14 須藤奈々の核心
午前中、4コマの授業を終えて、昼休み。
職員室に来るよう、須藤を呼んでおいた。昼食を食べる時間がこうして潰れていく……が仕方がない。家庭訪問までに、もう少し情報を集めておきたい。
放送で名前を呼ぶと、他の生徒から勘ぐられる。
なので、担任を通じて、こっそり手紙で呼び出す。2学年担任の俺が1年4組の須藤を呼ぶ――少し不自然なので、担任には「神田先生がお休み中の、部活運営のことで話がある」とぼかした。美術部と創作部はそもそも兼部してる部員もいて関係が密なので、こういう形がスムーズだ。
今回については、他の先生方にできるだけ秘密のままにしておくのがベターと思われた。本来、職員間の秘密は良くない。しかし、今回の件は、周囲にバレると問題が無駄に大きくなる可能性が高い。
昼休みに入ってすぐ、須藤奈々が来た。
人目につかないよう、職員室奥の印刷ブースへ入れる。
「昨日はありがとう。お昼も食べなきゃだろうから、手短に済まそう。神田先生と君、というか君のご実家も含めての関係はわかったから、今日はその続きを聞きたい」
「続き……ですか?」
須藤はきょとん、としている。
「君が、最後に神田先生に会ったのは、いつだった?」
「……月曜に、会いましたけど」
「それは、授業中に?」
「いえ、放課後に……少し」
少しだが、目に力が入って警戒を強めたように見える。
「具体的に、君がひどく苛立ってる『原因』について聞きたいんだ――神田先生と最後に会ったその月曜日、何をしたか?何を見たか?」
昨日の須藤の説明を考えれば、婚約者なのだから、お休みの続く神田先生の体調なりを心配するのはわかる。だが……『苛立つ』のはそれだけではおかしい。
「それは……」
きゅ、と須藤が口をつぐんだ。
「今まで、君が話に出していない人も、関係してるね?」
今度は、顔に、ぎくり、と動揺が文字になって貼り付いた。隠し事は下手らしい。
「君を責めようというつもりはないよ。このままじゃ、誰にとってもいいことがないんだ。あったことを、そのまま話してほしい」
まっすぐ、静かに瞳を見る。脅すような真似はしたくない。
「えと、あの……ちょっと、恥ずかしいので。先生だけの……ここだけの秘密にしてもらえませんか……」
「別に……犯罪の告白でも、自殺の計画でもないでしょ?」
昨日のネタに触れて、空気を和ませてみる。
「……」
こわばった彼女の頬が、少し緩んだ。
「えと、あの日、私、先生……神田先生、と……あの……」
言いにくそうだが、待つ。
「美術室で……その、キス…………しました……」
びっくりするほど顔が真っ赤になった。
――やはり、そういうことだったか。
「そのとき、美術室に誰か、こなかった?」
「はい……来ました。というより、ドアのところに人がいるのに、神田先生が気づいて……私はちらっと見えただけですけど……結城先輩、だと、思います」
結城は、見るべきではないもの、に遭遇した。だから――
「手に何かもってた?」
「スマホを、もってたと、思います。そして、神田先生が結城先輩の方へ行って、結城先輩が逃げて……そのまま二人とも、美術室を出てっちゃって……」
「君は、二人の後を追おうとは思わなかった?」
「はい……正直、入学したときから結城先輩、なんか怖くて……部でも実力は凄いですけど、私にばっかり冷たいんですよ。話しかけても、仲良くしてくれないし……私、なんかしたのかなって……だから、美術室で先生を待ってました」
結局、この子は美術室に取り残され、その後の事情はわからずじまいになった。
だから、苛立った――結城はその後しばらくして救急車で運ばれ、神田先生も帰ってこなかった。