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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
一章 舞姫の時間_2018年6月編
19/118

19 ある日の「舞姫」授業 結

「今日で舞姫の講義は最終回になる。

 カイゼルホオフで大臣から受けた依頼をたった一晩でこなした豊太郎は、その後の一ヶ月ほどで急速に大臣に信用され、仕事をまかされていくようになる」


 ついには大臣のドイツからロシアまでの外遊に同行し、王宮での話し合いの通訳さえこなした。報酬も高額になり、妊娠――やはりしていた――で踊れなくなったエリスを経済的にも支えている。


 この時点で豊太郎は、すっかり大臣の二人目の秘書のような位置に納まっている。仕事の度に相沢とパートナーを組み、相沢も「日本へ帰ってからも一緒に仕事を……」なんて言葉をかけてくる。


「そしてついに、運命の日がくる。大臣から、一緒に日本へ帰るように持ちかけられる。

問題は、そのあとの大臣の言葉だ」


――(たい)(りゆう)(あま)りに(ひさ)しければ、様々の(けい)(るい)もやあらんと、相沢に問ひしに、さることなしと聞きて(おち)()たりと(のたも)ふ。

「ドイツ滞在があまりに長かったので、いろいろ人間関係もあるだろうと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――――どうしてこんなことになったか。


 約二ヶ月前のカイゼルホオフで、相沢にエリスとの関係を 『断つ』 と約束したからだ。ここで、実は現地に恋人がいるから日本へ帰れません、なんて言ったらどうなるか。それは大臣の右腕である相沢まで嘘つきにしてしまう」


 逃げ場のない状態。頭の切れる相沢によって、首を絞められていくような閉塞感が読みどころだ。明確に語られていないが、全て相沢の計算の上じゃないか、と思わせられる。


「ついに豊太郎は帰国を承諾する。家には、赤ちゃんの誕生を楽しみにしてるエリスがいるのに。もう、どうしようもない」


――帰りてエリスに何とかいはん。「ホテル」を出でしときの(わが)(こころ)の錯乱は、(たと)へんに物なかりき。

「帰ってエリスになんと言えば!豊太郎の心は悲鳴を上げる。錯乱して、ふらふらと真冬の街をさまよう。ベンチで身体に雪が積もるまで何時間も座り続けて、死人のようになって……きっと、そのまま死んでしまいたかったんだ」


 そして真夜中まで街をさまよった豊太郎は、帰宅後すぐに倒れて意識不明になる。


 何週間も昏睡し、ようやく目を覚ましたとき――エリスは発狂していた。


――彼〔エリス〕は相沢に()ひしとき、()が相沢に(あた)へし約束を聞き、またかの(ゆう)べ大臣に(きこ)()げし(いち)(だく)を知り……

「豊太郎は意識が戻ってから、事情を知らされた。相沢は事情を知り、大臣へは病気のことだけを話して上手くフォローしてくれた。しかし、エリスには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()まで、全てばらしてしまったんだ。


 そのときエリスは 『豊太郎ぬし、かくまでに(われ)をば(あざむ)きたまひしか……』 と言って倒れた。 『かくまでに』 が心にズシリとくる――()()()()私を騙していた――カイゼルホオフの日から、ずっと、私をだまし続けていたんですね?――エリスは心が壊れる直前に、そう訊いたんだ」


 結局、目が覚めた後の豊太郎にできることは、ほとんど残ってなかった。

 相沢に協力してもらい、生活の元手になるわずかなお金を母親に残した。抜け殻になったエリスと、お腹の赤ちゃんの世話もそのまま母親に頼んだ。

 日本へ帰る船に乗った豊太郎は、相沢を 『得難い良友』 と思う反面で、 『一点の 憎む心』 も残っている、と独白する。


「これで、『舞姫』の物語はおしまいだ。

 最後まできて、君たちはどう感じただろうか。それぞれ、印象に残った登場人物について、考えたことをまとめること。これから用紙を配るから、チャイムまでの残り7、いや8分あるな。この時間で書き上げて提出。


 チャイムが鳴ったら、提出した人から休み時間でOK……今日の号令は省略します」


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