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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
終章 こころの時間_2020年3月編
109/118

19 延長戦

 どうなってるんだ、これは。


 第二特別教室は、パーティーの準備のために、創作部員が荷物置きにして、戸締まりをしてあった。部長の橘麻衣が、鍵を預かっていた。

 人気のない部屋の鍵をあけ、大机の角に3人で座った。真ん中に俺、机の角を挟んで左に美幸、俺の右に付き添うように円城。


「美幸さん、学校へ入れるように、というお願いは聞きましたけど、どうして、あそこであんな話を……まるで、センセイを追い詰めにきたみたいです」


 円城の興奮がまだ収まってない。美幸に詰め寄るように言う。


「……そうね。パーティーに呼んでくれ、とは言ったけど、行儀良くしてる、とも言った覚えはないしね」


「理由になってません」


 円城の頭から湯気が見えそうだ。

 これはこれで、埒があかない。


「……円城、ちょっと落ち着いてくれ。美幸……さんは、そもそも俺の知り合いだ。美幸さん、どうかな。そもそも子どもの前で話すことでも……」


「何が、子どものまえで話すことでもないのかしら?……説明してくれる?」


 ……言葉に詰まる。

 さっきの話の続きをここでされるわけには……。


「センセイ、大丈夫です。私は……もう知ってます」


 円城の言葉に衝撃を受けた。


 そして、気付いた。


 円城の手引きで、美幸はここに入り込んだということは……今日より前に、美幸と円城の間にはやりとりがあったということだ。そこで、何か話があったから、円城は美幸の立ち入りを許した……もしくは、許さざるを得なかった。


「美幸、なんてことを生徒に……」


「……生徒に、じゃないんでしょ?この円城さんに、知られたくなかったんでしょ?さっきからあなた、見てられないわ」

 

「……」


「私とあなたの罪……恵里への罪。すっかり忘れたみたいで、楽しそうじゃない」


「……そんなことはない。忘れられたことなんて、ないよ」


「……()()()()()()()()()()、か。本当は忘れたいよね」


「美幸……」


 この8年、二人だけで共有してきた罪の意識。

 二人の間に重ねてきた、一年おきに罪を確認する時間。


 毎年、美幸とはその日だけ、顔を合わせてきた。


 自分の内部から、毎年少しずつ薄れていく恵里の記憶を、どう扱っていいのか、ずっと悩んでいた。解放されたい、と思う自分と、それは許されない、と戒める自分がずっと同居していた。



 ◇



 沈黙を途切れさせたのは、私。


「……美幸さん、口を出してもいいですか」


 美幸さんは、黙ったまま、小さく頷く。


「美幸さんはセンセイをどうしたいんですか?永遠に、罪を背負えと、おっしゃるんですか?そんなの……そんなのって……」


「……どうするかは、私と祐司が決めることでは、ないかしら」


「……確かに決めるのは美幸さんと、センセイかもしれません。でも、隣に誰かがいたら、選択肢は増えるかも知れない。二人だけで考えるよりも、もっといい答えだって、見つかるかも知れない」


「……大きく出るわね。ずいぶん……お子様なのに、自信家ね」


 美幸さんの目が、虎のようになって……真っ直ぐに私の目にぶつかる。

 絶対、逸らさない。


「力になりたい人がいて、その人にできることを一緒に考えたいんです……私は当事者じゃない。でも、だから何もできないなんて、思いたくないです」


「……そう」


「美幸さんはなんだか、永遠にセンセイを縛ろうとしてるみたいです。そんなの、きっと誰も幸せにならないって……美幸さんだってわかってますよね。もし、そんなことを考えているなら、私は……あなたとセンセイの関係を壊してでも、センセイに前を向いてほしい」


……ふん、と美幸さんは鼻を鳴らして、目を伏せた。


「若いって凄いわね……これ以上祐司を苛めたら……すっかり私、悪役になっちゃいそう」


 私は「もう十分、悪役です」と思ったが、黙っておいた。


「今日はこれで帰るわ。円城さん……もうこんな強引なことは控えるから、安心してね」


 美幸さんは、そのまま帰って行った。

 背中を向けるほんの一瞬、私に微笑んだように見えたのは、錯覚……だったのかな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 辰巳と美幸の関係でとある漫画を思い出しました。 『闇のイージス』と言いますが、その主人公と同志の関係にそっくりなんです。 特に、年に一度墓参りをするところが。 主人公は妻と息子を。 同志は…
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