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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
終章 こころの時間_2020年3月編
111/118

21 「こころ」deガールズトーク

1月8日(水) 冬休み最終日 午後3時


 私の部屋にこたつを置いた。紅茶と、クッキーとマカロンをのせた菓子皿と……三人の美少女。うん、完璧。


 さあ年齢当ての時間です。


「で、咲耶はこんなことしてて大丈夫なの?」

 いきなり琴美につっこまれた。

「……センセイの宿題だもん。ちゃんと提出したいもん」

「……先生絡むと、すぐダダっこになるよね。大学合格して、なでなでしてもらう方に集中したら?」

 琴美がにやっと笑う。


 合格の決まっている特待生サマはいいよねー、と言い返したけど……遠くに行っちゃうんだって思うと、あんまり憎まれ口は叩きたくない。合格してなでなで……蠱惑的な響きで頭の中が甘くなりかけるのをこらえて、本題に入る。


「とりあえず、はっきりしてるところから、決めていくね。まず、最後に『先生』が『私』に遺書を送ってきた年……自殺した年ってことになるんだけど、それは明治天皇が亡くなった年だから明治45年、西暦だと1912年……ここはズレないよね」


「うん。その最後の部分は確定だね。日本史の年号が初めて役立った気がする」


 クッキーを口にほうりこみながら、琴美が笑った。


「先生とお嬢さんはちょっと置いといて、まず『私』だけど、最後の手紙を受け取ったのが、大学卒業したばかりの9月。大学卒業って22歳のイメージだけど、センセイ授業でも言ってたし、もっと上だよね」


 隣でノートを開いて、何やらメモを読んでいた尾上千絵が顔を上げる。彼女もきっちり看護短大へ進路が決まっている。


「咲耶、そこはね……当時高校は大学予科とも呼ばれて、大学入試の準備をするところだったって。中学が今と違って5年あったから、高校に通いだすのは早くても17歳。卒業までに3~4年かかってたそうだけど……田舎からきてる子なんかは、もっと年上の人もたくさんいたって」


「千絵、ずいぶん詳しいね」


 ノートのメモを、これ、と千絵が指さした。


「……小論文の指導で通ってるとき、ついでに先生にいろいろ訊いちゃったの。授業の時、先生、年齢に繋がる話をマメに説明に入れてたから、なんかあるのかな?って気になって」


 胸がちくん。


「……出題前からセンセイの伏線に気付いてたんだ……」

「千絵にまで妬かないでよ?」

「……妬いてません」


 話がすぐ脱線するのは、琴美がいちいち茶々を入れるからです。


「千絵はだって、福井先輩と相変わらず……仲良しだもんね?」

「……二年経つから、いろいろ悩みは増えるけどねぇ」


 それでも千絵はふわぁっと優しく笑う……きっと幸せなんだ。いいな。


「話戻すけど、そうなると当時は大学に入るのも、若くて21歳くらい?」


「だね。大学も卒業に3~4年はかかるから、かなり早い人でも大学卒業は25歳……26、7歳くらいが普通って見ればいいかな……あと、夏目漱石自身が、27歳で大学を卒業してたって。数え年だから、ちょっとずれるけど、今の年齢に直すと、だいたい26歳」


「夏目漱石の年齢……関係ある?」

 疑問に感じたので訊いてみる。


「……私、小説書くから、作者の育ってきた感覚って、影響するだろうなって。自分の体験とか、時間の長さとか、取り入れるとイメージ掴みやすいし」


「んーと。留年とかしている描写はないから、卒業まで順当に進級した、として……」


 ここまでの話の要点を簡単にメモってから、結論として年齢を書き留めた。



先生、自殺時の年齢(概算)


  「私」 =26歳~27歳



 よし。紅茶をおかわりして、次へいこう。


 ティーポットから、とぽとぽと注いでいると、琴美が、ふぅ、と息を吐いた。

「で、問題はここからだよね。先生とお嬢さんだけど、年齢を数え始める目印がなんかぼんやりしてない?読み返したけど、あんまりこれっていうのが……」

 

 ふふん。

 さっきは千絵にもってかれたけど、ここは私が。


「お嬢さんの父親が日清戦争で亡くなってる、っていうのが基点だと思う。日清戦争は明治27年、西暦1894年の後半から翌年にかけて。(うまや)があるほど大きなお屋敷で、市ヶ谷の士官学校の方にあったとなれば、相当なエリート軍人ね。亡くなったから法事もせずに引っ越し、は無理だと思う」


「……さすが咲耶お嬢様。下々の私たちめには、そのあたりはわかりませんですことよ」

 琴美があやしげな言葉遣いでほほほ、と笑う。


「……おだまりなさい。父親が亡くなったのが明治28年の頭くらいとして、二年後の三回忌まで法事をして引っ越して、一年後に大学に入ったばかりの先生と知り合う……大学入学は明治31年、1898年あたりが自然かな。早めても、これより1年が限界だと思う」


 千絵がその先を引き継ぐ。


「そこが決まると、先生の歳はほぼ確定だね。先生は、両親亡くしたときに二十歳前、っていう描写があって、そこから東京で高校に3年通ってる。だから、大学入学は22~23歳。最後に遺書を書いた明治45年までの年数、14年を足して考えると……自殺した時点で、おそらく36~37歳……結構若いね。大学卒業して半年後に結婚してるから、お嬢さんとの結婚生活は、9年……てところかな」


 最後のところをまた千絵に取られてしまったけど、まあいいや。

 ノートに書き留める。


先生、自殺時の年齢(概算)


  「私」 =26歳~27歳

 「先生」 =36歳~37歳(結婚して9年)


あとはお嬢さんだ。今度こそ、私のターンで。


「先生が入学して、下宿にきたとき、お嬢さんは女学生だった。当時の学校制度だと……女学校は10歳以上で入学できたみたい。在学期間は5~6年で、先生の大学2年の終わりにお嬢さんが卒業したから……先生が下宿にきた時点のお嬢さんは、たぶん13~14歳……」


 なかば、ぼーっと訊いていた琴美が驚いた顔をして、こっちを見た。

「えええ?お嬢さんが13歳で、そのとき下宿してきた先生が23歳って……ロリコン?」


「……ロリコン言わない。10歳くらい、問題ないもん」


 琴美がまたへらっ、と笑って言った。


「咲耶姫は、誰の話してるのかしら?」


「……()()()()の話ですがなにか?……出会いから14年後に遺書が書かれた」


――ノートに書き取って、宿題に決着をつけた。



先生、自殺時の年齢(概算)


  「私」 =26歳~27歳

 「先生」 =36歳~37歳(結婚して9年)

「お嬢さん」=27歳~28歳(  同   )



 あ、と思った。

 センセイは、このことに気付かせたくて、宿題を出したんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アラフォー、アラサー、アラサー。 当たった! (すみません、これだけ言わせてください。お作にどっぷり浸かってます、最後のページまで読み外しません、書いてくださってありがとうございますの意で…
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