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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
二章 羅生門の時間_2017年4月編
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4 部活紹介デー 見せる方も一苦労です【Webのみ】

部活紹介は、後半も滞りなく進んでいく。

 唯一の例外は、軽音部が機材セットに手間取った挙げ句、打ち合わせの内容を勝手に変えて、持ち時間の3分を8分もオーバー――合計11分だ――したことくらいだ。

 

 毎年時間にルーズな軽音楽部に、生徒会もいらだっている。事前に楽器やミキサーは調整して、必要ならテープや付箋で目印をつけるように指示されているにも関わらず、これでは仕方ない。

 

 あげくにビジュアル系バンド「ブリュッセル」が調子にのって、予定外の長い曲を演奏しはじめた。校内では女癖の悪さで知られるボーカルの横山(よこやま)卓也(たくや)が、時間を無視して1年生にアピール。茶色がかったさらさらヘアーが頭の上で舞っている。

  

――生徒会と部活動の管轄は、生徒指導部なんだがな。

 

 間違いなく、この学校で最も怖い先生グループから、たっぷりお説教をもらうだろう。すでに顧問の前田先生は、舞台袖で般若のような目になっている。それでも懲りない、というか改善しない横山も大したタマではある。

 

  ◇

 

 次は、俺が顧問を務める漫画研究イラスト制作部の番だ。


 妙に長い名前だが、これには理由がある。そもそも、3年ほど前の時点では、漫画研究部が存在していた、のだそうだ――そうだ、というのは俺自身がまだこの学校に勤めていなかった時代の話だからである。


 で、こういうインドア創作系の部活でままあることだが、漫画研究部内に派閥ができた。しっかり活動して上達したい、と言い出した部長を中心とするグループと、まったり気の向くまま活動したい、と考えていた一部の部員たちのグループ。

 次第に二つのグループは溝を深め、まったりグループは部を抜け、イラスト制作同好会という新たな組織を作ってしまった。この後1年ちょっとの間、漫画研究部、イラスト制作同好会は併存した。


 しかし、対立の元を作った学年の生徒も3年生になれば引退、卒業する。

 結局、昨年度の秋、上級生が抜けたタイミングで、頭数が減りすぎたイラスト制作同好会は、漫画研究部に吸収された。


 部名については、部員間にまだ確執が残っていたため、とりあえず、単純にひっつけた。

 結果、漫画研究イラスト制作部というすこぶる長いものになった。

 言いにくいことこの上ないので部員も『漫画イラスト部』『漫イラ』などと略して呼んでいる。


 

  ◇


「先生、毎年みたいんじゃ、ダメだと思うんですよ」

 現部長の3年生、五十嵐(いがらし)由利(ゆり)が、そんなことを言い出したのは、2月のことだった。

 飛んだり跳ねたり……の運動部と比べて、文化部の紹介は地味になりがちだ。音が出せる吹奏楽や軽音楽はいいとして、それ以外は、毎年地味にやっている。

 活動内容を話すにしても、そもそも人前でのスタンドプレイが苦手な部員が多い。おかげで発表時間が短くなるのは、新入生にとっては楽だが……。


「なので、今年はいろいろ仕掛けようと思います」

 3年前の分裂騒動と、昨年度の統合を経た結果、積極派の後継者となった五十嵐は、前向きな良い部長になった。

 10名ほどの全部員――大部分が女子だ――を集めて、にぎやかに相談すること数日。五十嵐が計画を話しにやってきた。

 計画を聞いて、顧問としては「面白いから、やってごらん」とだけ言っておいた。


  ◇


 ステージ上に、漫画研究イラスト制作部が登場した。

 ステージ両脇に一畳サイズの白模造紙を貼った板を設置。

 同時に2年生部員4人が部誌の束をもって、ステージ前の1年生列の前に立つ。更に二人が、スーパーの買い物カゴに部誌のストックを入れ、脇に抱えてスタンバイしている。


 文化部にしては、ずいぶんものものしい。果たして大丈夫だろうか?

