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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
一章 舞姫の時間_2018年6月編
22/118

22 補講 姫とセンセイ

6月17日(日) 午前10時30分


 ゆったりした日差し。

 部活はお休み。

 いろいろあった一週間。

 職員室にいる先生も、今日は少ない。


 家庭訪問やら、何やらで結局自分の仕事が滞ってしまった。

 日曜だが、ぶらりと学校にきて、少し書類仕事だけでも片付けようかと思った。

「辰巳先生、日曜まで、お疲れ様です。先生も部活ですか?」

 野球部顧問でもある山脇先生が、練習用ユニフォームを着込んで職員室にいた。先生こそ本当に、お疲れ様だ。


「いえ、今日は部活の予定はありませんが……」

「……あれ?ついさっき、姫の姿を見ましたけど。彼女、何しに来たのかな」


 第二特別教室へ上がってみた。

 ドアの鍵が開いている。

 開けると、すうっと、風がぬけてきた。

 いつもの席に円城がいる。


「どうしたんだ、日曜まで」

「先生に、会えそうな気がしたから、って言ったら、信じます?」

「信じない、とは言わないけど、それだけじゃないだろ、と思う」

「……ふふ。合格です」


「合格の副賞は?」

「……少し、お話しませんか。今日は他の部員もいません。前みたいにおしゃべりしても、誰からも見られません」

 目を細めて、微笑む。


  ◇


 二人で窓際の机にもたれて話す。

 かすかな風が心地良い。


「神田先生は、教育委員会からのセクハラの通知、読んでたんですよね?」

「え?」

「先生も、読んでますよね?キスしたらクビ、ってやつ」

「なんでその内容を……と言いたいけど、金曜の時点で、おまえ、知ってたよな」


――だから、あんな話を俺にした。

 いくら円城姫でも、生徒があの通知を知ってたとは……。


 タネ明しは、シンプルだった。

「私の父、教育長なんですよ……おまえにセクハラする教師がいたら、即クビにしてやる、とか恥ずかしいこと言うタイプです。あの通知も、ノリノリで作ってました……」


 驚きでアゴが外れる、という表現を作った昔の漫画家に賛辞を送ろう――あまりの衝撃に、あんぐりと口が開いて言葉が出ない。


「円城の、お父さんが……きょういくちょう?」

 教育委員会のボスを、教育長、と呼ぶ。()()()()()が、よく就任するポストだ。


「だから内容も知ってます。業務の文書を家族にバラす馬鹿父ですから。そして、そんな通知が、神田先生と琴美を追い詰めた……」

 円城は目を伏せる。


 「……これでも責任、感じてるんです……」

 消え入りそうな声になった。


――――円城はとても優しい。それは、前から知っていた。


「気にすることないさ。通知を書いたのはお父さんだ。それに、あれのおかげでセクハラが減って、救われた子だってきっといる。善し悪しは一概に決められない」


「……」

 斜め下を向いたままの円城。

 近づいて、頭にそっと手のひらを置く。


「おまえも結城を裏から励ましてくれてたろ。ありがとな……元気、出せ」


 優しく。


 ぽん。


 そのままの姿勢で、ふた呼吸分。

 円城の息づかいが、かすかに手に伝わってくる。



 「…………センセイ、ありがと」



 ゆっくり上げた顔に、大きな黒目が潤んでいる。

 彼女が、そっと目を閉じた。




  ――――――センセイ。 これでクビでも……いいですか? 私は……




 カーテンが初夏の風を受けて、はたはたと舞った。  



               <舞姫の時間 了>

ここまでお付き合いいただいた全ての方、

「なろう」でコメントや感想をくださって、

執筆を支えてくれた全ての方々に、深く感謝いたします。


やっと、ここまでこれました。ありがとうございました。

なお「辰巳先生」は2章に着手しております。

辰巳先生や円城にまた会いたい、

と思っていただければ、作者冥利に尽きます。


舞姫編の区切り、ということで、

少しでもお楽しみいただけたようでしたら、

ぜひ、ブクマや★1でも評価をいただければと思います。

感想も、一言でも結構ですので、お気楽に書いていただければ。


それでは、また2章開始にてお会いできますよう。

(2019年3月20日)

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― 新着の感想 ―
[一言] 「舞姫」は、大学でドイツ語訳を日本語に訳した時に、「あ、読みやすい」と思った印象深い作品でした。 個人的な感想ですが、海外留学に行き、帰国後は軍医となった森鴎外は、理性が強い人だったので、「…
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