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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
一章 舞姫の時間_2018年6月編
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12 ある日の「舞姫」授業 三

「借金の件で助けたエリスが豊太郎のところに来るようになり、先生と生徒のような関係になった。外国人の豊太郎が、正しい言葉や綴り――ドイツ語だ――を、教育を受けられなかったエリスに教えてあげる関係、というのが面白い。


 ただ、当時のドイツでは、劇場の踊り子は給料が安く、売春をしてなんとか生活している娘さんがたくさんいたそうだ。そうした 『不純な場所』 へ出入りする豊太郎は問題にされ、国費留学生をクビになってしまった」


――われら 二人の間には まだ()がいなる歓楽のみ存したりしを。


「豊太郎は、クビになったとき、こう述べていた。まだ子供っぽい楽しみだけだった、というんだ。じゃあ大人っぽいのはナンだ?と。言うまでもないな。


 大人の関係もなしで、ただ劇場に出入りしていただけでクビというのも、かわいそうな話だ。でも、今でいえば、ン千万円もの費用をかけて国が送り出したエリート留学生。それだけ自分へも厳しさを求められた身分、時代だったんだろう。

 そして豊太郎は――「すぐに帰国するなら旅費を出すが、このままドイツにいるなら、今後は一切援助しない。どうするか一週間で選べ」――と日本政府から言い渡される。それに加えて、この手紙だ。」


――我 生涯にて(もつと)も悲痛を覚えさせたる二通の書状に接しぬ。この二通は(ほとん)ど同時にいだししものなれど、一は母の自筆、一は親族なる(なにがし)が、母の死を、我がまたなく慕ふ母の死を報じたる(ふみ)なりき。


「豊太郎は、母からの手紙の内容は、涙で書けない、といっている。どんな内容だったと考えるのが妥当だろうか。ヒントは、もう一通の手紙だ。もう一通には何が書いてあった?」

「母の死を報じた、とあります」

 前列に座った男子が、テンポよく答える。


「そう。親族が母の死を伝えてきた手紙。それと、()()()()()()()()()()手紙。中身はどう推測できる?」


 後ろから2番目の席に座った円城が、通る声で言った。

「……タイミングから、自殺の遺書の可能性が高いのではないですか?」


……やはり、と言うか、さすがと言うか。 

「いいね……書いてないので断言はできないが、いいセンだ。

 (かん)()、という考え方が当時あった。主人や若い跡取りなどが誤った道に行ったとき、家来や親類が死をもって(いさ)めて、目を覚まさせる、という形の『自殺』だ。

 母の死の詳細は語られてない。が、ほぼ同じタイミングで死を知らせてきている、という点からも、ここは(かん)()だったのでは、という読まれ方が主流だ。クビになった豊太郎に、親が自殺して、()()()叱ってくる……重い。重すぎる。こんなんされたら、たまらんよな」


――嗚呼(ああ)(くわし)くここに写さんも(よう)なけれど、()が彼〔エリス〕を()づる心の(にわか)に強くなりて、(つい)(はな)(がた)き中となりしは(この)(おり)なりき。

「身分を失い、母を失い、(いさ)められ、ボロボロになった豊太郎。(あわ)れみ、悲しんでくれたのはエリスだった。彼女がさらに愛しく思えてきて『離れ難き中』に――つまり、抱いてしまった。これは、まあ、仕方ない」

 

――(こう)使()(やく)せし日も近づき、(わが)(めい)はせまりぬ。

「日本に帰るか。ドイツに残るか、返事をする期限が迫る。だが、このままスキャンダルでクビになって帰国しても出世はない。でも、勉学を続けるにも、ドイツに滞在するお金がない。ここで、重要な新キャラ、豊太郎の親友にして救世主の『相沢謙吉(あいざわけんきち)』が登場する」


――(この)(とき)()を助けしは (いま) (わが)(どう)(こう)の一人なる (あい)(ざわ)(けん)(きち)なり。


 「彼は日本で、大臣の秘書をしている。豊太郎と同じ超エリートだ。新聞社の編集長を口説き、豊太郎を通信員として雇ってもらえるようにしてくれた。これで、ドイツで生活費を稼げる基盤ができた。

 さらに、エリスが母親を説き伏せ、居候させてもらえることになった。豊太郎もエリスも少ない収入だけど、二人で倹約すればどうにかやっていける。

 

 先生は、舞姫を読むと、ここで終われたら、良かったのにね。二人は幸せになれただろう……って、いつも思う。


         ……残念だが、次回に続いちゃう。号令お願いします」


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