24 丘の上の空
「……円城。なぜ、ここが」
私は、まず手にもった線香を供えて、続いて花束を置いた。
黙ったまま、しゃがんでそっと手を合わせる。
――初めまして、恵里さん。やっとお会いできました。
心の中で、恵里さんに一つ、お願いをした。
目を開けて、センセイの方へ振り向いた。
センセイは少しだけ後ずさって、私との距離を離している。
「この場所は……美幸さんにお聞きしました。彼女はもうセンセイの前には現れないそうです」
「美幸が……君にここを教えた……」
「はい」
遠く、海の香りがする。
寒々しく、しかし真っ青に晴れた空。
私は、大きく、静かに息を吸った。冷えた、でも爽やかな空気が胸いっぱいに満ちる。
張り詰めたものが……自分の中から溢れそう。
――意を、決した。
「センセイから卒業なんて、私はイヤです。これからは先生と生徒でなくなるというなら、隣で一緒に歩かせてください」
びゅうぅっと強い風が吹き抜ける。
風に声を消されないように。全てを届けられるように。
「センセイの過去も、罪も、美幸さんから伺いました。苦しいなら、なおさら一人なんてダメです。センセイがみんなを支えてきた。私も、琴美も、麻衣も、ロッテも……みんなセンセイに助けてもらった」
この三年間でセンセイと繋がったから、背中を押してもらえた。私も、みんなも。
「前を向くことを教えてくれたのはセンセイでした。隣にいれば支えにもなれるのに、どうして一人になろうとするんですか?……私のこと、お嫌いですか?」
センセイは、私をまっすぐに見つめている。
視線が、今までと違った。
……今日は、私を生徒扱いしないで。一人の女性として見てほしい。
「……俺の罪は、俺のものだから。円城にはなんの責任もない。俺が君のことを嫌いなはずが、ない。結城にも言われたよ、俺は君が好きだと。もう、自分でもわかってる……でも……だから、なおさら付き合わせるわけには……」
センセイの、バカ。
……そういうのを、子供扱いって言うんです。
「私はセンセイと、同じところを一緒に歩きたいんです。そんな遠慮、最初からいらないって、されるだけ迷惑だって、わかりませんか?」
涙が出てきた。でも、途中でやめたりしない。
全部届けるんだ。
「辛かったら、泣いてください。泣き止むまで、手をつなぎます。一緒に泣いてあげます。痛いところがあったら撫でてあげます。それだけしかできなくたって、一人で泣くより……きっと少しは、楽です」
センセイが苦しそうな顔をする。そんなに辛いのに、どうして――。
「俺は恵里に二度と会えないし、謝れない……だから、ずっとこうして、命日に通っている……君まで……」
「……センセイを一生縛り付けようなんて、誰も、美幸さんも、恵里さんだって思ってないんです。センセイ、気付いてたんじゃないんですか?美幸さんの本当の気持ちに……」
「……」
「ここの場所を美幸さんに聞いたとき、いろんな話をしました。彼女の本当の気持ちも。私が気付いたきっかけは……クリスマスの日、最後に美幸さんが見せた微笑み。そして」
あの日の……。
「センセイのしてくださった……最後の『こころ』の授業です」