表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
一章 舞姫の時間_2018年6月編
17/118

17 託されたもの

6月15日(金)


 変わらず結城琴美は休んでいるし、神田先生も休暇を申請している。

 須藤奈々は苛立ったまま校内を歩いている。


 放課後、創作部に顔を出した。

 休み時間に廊下で会ったとき、円城咲耶から、今日は寄ってほしい、と声をかけられたのだ。


 第二特別教室のドアを開けると、おなじみの部員達が、めいめい慣れた席に座り、創作に勤しんでいる。一年生の固まっているゾーンから、2年生ゾーン、3年生ゾーンと、一通りを見て回る……といっても、総勢十数人なので、あっという間だ。

 この時期になると、緊張していた1年生もそれなりに上級生と馴染んでくる。


 一人一人の作品について小声で「いいところ」を褒める。そして、直すとよりよくなる点も、一点だけ、指摘する。これは、部員それぞれの現在の創作力から考えて、ほんの少し、高いハードルを求める。ほんの一言でも、その作品へのこだわりが認められると、それだけで創作は力が入るものだと思う。

 室内をゆっくり、ぐるりと一周。それから円城の席の横にかがむ。


 円城の前には、書きかけの漫画原稿があった。鉛筆によるネームの段階らしいが、既に完成品が見える程度に書き込まれている。どう見ても、男性二人が絡み合ってるように見えるのだが……。


「で、今日のコレはなんだ?」

「辰巳センセイが教授してくださった舞姫を、独自に解釈して芸術に昇華しています」

「俺の目には、男性が男性を口説いているように見えるんだが」


 痩せ型の男の顎を指先で引き上げ、唇を重ねようとしているがっしりした男。

 何をどうしたら舞姫が男性同士の恋愛になる?


「自分のことを決められない豊太郎と、彼を導いて逃げ場をなくしていくドSの相沢――もうカップリングするしかないです」

「いやいやいや。そういう作品じゃないから」

 円城の感性に付き合っていると、こちらまで軸がズレそうだ。


「でも、センセイ、いつも想像力が大切だ、とおっしゃってますよね」

「ああ。その世界に入っていかないと、作品の鑑賞は薄くなるものだ」


 じゃあ想像してみてください、と円城は前置きした。

「相沢は東京にいながら、ドイツで失脚した豊太郎の面倒をみただけでなく、直接会いにきた。大臣の下で働くようになったあとは、日本に帰ってもこうして一緒に、と言って……最後にはエリスを、精神的に殺して()()()()……」

「……その通りだ」

 作品理解としては、満点である。


「全ては、豊太郎のため……そこまで深くつながった二人が、()()()()()()()()()()()、日本へ戻ってくる。」

 円城が、にんまり、と笑う。何を頭の中で想像しているのか。

「しかし、豊太郎の心には、相沢への 『恨み』 が彫り込まれているぞ」

 作品の品位を保つため、こちらも応戦する。


「だからこそ、です」

 円城はふふん、と笑う。

「豊太郎は相沢に、どうしてあそこまで、エリスを破壊しなきゃいけなかったんだ!、と問い質すでしょう。すると――相沢は涙を浮かべて、どうして、わからないんだ!と。豊太郎のアゴをぐいっと引き上げ……」

――冒涜だぁ……。


「豊太郎、キミをただ救いたかった。キミを救えるなら、僕は憎まれたっていい。悪魔にだってなれる――そしてたくましい腕で豊太郎の……!」

 円城の目が爛々と危うい光を放っている――しばらく放置することにした。


 ……それにしても、一定のつじつまを備えているところが恐ろしい。

 森鴎外が聞いたらどう思うことか。


 円城の×××な妄想が一段落したところで、切り出す。

「その……カップリング?が適正かどうかはちょっと脇に置いて、だ」


 ここから声を潜める。

「……顔を出すように言ったのは、結城の件か?」

 円城の目が、前を見据えて、本来の落ち着いた色に戻る。考え深げな、澄んだ色。


「センセイ、琴美のところに家庭訪問、いったそうですね」

「どこから聞いた?」

「……琴美とは、PCでもやりとりできるので」

「そうか」

「また、行くつもりですか」

「学校に来られないままじゃ、よくないからな」


「……」

前を向いたまま、しばらく、円城は考え深げな姿勢になって動かない。

――どうした?

横から、円城の顔の様子を窺おうと距離を詰めた。


―― !


円城が、突然こちらに顔を向け、そのまま急接近してきた。

とっさに全身で後ろにのけぞる。

彼女の唇が、俺の唇に……触れた?いや、かわした、はず……


どんがらがん。


後ろの机を倒しながら、思い切り転んだ。

頭を引き上げると、円城の顔がこっちを覗くように見て、軽く首を傾げた。


「……センセイ、いったいなにしてるんですか?」

「何してるって……おまえ、今……その……」

――キスしようとしただろ!

 言葉にするのが怖いのだ、と自覚した。

 バレたらクビ、のプレッシャーで「キス」という言葉まで無意識に忌避している。


「キスなんて、私たちにとって、そこまで大事(おおごと)じゃないですよぉ。女の子同士よくしますし。センセイって大人なのに、そんなにウブなんですか?」

 女の子同士うんぬん、が一般的かどうかは別にして、円城の言わんとすることはなんとなくわかる。


――キス一つが、大事(おおごと)になってしまっているのは、こっちだ。


「琴美の問題って、神田先生との関係ですよね。」

「……ああ」

 もう円城はわかっている。隠す意味はない。

「琴美は知らなくても、神田先生は教師だから知ってるってこと、ないですか?」

「ん?」

「きっと二人の間には、認識の違いがあったんです」

――それだけお伝えしておいた方がいいかと思って、と円城は締めくくった。


 部員たちの様子を、もう一周、見て回った。この時期にしては、作品の取り組みペースは早めだ。今年は毎晩延長で地獄の夏休み、とまではならずに済むだろうか……。

 そろそろ職員室へ戻ろう、そう思って、第二特別教室のドアへ向かった。


「先生」――呼びかける声がした。

 振り向くと、円城が目の前に立っている。


「……くれぐれも、琴美をよろしくお願いします」

 俺をまっすぐ見て、頭を下げた――信頼されているのだ、と気付いた。


 こっちの問題も、いよいよ大詰めだ。

いよいよ、解決編に入りました。

クライマックスをお楽しみください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓いただいたファンアート、サイドストーリーなどを陳列中です。
i360194
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