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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
二章 羅生門の時間_2017年4月編
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6 お昼休みはみんなで

4月24日(月)

 1年生の授業が本格的に始まって、1週間ちょっと。


 担任としては、人間関係が気になるタイミングだ。3階の教室に、ちょくちょく様子を見に行くようにしている。


 廊下を歩き、それぞれのクラスを覗いてみる。

 校内の共用スペースは、上級生が使う関係上、1年生は使いにくい。ほとんどの生徒はクラスルームで弁当を食べるか、学食でお手軽価格の定食や麺類を食べるか、になる。

 ただし、学食はほぼ毎日売り切れるので、ありつくためには4時間目終了後、さっさと走るしかない。

 

 かたや、各クラスルームでは、この時期、女子が派手に机を寄せ合って食べる姿が見られる。最近は特に集結する机の規模が大きくなっているように感じる。

 毎年思うが、他人と一緒にいられないと負け……とでもいうような、妙な圧力が強まっているように思えてならない。クラスによっては、女子の大部分……20個近い机をひっつけて、食事をしている。

 マイペースに食べている子が多いと、逆にほっとする。正直、食事くらい、気分で友達と食べたり、ひとりで食べたりできた方が健全だと思うが……


 ――次の段階、5月から6月にかけて、大規模集団が分裂するときがまたもめるんだよな。


 4月、入学すぐからSNSなどをせっせと頑張って、友達たくさんをひたすら目指すような生徒に限って、その後の人間関係でトラブりやすい……というのは教師をやっているとよくわかるようになる。

 職員室で「友達100人できるかな、なんて歌を作ったヤツ、ぶん殴ってやりたいねぇ……」なんてヒドい愚痴が飛び交うのも、春から初夏にかけてだ。


 「友達が多い=勝ち組」と信じる子は、そのまま無理を続けて精神的に疲弊する可能性が高い。中学生まで、スマホ持ち込み禁止の学校が多いせいもあって、高校生になった途端、使い方がわからないまま炎上やもめごと、孤立を招くのも、一年生の恒例だ。


  ◇  


 4組の教室で円城の姿を見かけた。尾上や他にも何人かの女子がいる。教室内で、10人弱のグループになっている。

 こうしたそれぞれのグループに、声をかけながら様子を見ておくのも、学年担任としては大切な仕事だ。

 

「楽しくご飯食べてる?」

「にぎやかですよ」

 円城がこちらを見て答える。隣の尾上もニコニコ、いい笑顔だ。

尾上のことは、別件で気になることがあっただけに、笑顔でいてくれているのが嬉しい。


「先生、でも、ちょっといろんな先輩が来るんで、気になるというか、落ち着かない、んですけども……」

 グループのひとり――4組の一ノ瀬が口を挟んだ。


 ちょっと気になる。

「いろんな先輩?」


「今は、軽音楽部の横山先輩と、サッカー部の原先輩が良く来てて、そのせいか他の人があんまり来なくなったんですけど……なんていうか、咲耶を見にきてるというか」


 軽音の横山……先日の部活動紹介で調子に乗っていた、ビジュアル系バンドの3年生だ。付き合う女子をコロコロ変えていて、そのたびに人間関係でいざこざになっているので、職員室での評判は極めて悪い。


 サッカー部の原は、2年でチームの要。ミッドフィルダーで攻撃の柱を担っている花形だ。こちらはあまり浮いた話は聞かないが、バレンタインは結構な数のプレゼントをもらっていた、と噂になっていた。


 円城は、我、関せずの姿勢で食事を続けている。

「あと、バスケ部の福井先輩もよく通りすがるよね」

 補足したのは同じく4組の森。

「そうそう、絶対意識してるよね、あれ」

 一ノ瀬がうなずく。


 しかし、バスケ部の福井については、円城は違う見解のようだ。

「うーん……福井先輩の目当ては、私じゃないと思いますよ」

 そっと視線を尾上の方に動かした。


  ◇


 しかし、個々に事情の差異はあるにせよ、どうも話をまとめるに、入学式からの半月ほど、このクラスには上級生の男子がひっきりなしに顔を見せに来ていたらしい。ようやく落ち着いてきたのも、ここ2、3日。

 何かと用事を作っては話しかけてくる、廊下から遠目に見つめてくる、わざとすれ違って容姿を確かめにくる……グループの子たちが見るに、その男子どものお目当ては、おしなべて姫――早くも『円城姫』が仲間うちに定着している――円城咲耶なのだそうだ。