 3年生部員が左右の模造紙板の前にひとりずつ立ち、極太のマジックペンを両手にもつ。


 部長の合図で、BGMが流れ始めた。


 テケテッテッテッテッテン

 テケテッテッテッテッテン

 テケテッテッテッテッテテテテテン


 マヨネーズが特に有名な食品メーカーが提供する、3分間料理番組のテーマ曲である。フルコーラスで2分半。


「せいやっ!」

 極太マジックをもった二人がかけ声とともに、1畳サイズの模造紙に、大胆に絵を描いていく。

 同時に、4人の部員はこの日のために作成し、昨日までに印刷室を借りて刷り上げた部誌「新入生歓迎号」をひとりひとりに猛スピードで配っていく。手元に持った分がなくなったら、すぐさまスーパーの買い物カゴから補給。1クラス40名なので、各人が40名+20名の60人に対し、2分30秒以内に配ることがミッションだ。


 ステージ真ん中に立った部長の五十嵐が、マイクを握って話し始める。

 「我々、漫画イラスト部は、3年生部員によるパフォーマンス『ライブドローイング』をお見せします! 2分半の曲が終わるまでに、見事描き上げることができますよう、応援してください!同時に、ただいま部員が部誌の 『新入生歓迎号』 を配布中です。お手元に渡ったら、是非一度見てみてください!」


 猛スピードで絵を描く3年生二人は、左側に姫、右側に王子のイラストを描いている。 部誌の内容は、それぞれの部員から「新入生へのメッセージ」をテーマに作成したイラスト作品1枚ずつと、活動内容の紹介漫画。


 部誌配布は2分弱で完了した。


……テン、テン、テッテレテレレーレン、チャン。


 料理番組のテーマソングが終わるほんの少し前、ドローイング終了。

 描き上げた王子と姫は、この時間で描き上げたにしてはなかなかの出来だ。3年生部員が連日練習をした甲斐があった。

 後ろに控えた部員が二枚の板を運び、ステージ真ん中でピタリと合わせる。向き合った王子と姫のイラストが完成した。


 1年生から大きな拍手が起きる。


 「こんな大きな絵を描くのは、文化祭の展示と、今日くらいのものですが、部誌制作やコンテスト出品など、実力向上に向けて描き込んでいます。絵を描く人、漫画書いてみたい人、一緒に活動しましょう」


 五十嵐が締めくくった。


  ◇


 漫画研究イラスト制作部の発表が終わり、さらに部活紹介イベントは進んでいく。

 みんな、よくやりきった――あとで、部室に行って褒めてこよう。

 これで新入部員も増えれば言うことなし……と独りごちていると、生徒会の生徒が走ってきた。

「先生、次、出番ですよ。なにのんびりしてるんですか」

「あ……すまん、そうだった」

 生徒に怒られて舞台に上がる。


 ステージに駆け上がって、マイクを掴んだ。

 1年生が、なんか先生から連絡でもあるのかな?という顔で見ている。


「文芸同好会です。今、3年生が卒業してしまって、部員がいません。なので、先生が代わりに紹介をさせてもらいます。部員のいない部は、活動休止、ということになっていますが、本を読むのが好きな人、小説など書いてみたい、という人がいたら、私、国語科の辰巳まで、話を聞きに来てください」


――生徒会会則では、部員が5人を下回った時点で同好会に格下げ。在籍ゼロでの活動休止は1年間まで。そのまま人が増えなければ廃部となる。去年までは小説を書きたい、と通ってきていた3年生の男子が3人いたのだが、春で卒業してしまったのだ。


 今年度は、在籍ゼロ部はうち、文芸同好会だけ。

 

 これで紹介イベントはおしまい。この後は1年生を退場させて、教室でホームルーム、下校指導の流れになる。


   ◇


 体育館を出ようとしたところで「辰巳先生!」と後ろから呼ぶ声がした。


 振り返ると、バスケ部の福井が立っている。

「先生、文芸同好会の顧問だったんですね」

昨年、福井のクラスで現代文を担当したので、それなりに顔見知りだ。


「俺、結構本好きなんですよ」

 右手にもったハードカバーの本を掲げて見せる。丁度真ん中あたりから、紙で作った栞のリボンがはみ出ている。図書館の管理シールが貼ってあるが、シールのフォーマットが校内の図書館と違う。どこか公共図書館の本らしい。


「基本バスケ部ですけど、名前だけでも、文芸同好会入れるのかなって」

「今になって、なんでまた?バスケ部も夏までだろ?」

「……そうなんですけど。ちょっと、気になることあって。様子見たいなっていうか」

「ま、別に拒む理由はないから、本当に入るつもりになったら、言っといで」


 理由は気になったが、まあ悪いことでもあるまい。

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