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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
二章 羅生門の時間_2017年4月編
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7 そろそろ部活を決めましょう

4月28日(金) 15時50分 学年会


「クラスの入部届、大体集まりましたか?」


 学年会……学年の担任の先生、副担任の先生らを交えた話し合いだ。毎週1回程度、こうして会議を行って、今後の指導や、現在の懸案などの意見交換をする。


 俺は担任で、学年の生徒指導担当でもある――校内には、生徒指導を専門的に担当する先生方もいる。学校全体に対する指導の実施や、職員会議で取り扱うような大きな問題行動に対しては、主に専門の先生方が出てくる。


 新入生の多くはこの時期、部活に加入する。部活動は、生徒指導部の管轄になっているので、そのとりまとめは俺が学年内で行い、専門の先生チームに連絡する段取りだ。


 5組の村井先生は機嫌がいい。

「大体、出ましたね。2週間の見学期間で、ほとんどの生徒はどこに入るか決めたようで。うちのバスケ部も今年は豊作でした。ただ、今出てない連中は、帰宅部でしょうね……」

 担任ごとの集計を集めてみると、各クラス数名から多くて10名程度、学年だと6クラスで50名ほど、入部届けの出てない者がいる。

 

 この高校では、部活の加入は強く推奨するが、強制ではない。

 学校によっては1学年全員の部活所属を義務にするケースもあるが、そうすると部活加入率が上がる代わり、やる気のない人間が流入する。そうなると部活の活動に悪影響が出やすい。

 

 先生方としては、お金や見返りを期待せず、場所や時間、設備も確保された環境で何かに打ち込める、などという贅沢な状況は、そうそう人生であるものでもない、と伝えたいのだが、バイトだ、遊びだ、デートだ、と目の前の「楽しいこと」にうつつを抜かしたい気持ちもよーくわかる。


「そういえば」――2組の副担任を務める新人、竜田先生から声が上がった。

「彼女……ヒロシはどうなったんですか?」

「円城、ですね。彼女なんですが……」

 4組の山脇先生が、もう入学したのだから、と諭すように本名で返す。

「まだ、特定の部には入部届を出してないんですよ。放課後はよく尾上と行動をしていて、バスケ部に出入りしていた姿を見られたりしてるんですがね」


――尾上か。そういえば、バスケ部のパフォーマンスにずいぶん食いついていた。


 山脇先生が続ける。

「尾上は早々にバスケ部マネージャーで届を出してきたので、この一覧にも入ってるんですが、円城はそのあともぶらぶらしてるみたいです」

 

  ◇


「まあでも、尾上が部活で楽しくやってくれてそうなのは、担任団としては、ほっとするね。見守ってあげないと」

 学年主任で、1組担任のベテラン、日向先生だ。


 部活紹介の場で、尾上の名前に既視感があった理由は、あのあとすぐ判明した、というか、思い出した。

 入学直前、中学から注意を要する生徒のリストを受け取った際、かなり深刻な事情のある生徒として「尾上千絵」の名前があったのだ。


 連絡事項の内容は「DV――ドメスティックバイオレンスによる保護歴」だった。


 近年、保護者によるDVや、ネグレクトが表面化しやすくなってきた――おそらく、事件そのものは以前からあったが、多くが見過ごされてきたのだと思う――そうしたときには学校は関連機関と連携して、生徒の保護を第一に事態に当たる。


 中学時代にそうした被害に遭うなどの事情がある生徒については、学校の垣根を越え、高校へも情報を通しておかないと、進学のタイミングで保護体制に穴が開く。深刻なケースほど、情報は慎重に扱い、かつ必要な人間に共有しておかないといけない。


 尾上千絵は、まさに重要度の高いケースだった。仕事を転々としていた父親は、酒に酔っては暴れ、最初は母親に、次第にエスカレートして千絵本人にも暴力を繰り返した。最後は母親が千絵を連れて保護施設に駆け込んで、やっとのことで逃れたという。


 父親は逆恨みし、酒に酔って中学校に乗り込んで暴れたり、学校の職員に恫喝まがいのことまでしたそうだ。


 離婚は成立しているし、司法から母親と娘に近寄ることは禁じられている。妻に収入面で頼れなくなったので、遠方の実家に帰ったそうだが、こうした『自暴自棄になった人間』は時に何をするかわからない不安が残る。


「万が一、また父親がこっちに出てきたり、なりすまし電話をかけてくる、なんてこともあり得るからね。尾上や母親の個人情報――在籍しているかどうかも含め、今後も外部の問い合わせには一切答えない、という方針を再徹底で。僕からも職員会議でもう一度議題にして、再度周知しとくから」


 部活の話、そして生徒の保護の話……この後は、1学期中間テストの打ち合わせに、テスト後に控える体育祭競技の検討……。


 1年生1学期の担任は、3年間で最も忙しい、といわれるだけあって、もろもろの仕事が積み上がっている。


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