13 家庭訪問のススメ
6月14日(木)
結城琴美は、まだ学校に来ない。11日の月曜日に、頭に怪我をした彼女は、目覚めた病院で精密検査を受けた。
翌日一日は入院し、異常がないか確かめた、と聞いたが、特に問題なく水曜朝には退院した。頭の裂傷も、出血の割には大したことなかったとのこと。後遺症もなく、元気に歩いて自宅に帰ったと聞く。
昨日一日は休養、というのはまあわかるが、今日来てないのはどうしたものだろう。
担任の飛田先生に様子を聞いた。
「朝、母親から電話あったんですけど、まだ痛みが残ってるので……とのことでした。ただ、母親からの質問というか、逆に訊かれたことがあったんです」
……ピンときた。
「訊かれたって……神田先生に関連してませんか?」
単刀直入に確かめてみる。
「……なんでわかったんですか」
「いや、ちょっと今回のことで、結城と指導上のすれ違いがあったんじゃないかと」
「お母さんが言うには、本人が気にしてる様子だそうで。
入院してからずいぶん静かになってしまって、ほとんど会話はないそうなんですが……ちらっと神田先生の名前が出て、気にしてるように見えたと。なので神田先生のことを聞きたい、と言われたんですよ。出勤してるのか、とか。今週はお休みしてる、とだけ伝えておきましたけど」
欠席続きは神田先生も同様だ。月曜は授業が終わってからいなくなったわけだが、その後3日連続休暇はなかなかあることではない。普通なら、伝染病にでもかかったか、本格的に身体を壊したか、を疑いはじめるタイミングだ。
たぶん、普通ではないのだ。
2学年で担任をもつ辰巳センセイとして、どうしたものか、と思う。
このまま学年の生徒が、下手すると先生まで不登校になってしまっても、誰も幸せにならない。
ここまでの材料から、一つの考えがまとまりつつあったが、その考えが正しいとすると、二人を放っておくことは得策ではない、と思った。
「飛田先生、今日あたり、放課後、結城のところへお見舞いに行ってみませんか」
「辰巳先生、私と一緒に行っていただけるんですか?」
いつも元気な2組担任、飛田先生。
家庭訪問――やってみると結構時間と体力をとられる――に前向きなのはありがたい。
「ええ、ちょっと結城に立ち入ったことで聞きたいことがあるので、同席いただけないかと」
「あー。担任が一緒にいない家庭訪問……不自然ですもんね。そうですよね。必要ですよね……ええ、もちろん……同席させていただきます」
なんか、飛田先生のトーンが微妙に落ちた気がするが、まあ、いい。
「主任の日向先生には、放課後、飛田先生と家庭訪問にいくと伝えておきます。」
ホームルームが終わったらタイミングを見て、二人で結城家に乗り込むとしよう。
朝のSHRから、木曜は4コマ立て続けに授業が入っている。8時30分のチャイムから先の半日は息つく暇がない。
テストも近い。まずは、日々の授業をきっちりこなしておかないといけない。
買い物カゴに、4クラス分――学年違いの授業もあるので、授業準備としては2種類――の用意をする。160人分の小テストに、プリント。板書案の資料に教科書一式。
紙束と本が大量に突っ込まれた買い物カゴの重さは10kg近い。プラスチックでできた取っ手がたわむ
「さぁて、今日もいっちょ授業からいってきましょう」
職員室を出て、早足で階段を上る。
だんだん4階の教室が恨めしく感じるようになってきたのは、たぶん歳のせいだ。