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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
二章 羅生門の時間_2017年4月編
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5 ある日の「羅生門」授業 一

――ある日の(くれ)(がた)の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。


 『羅生門』は教科書に載っている古典的名作、の中では比較的読みやすい。一年生の定番教材である。冒頭から最後まで通読すると、二十分弱かかる。


「……さて、以上で範読――先生のお手本はおしまい。まずはどんな印象をもったか、先ほど指示したとおり、ノートに書いてみよう。時間は二分。授業終了のときに回収します」

 生徒が一斉にノートに鉛筆を走らせる。まずは、何の予備知識もない状態でどう読んだか。


 時間で区切って講義に入る。

「小説『羅生門』の発表は1915年。現代からざっくり百年前の作品だ。今日は、小説の背景や、主人公の行動の前半部分について話そう。早速だが、この作品、時代設定はいつになっている?……はい挙手!」


 ぱらぱらと手が挙がる。

「はい、前から二番目、石川くん」

 席表とリンクさせて、名前を覚えながら当てていく。

「平安時代、だと思います」

「いいね。根拠はどこにあった?」

「本文に『平安朝の下人』とあったので」


「その通り。鳴くよウグイスの語呂合わせで有名な平安京だ。約四百年に渡って、社会の中心で、(みかど)や、国を動かした上級貴族の多くがここに住んでいた。ちなみに平安京の大きさは、南北5.2キロ、東西4.5キロ。東京ドームが五百個以上入る。千葉県に、君たちも今度遠足で行くネズミさんの遊園地があるが、ランドとシー、二つ合わせても東京ドーム二十一個分に過ぎないのと比べると、ちょっとはイメージ湧くかな」

「平安京でけぇ!」と男子が素直に驚いている。


「街の正面にそびえる羅生門……歴史的には、羅城門が正しい、も高さ二十一メートル……君たちが今いる校舎でイメージすると、五階建てでやっと並ぶくらいデカい。この門からまっすぐに伸びる朱雀大路は、平安京最大の通りで、長さ約四キロ、幅が八十メートル以上あった」


黒板に平安京の略図を書き、「羅城門」の位置も書き入れつつ話す。頭の中で、平安京のイメージを少しでも具体的にしてもらいたい。

 壮大なスケールを誇る、当時の世界有数の都。であったにも関わらず、地震、辻風、火事、飢饉……と災いが続き、すっかり荒廃した。


――旧記によると、仏像や仏具を打砕いて、その()がついたり、金銀の(はく)がついたりした木を、(みち)ばたにつみ重ねて、(たきぎ)(しろ)に売っていたと()う事である。


「ここに出てくる『旧記』は鴨長明の『方丈記』のこと。当時の京都の実際の記録から、そのまま引用している」

 こうして、歴史からリアルな舞台や、人物の設定を拝借した上で、生々しい人々のすれ違いや、ぶつかり合いを小説に仕上げるのが芥川の得意技だった。


「当時は、現代よりも庶民にとって仏様は尊いものという意識があった。なのにそれを打ち砕いて燃料に売る……人々はどうしようもなく困っていた。もちろん、これを買った人間は、気付いてしまえば、とんでもないバチあたりをしたと思うだろう。でも、気付かなければ、もしくは、気付かなかったフリをすれば、困らない。売り手も金を手に入れられて助かる――表沙汰にならなければごまかせる消極的な『悪』なんだ」


 街の中がそんな状態。だから、公共の場所……門はほったらかしにされ、死体置き場になっている。

 都市の死体は厄介だ。悪臭は凄いし、虫や鼠が病気を広める。家族でもいれば処理できるが、疫病で一家もろとも死亡などとなると、手に負えない。

 それで、門の二階部分――楼に死体を放り込んで厄介払いをする習慣ができていた。


――作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と書いた。しかし、下人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。


「ここでようやく本文は主人公『下人』の説明に入っていく。主人の元で働いていた身分の低い男、程度の意味だ。暇を出された、とあるが意味はわかるかな?」


 石川くんの後ろ、遠藤くんを指名。

「お休み……をもらった?」

「と、いいたくなる、が、もっと切実だな。『暇を出される』というのはクビ、解雇を意味する。なので、帰るところはない。ついでにこの作品はこうやって作者――芥川自身がちょくちょく登場して、茶化すように語りを入れる」


 面皰(にきび)のある、いかにも若そうな、経験の足りなさそうな下人。生活に困窮しても、盗人にでもなるか、くらいしか発想が出てこない。


「生き延びるためには手段を選んでいる(いとま)はない――本文にそうあるように、下人は、追い詰められていることを理解している。しかし『手段を選ばないとすれば……』と考えると、そこで思考がストップしてしまう。ここが、いかにも普通の人らしくて面白い。彼はもう『盗人』――犯罪者になるしかない、と理解はしている。だが、普通に社会生活をしてきた下人には、それを実行するだけの『勇気』が出ない」


 結局、夜になっても下人は勇気が出ないまま、死体の詰まった羅生門の上で寝ることにする。決断は先送りだ。


 「次回、門の二階、楼の上の場面を読もう。国語係はこのあとノート回収して職員室までよろしく。では日直さん、号令をお願いします」

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