19 延長戦
どうなってるんだ、これは。
第二特別教室は、パーティーの準備のために、創作部員が荷物置きにして、戸締まりをしてあった。部長の橘麻衣が、鍵を預かっていた。
人気のない部屋の鍵をあけ、大机の角に3人で座った。真ん中に俺、机の角を挟んで左に美幸、俺の右に付き添うように円城。
「美幸さん、学校へ入れるように、というお願いは聞きましたけど、どうして、あそこであんな話を……まるで、センセイを追い詰めにきたみたいです」
円城の興奮がまだ収まってない。美幸に詰め寄るように言う。
「……そうね。パーティーに呼んでくれ、とは言ったけど、行儀良くしてる、とも言った覚えはないしね」
「理由になってません」
円城の頭から湯気が見えそうだ。
これはこれで、埒があかない。
「……円城、ちょっと落ち着いてくれ。美幸……さんは、そもそも俺の知り合いだ。美幸さん、どうかな。そもそも子どもの前で話すことでも……」
「何が、子どものまえで話すことでもないのかしら?……説明してくれる?」
……言葉に詰まる。
さっきの話の続きをここでされるわけには……。
「センセイ、大丈夫です。私は……もう知ってます」
円城の言葉に衝撃を受けた。
そして、気付いた。
円城の手引きで、美幸はここに入り込んだということは……今日より前に、美幸と円城の間にはやりとりがあったということだ。そこで、何か話があったから、円城は美幸の立ち入りを許した……もしくは、許さざるを得なかった。
「美幸、なんてことを生徒に……」
「……生徒に、じゃないんでしょ?この円城さんに、知られたくなかったんでしょ?さっきからあなた、見てられないわ」
「……」
「私とあなたの罪……恵里への罪。すっかり忘れたみたいで、楽しそうじゃない」
「……そんなことはない。忘れられたことなんて、ないよ」
「……忘れられたことなんて、か。本当は忘れたいよね」
「美幸……」
この8年、二人だけで共有してきた罪の意識。
二人の間に重ねてきた、一年おきに罪を確認する時間。
毎年、美幸とはその日だけ、顔を合わせてきた。
自分の内部から、毎年少しずつ薄れていく恵里の記憶を、どう扱っていいのか、ずっと悩んでいた。解放されたい、と思う自分と、それは許されない、と戒める自分がずっと同居していた。
◇
沈黙を途切れさせたのは、私。
「……美幸さん、口を出してもいいですか」
美幸さんは、黙ったまま、小さく頷く。
「美幸さんはセンセイをどうしたいんですか?永遠に、罪を背負えと、おっしゃるんですか?そんなの……そんなのって……」
「……どうするかは、私と祐司が決めることでは、ないかしら」
「……確かに決めるのは美幸さんと、センセイかもしれません。でも、隣に誰かがいたら、選択肢は増えるかも知れない。二人だけで考えるよりも、もっといい答えだって、見つかるかも知れない」
「……大きく出るわね。ずいぶん……お子様なのに、自信家ね」
美幸さんの目が、虎のようになって……真っ直ぐに私の目にぶつかる。
絶対、逸らさない。
「力になりたい人がいて、その人にできることを一緒に考えたいんです……私は当事者じゃない。でも、だから何もできないなんて、思いたくないです」
「……そう」
「美幸さんはなんだか、永遠にセンセイを縛ろうとしてるみたいです。そんなの、きっと誰も幸せにならないって……美幸さんだってわかってますよね。もし、そんなことを考えているなら、私は……あなたとセンセイの関係を壊してでも、センセイに前を向いてほしい」
……ふん、と美幸さんは鼻を鳴らして、目を伏せた。
「若いって凄いわね……これ以上祐司を苛めたら……すっかり私、悪役になっちゃいそう」
私は「もう十分、悪役です」と思ったが、黙っておいた。
「今日はこれで帰るわ。円城さん……もうこんな強引なことは控えるから、安心してね」
美幸さんは、そのまま帰って行った。
背中を向けるほんの一瞬、私に微笑んだように見えたのは、錯覚……だったのかな。