22 補講 姫とセンセイ
6月17日(日) 午前10時30分
ゆったりした日差し。
部活はお休み。
いろいろあった一週間。
職員室にいる先生も、今日は少ない。
家庭訪問やら、何やらで結局自分の仕事が滞ってしまった。
日曜だが、ぶらりと学校にきて、少し書類仕事だけでも片付けようかと思った。
「辰巳先生、日曜まで、お疲れ様です。先生も部活ですか?」
野球部顧問でもある山脇先生が、練習用ユニフォームを着込んで職員室にいた。先生こそ本当に、お疲れ様だ。
「いえ、今日は部活の予定はありませんが……」
「……あれ?ついさっき、姫の姿を見ましたけど。彼女、何しに来たのかな」
第二特別教室へ上がってみた。
ドアの鍵が開いている。
開けると、すうっと、風がぬけてきた。
いつもの席に円城がいる。
「どうしたんだ、日曜まで」
「先生に、会えそうな気がしたから、って言ったら、信じます?」
「信じない、とは言わないけど、それだけじゃないだろ、と思う」
「……ふふ。合格です」
「合格の副賞は?」
「……少し、お話しませんか。今日は他の部員もいません。前みたいにおしゃべりしても、誰からも見られません」
目を細めて、微笑む。
◇
二人で窓際の机にもたれて話す。
かすかな風が心地良い。
「神田先生は、教育委員会からのセクハラの通知、読んでたんですよね?」
「え?」
「先生も、読んでますよね?キスしたらクビ、ってやつ」
「なんでその内容を……と言いたいけど、金曜の時点で、おまえ、知ってたよな」
――だから、あんな話を俺にした。
いくら円城姫でも、生徒があの通知を知ってたとは……。
タネ明しは、シンプルだった。
「私の父、教育長なんですよ……おまえにセクハラする教師がいたら、即クビにしてやる、とか恥ずかしいこと言うタイプです。あの通知も、ノリノリで作ってました……」
驚きでアゴが外れる、という表現を作った昔の漫画家に賛辞を送ろう――あまりの衝撃に、あんぐりと口が開いて言葉が出ない。
「円城の、お父さんが……きょういくちょう?」
教育委員会のボスを、教育長、と呼ぶ。地元の名士が、よく就任するポストだ。
「だから内容も知ってます。業務の文書を家族にバラす馬鹿父ですから。そして、そんな通知が、神田先生と琴美を追い詰めた……」
円城は目を伏せる。
「……これでも責任、感じてるんです……」
消え入りそうな声になった。
――――円城はとても優しい。それは、前から知っていた。
「気にすることないさ。通知を書いたのはお父さんだ。それに、あれのおかげでセクハラが減って、救われた子だってきっといる。善し悪しは一概に決められない」
「……」
斜め下を向いたままの円城。
近づいて、頭にそっと手のひらを置く。
「おまえも結城を裏から励ましてくれてたろ。ありがとな……元気、出せ」
優しく。
ぽん。
そのままの姿勢で、ふた呼吸分。
円城の息づかいが、かすかに手に伝わってくる。
「…………センセイ、ありがと」
ゆっくり上げた顔に、大きな黒目が潤んでいる。
彼女が、そっと目を閉じた。
――――――センセイ。 これでクビでも……いいですか? 私は……
カーテンが初夏の風を受けて、はたはたと舞った。
<舞姫の時間 了>
ここまでお付き合いいただいた全ての方、
「なろう」でコメントや感想をくださって、
執筆を支えてくれた全ての方々に、深く感謝いたします。
やっと、ここまでこれました。ありがとうございました。
なお「辰巳先生」は2章に着手しております。
辰巳先生や円城にまた会いたい、
と思っていただければ、作者冥利に尽きます。
舞姫編の区切り、ということで、
少しでもお楽しみいただけたようでしたら、
ぜひ、ブクマや★1でも評価をいただければと思います。
感想も、一言でも結構ですので、お気楽に書いていただければ。
それでは、また2章開始にてお会いできますよう。
(2019年3月20日)