息をついて、立とうとすると、右手にイチゴのキャンディを二つ握っていることに気がついた……円城なりの、いたわりらしい。
ありがとう、と言いながら一つをポケットに、一つを口に放り込んで、教室のドアに手をかけた。
口の中のイチゴ味を感じながら、廊下に出て、会議室へ向かおう……そう思って20メートルばかり歩いたところで、第二校舎から悲鳴のような声……。
まさか本当に「重要な生徒対応の件」に巻き込まれるとは思わなかった。