 そして、実際に顔を出した男子の行動は、大きく3つに分けられるという。


 一つめのパターンは、遭遇一度で敗北組。声をかけたものの、円城にすげなくされる。もしくは釣り合わない現実を認識して、二度と来なくなるパターン。


「先生、森が姫……円城さんのマネするんで、話しかけてみてください」

 一ノ瀬の提案だが、すでに意味がわからない。


「……なんだそれは」

「いや、円城さん、先輩相手でもクールでカッコイイんすよ。なんで、先生にも体験してもらいたくて」

「どうすればいいの?」

 応対しつつ、円城をターゲットにした、からかいではないか、と一応表情を見る。円城本人もニコニコしながら、楽しそうに横目でこっちを見ている。大丈夫だろう。


「はい、先生、先輩役で。森に円城さんだと思って頑張って話しかけてください。いきなりあきらめちゃう一回組じゃつまらないので、なんとか粘ってください。では、はじめ!」

 ゲーム開始らしい。


「きみ、1年4組の円城さんだよね」

「はい。そうですが、何か?」

 そう答えるときの円城は、例外なく、天使のような微笑みなのだそうだ。森は微妙なにやけ顔だが、本人としては頑張って円城しているつもりらしい。


 一ノ瀬他のメンバーがやいのやいのと野次を小声で飛ばしてくる。

「よかったら少しお話、できないかな」

「今、ここでしていただいて、結構ですよ」

「いや、ここじゃなくて……」

「はい?」

 にこやかな笑顔は崩さず、少し首をかしげ、きっぱりと――聞き返す。

 

……一ノ瀬たちがまわりでキャーキャー言っている説明によれば、大体の男子はこの程度でゲーム終了なのだという。これで先を続けられない程度の男は基本的に初戦敗退。

 全体の半分くらいはこのパターンに陥ったというのだから、恐ろしい。


 二つ目のパターンは、なんとか粘って2、3回は用事なりで声をかけてきて、連絡先をどうにか手にいれようとするのだという。そして、三つ目のパターンが、さきほど話題に出た横山や原のように、ひたすらめげずに通い続ける連中だ。

 

 一応、期待に応えてもう一息付き合ってみることにする。

「できれば、もう少し落ち着いて話したいんだ。せめて、メッセージを送りたいから、IDもらえないかな?」


「すみませんが……先輩のこと、知りませんので」

笑みは消さず、しかし、物怖じもせずに堂々と言う、のが円城姫スタイル、だそうだ。


「辰巳祐司です。これで、知らない相手じゃないよね。迷惑なら、返事はしてくれなくてもいいから、せめて読んでから判断してもらえないかな」


 森の瞳を、覗き込むように、まっすぐに見つめながら話す。

「……」

 森の目が泳いだ。真っ赤になって、斜め下を向いて黙ってしまった。

――いかん。ちょっと生徒相手にふざけすぎた。


「そうですね……そこまで見つめられては、照れてしまいます。先に先生から連絡先を教えていただけませんか。私から連絡すると、お約束しますから」

 

 ――な!

 この声は、円城本人だ。


「……と、すまん。ちょっとふざけが過ぎたね。ごっこあそびが過ぎた」

ここまで。おしまい。


「……え?そんなに真剣に口説いておいて、遊び、とおっしゃるのですか?……先生が?」

 ゆるっと首を傾げた円城の瞳が、すうっと細まる。


「え……」

「連絡先、ちゃんと置いてってくださいね」

「おいおい、あれは……」

「……はい?」

 にっこり。


――周りの生徒が、いつのまにか大変な期待顔になっている。

「姫が、自分から連絡先をほしがった!」

「先生、絶対ここは答えなきゃですよ!」

「生徒を口説いてあそびとか、オニ畜です。オニ畜教師がここにいます。だれかぁー」


――勘弁してくれ。まわりに……特に他の先生に聞かれたら気まずいぞ……


 はぁ、とため息をついて、仕切り直す。


 笑顔で諭す。

「円城さん、ちょっと悪ふざけがすぎるな。――今日はここまでにしよう」

 円城もふふっと、柔らかく微笑む。

「センセイ、失礼しました。あんまり先生のノリがいいから、ついイタズラしたくなっちゃいました」


――ごめんなさい。

 頭をぺこり、とさげた。

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