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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
終章 こころの時間_2020年3月編
112/118

22 辰巳の片付け、咲耶の選択

1月24日(金) 12時40分


「号令お願いします」

 チャイムの音の残響の中で、日直が、起立、礼、と号令をかけてくれる。


 挨拶を終えて教科書と資料を重ねた。

 

 ……最後の授業が、終わった。

 

 あと、数日で年度末試験が形式的に行われ、3年生の登校期間が終わる。


 休み時間に教室から出て行く生徒達の姿を目で追う。


 この3年間、いろいろな指導をした。3年前より、すっかり大人っぽくなった。クラスの半分は、指定校推薦やAO入試で、早くに進路を決めた。あと、残っているのは一般受験組。本当に難関の学校を受けるなら、今でも主流は学力による一般受験になる。


 2月上旬からは私立大学の入試ラッシュが始まる。さらに国公立希望者のための二次試験……3月まで、自宅で受験勉強と、試験の繰り返しになる。


 1月も残りわずかとなったこのタイミングは、みんな名残惜しいのか、受験生だというのに、学校にもう少し……と残りたくなる時期らしい。


 放課後、各教室で、受験勉強をしつつ、クラスメイトとの少なくなった時間を過ごしている生徒がちらほらいる。少し小さくなった制服を着て、笑い合う声を聞きながら、廊下を歩く。


 第二特別教室には、2年生と1年生が活動しに来ている。部長の麻衣がこちらを向いた。


「先生、こんにちは……あの後、大丈夫だったですか?」


 何が?と言いたくなる。


「……ん、ああ。あのあと少し神社を歩いて、帰ったよ」


「……ふーん。ま、いいんですけどね」


 なんか知ってそうな、微妙な顔をして見せる。


「……そろそろ、来年の新入生歓迎会の企画、考えないとですよね。来年はもう円城部長や結城先輩には頼れないから……すごいプレッシャーで」


「……先輩に負けたくない気持ちはわかるけど、あまり肩に力入れすぎないように。麻衣は麻衣で、自分にできる企画を精一杯考えてやればいい」


「はい……つくづく、先輩達って凄かったなって思っちゃうんですよね……」


「凄かったのは事実だが、麻衣だって負けてないさ」



 んー、と曖昧に返事した麻衣だったが、実力は大したものなのだ。


 問題は、ずっと慕ってきた先輩がいなくなり、自分がリーダーになるということ……そこだけだ。部長として、胸を張ってやれたら、それでいい。


「あとで軽く企画の話し合いするんで、できたら顔出してください」



 ◇


 ここから先、職員室の3年生シマには、独特の弛緩した空気が流れる。


 日々の授業がなくなったがゆえの、どこか気の抜けた感じ。その代わり、彼の進路が決まった、彼女が試験に落ちた……そんな話題が日々共有されていく。

 間を縫って、新しい中学生を迎えるための入試業務が入ってくる。証書の文字確認に、記念品の手配……卒業式に向けた運営準備もある。


 あっという間に時間は過ぎる。


 日々の仕事に追われながら、あいつら、ちゃんと準備進んでるかな、とつい考えて手が止まる。担任は生徒それぞれの受験スケジュールを書き込んだカレンダーを、日々にらめっこだ。


 もう、満員の教室で、あいつらと授業することはない。次、彼らと一斉に顔を合わせるのは3月14日……卒業式だ。





2月26日(水)


 この1ヶ月、受験勉強をしながら、ずっと考えていたことだ。


 

――私に、何ができるのか。



 美幸さんとは、あのクリスマスの日以来、顔を合わせていない。


先週、第一志望の大学の合格通知を持って、センセイに会いに行った。

 一週間遅れのチョコレートも持参して。


 ◇


 センセイは笑顔で迎えてくれた。


「円城、本当によく頑張った。おめでとう。流石だな!」

「ありがとうございます」


 喜んでくれる人がいる、って嬉しいことだ。

 頑張って良かった……なでなで、はしてくれなかったけど。


「春からは本当に晴れて大学生か……チョコもありがとう。これを受け取るのも、これで……と思うと、感慨深いな」


「……はい。やっと卒業です……私たち、これで先生と生徒じゃ、なくなるんですよ?」


 少しだけ、大人っぽい笑みを浮かべて。

 センセイがどんな顔をしてくれるのか、ちょっと期待した。


「大学に行ったら、君に学力でも釣りあういい出会いが沢山あるだろう。話の合う友人も増えるはずだ……それに……きっと魅力的な人も……」


……。


……うん。


 本当は、予想してた。

 ショックだったけど、冷静に受け止めてる自分がいた。


 きっと、センセイはそう言うだろうと。

 私を巻き込まないことを第一に考えるだろうと。

 


 ◇



 せっかく嬉しい報告の日だったから、あの日はそのまま帰ってきたけど。


 心に一つ、ひっかかっていることがある。『こころ』の最後の授業を受けた日、ひっかかったこと。

 お父さんから受け取ったレポートを手元で開いて、もう一度眺める。


 ……やっぱり、まずはここから確認してみよう。必要なら、そこから一人で少し旅に出てもいい。それが終わったら、いよいよ私は、高校生活の最終ラウンドに臨むことになる気がする。



 その日は、きっと……センセイと最後のお話をする日。

 私の全力で、向き合う日。


 


 怖いけど、その先に――きっと。

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