21 「こころ」deガールズトーク
1月8日(水) 冬休み最終日 午後3時
私の部屋にこたつを置いた。紅茶と、クッキーとマカロンをのせた菓子皿と……三人の美少女。うん、完璧。
さあ年齢当ての時間です。
「で、咲耶はこんなことしてて大丈夫なの?」
いきなり琴美につっこまれた。
「……センセイの宿題だもん。ちゃんと提出したいもん」
「……先生絡むと、すぐダダっこになるよね。大学合格して、なでなでしてもらう方に集中したら?」
琴美がにやっと笑う。
合格の決まっている特待生サマはいいよねー、と言い返したけど……遠くに行っちゃうんだって思うと、あんまり憎まれ口は叩きたくない。合格してなでなで……蠱惑的な響きで頭の中が甘くなりかけるのをこらえて、本題に入る。
「とりあえず、はっきりしてるところから、決めていくね。まず、最後に『先生』が『私』に遺書を送ってきた年……自殺した年ってことになるんだけど、それは明治天皇が亡くなった年だから明治45年、西暦だと1912年……ここはズレないよね」
「うん。その最後の部分は確定だね。日本史の年号が初めて役立った気がする」
クッキーを口にほうりこみながら、琴美が笑った。
「先生とお嬢さんはちょっと置いといて、まず『私』だけど、最後の手紙を受け取ったのが、大学卒業したばかりの9月。大学卒業って22歳のイメージだけど、センセイ授業でも言ってたし、もっと上だよね」
隣でノートを開いて、何やらメモを読んでいた尾上千絵が顔を上げる。彼女もきっちり看護短大へ進路が決まっている。
「咲耶、そこはね……当時高校は大学予科とも呼ばれて、大学入試の準備をするところだったって。中学が今と違って5年あったから、高校に通いだすのは早くても17歳。卒業までに3~4年かかってたそうだけど……田舎からきてる子なんかは、もっと年上の人もたくさんいたって」
「千絵、ずいぶん詳しいね」
ノートのメモを、これ、と千絵が指さした。
「……小論文の指導で通ってるとき、ついでに先生にいろいろ訊いちゃったの。授業の時、先生、年齢に繋がる話をマメに説明に入れてたから、なんかあるのかな?って気になって」
胸がちくん。
「……出題前からセンセイの伏線に気付いてたんだ……」
「千絵にまで妬かないでよ?」
「……妬いてません」
話がすぐ脱線するのは、琴美がいちいち茶々を入れるからです。
「千絵はだって、福井先輩と相変わらず……仲良しだもんね?」
「……二年経つから、いろいろ悩みは増えるけどねぇ」
それでも千絵はふわぁっと優しく笑う……きっと幸せなんだ。いいな。
「話戻すけど、そうなると当時は大学に入るのも、若くて21歳くらい?」
「だね。大学も卒業に3~4年はかかるから、かなり早い人でも大学卒業は25歳……26、7歳くらいが普通って見ればいいかな……あと、夏目漱石自身が、27歳で大学を卒業してたって。数え年だから、ちょっとずれるけど、今の年齢に直すと、だいたい26歳」
「夏目漱石の年齢……関係ある?」
疑問に感じたので訊いてみる。
「……私、小説書くから、作者の育ってきた感覚って、影響するだろうなって。自分の体験とか、時間の長さとか、取り入れるとイメージ掴みやすいし」
「んーと。留年とかしている描写はないから、卒業まで順当に進級した、として……」
ここまでの話の要点を簡単にメモってから、結論として年齢を書き留めた。
先生、自殺時の年齢(概算)
「私」 =26歳~27歳
よし。紅茶をおかわりして、次へいこう。
ティーポットから、とぽとぽと注いでいると、琴美が、ふぅ、と息を吐いた。
「で、問題はここからだよね。先生とお嬢さんだけど、年齢を数え始める目印がなんかぼんやりしてない?読み返したけど、あんまりこれっていうのが……」
ふふん。
さっきは千絵にもってかれたけど、ここは私が。
「お嬢さんの父親が日清戦争で亡くなってる、っていうのが基点だと思う。日清戦争は明治27年、西暦1894年の後半から翌年にかけて。厩があるほど大きなお屋敷で、市ヶ谷の士官学校の方にあったとなれば、相当なエリート軍人ね。亡くなったから法事もせずに引っ越し、は無理だと思う」
「……さすが咲耶お嬢様。下々の私たちめには、そのあたりはわかりませんですことよ」
琴美があやしげな言葉遣いでほほほ、と笑う。
「……おだまりなさい。父親が亡くなったのが明治28年の頭くらいとして、二年後の三回忌まで法事をして引っ越して、一年後に大学に入ったばかりの先生と知り合う……大学入学は明治31年、1898年あたりが自然かな。早めても、これより1年が限界だと思う」
千絵がその先を引き継ぐ。
「そこが決まると、先生の歳はほぼ確定だね。先生は、両親亡くしたときに二十歳前、っていう描写があって、そこから東京で高校に3年通ってる。だから、大学入学は22~23歳。最後に遺書を書いた明治45年までの年数、14年を足して考えると……自殺した時点で、おそらく36~37歳……結構若いね。大学卒業して半年後に結婚してるから、お嬢さんとの結婚生活は、9年……てところかな」
最後のところをまた千絵に取られてしまったけど、まあいいや。
ノートに書き留める。
先生、自殺時の年齢(概算)
「私」 =26歳~27歳
「先生」 =36歳~37歳(結婚して9年)
あとはお嬢さんだ。今度こそ、私のターンで。
「先生が入学して、下宿にきたとき、お嬢さんは女学生だった。当時の学校制度だと……女学校は10歳以上で入学できたみたい。在学期間は5~6年で、先生の大学2年の終わりにお嬢さんが卒業したから……先生が下宿にきた時点のお嬢さんは、たぶん13~14歳……」
なかば、ぼーっと訊いていた琴美が驚いた顔をして、こっちを見た。
「えええ?お嬢さんが13歳で、そのとき下宿してきた先生が23歳って……ロリコン?」
「……ロリコン言わない。10歳くらい、問題ないもん」
琴美がまたへらっ、と笑って言った。
「咲耶姫は、誰の話してるのかしら?」
「……せんせいの話ですがなにか?……出会いから14年後に遺書が書かれた」
――ノートに書き取って、宿題に決着をつけた。
先生、自殺時の年齢(概算)
「私」 =26歳~27歳
「先生」 =36歳~37歳(結婚して9年)
「お嬢さん」=27歳~28歳( 同 )
あ、と思った。
センセイは、このことに気付かせたくて、宿題を出したんだ。