18 霹靂(へきれき)は壇上より来たり
どうしよう。
どうしたらいい?
あの日、美幸さんにとんでもないお願いをされた。
「創作部のクリスマスパーティーに、私も出席させてほしいの。私が校内にこっそり入れるように、段取りをお願い」
「……それは、さすがに困ります。美幸さんは、その……学校では部外者ですし」
センセイの怯えた顔を思い出した。きっと、美幸さんが乗り込んできたら、センセイは平静じゃいられなくなる。美幸さんは、取り乱してる私の顔を見て、笑った。
「円城さん、祐司のことを今、心配して……守ろうとしてるでしょ?その様子だと、祐司は結構動揺したのね……」
美幸さんの目が、私の表情を読み取っていく。
「ねぇ。こんなやり方は気が引けるのだけど、もし、円城さんが断ったら、私は祐司の昔のこと……みんなの前で話してしまうかもしれないなぁ……」
「……待ってください……そんなことは……」
「だから、お願いをきいてほしいの。わかるわよね?」
美幸さんの依頼は、最初から『お願い』ではなかった。
お昼過ぎに受付に行って、部活指導の外部講師が来る、と嘘を伝えた。美幸さんには受付でそう説明してもらうように段取りをつけた。
きっと途中でバレてしまうと思ったけど、美幸さんは「バレたっていいわよ」と。その場だけ、センセイの姿を見て、会えればいいのだ、と。
今、美幸さんはステージに立っている。
センセイの顔が動揺しているのが、受付の私からもわかる。
私が、美幸さんをここに入れてしまった。
◇
……美幸、なぜだ。
「今日は、辰巳先生の紹介で、講師としてこちらに入れてもらいました。創作部の活動がとても活発だと聞いてきましたが、今発表されていた軽音楽部さん、落語研究会さん……どの部活も、しっかり活動されていて、感心ですね」
挨拶をする美幸の声が、遠く聞こえる。
頭の一部がフリーズしたみたいだ。どうする?という思考がそこで止まって先に進まない。
酷く遠い世界で起きていることのように、周囲が認識されている。
「……みなさん、メリークリスマス。さて、堅い挨拶はこのへんにして。実は私、辰巳先生とは、小学校からのお友達です」
生徒がざわついている。
彼女?えええ?辰巳先生、彼女いたの?……一部から微妙な会話が聞こえている。
「……余興になるか微妙ですが、せっかくのパーティーです。辰巳先生のことで聞きたいことはありますか?」
「美幸さんは先生の彼女さんですか?」
「先生の彼女の話!」
「先生の恥ずかしいエピソードを!」
……前の方にいた女子が中心となって美幸に食いついている。
美幸の見た目の可愛らしさに、男子たちも注目している。
「……ではここだけの話、ちょっとだけ昔話をしますね。まずは……あれかな。交友関係のお話……実は辰巳先生、小学生の頃かなーり暗くて、当時はいつもぼっちで、本ばかり読んでました。祐司、友達……あの頃全然いなかったよね?」
最後の部分は俺への呼びかけだ。
ろくに反応もできず見ている俺……きっと、ひきつった顔をしている。
「……反応に困らせちゃいましたね。そんな辰巳先生も、高校になるころには結構イケメンになって、それなりにモテてました……でも、本人が鈍感というか、周りで好きな子がいても、全く気付かないんです。大学時代にやっと彼女ができて、よく二人で登校してましたけど……彼女、仮にEさんとしますが……私の友達でした」
おおお、と前の方が盛り上がっている。
「Eさんは背が高くて綺麗な人で……すらっとした辰巳先生とよくお似合いでした。同じゼミのメンバーで、よく文学について話したりしました……私の彼と4人で出かけて、文学の『聖地』巡りとか、いろいろやりましたよ……もう、ずいぶん昔の話ですが」
美幸、なぜここで、そんな話をする……?
「その、Eさんと先生は別れちゃったんですか?」
「Eさんは今どこに?」
主に女子生徒から質問が飛ぶ。
「私が知る限りは、振ったり振られたりはしてなかったと思いますが……辰巳先生が壁のところで、焦りまくってますね……立ち入った事情はこんなところにしましょうか……みなさん、あらためてメリークリスマス!」
この部屋から出ようと思ったが、どうしても美幸から目が離せない。
美幸が壇上からさっさと降りて、こっちに真っ直ぐ歩いてくる。
いつもの校舎、見慣れた生徒たち、その真ん中……俺の正面に立った美幸。現実感がない。
「祐司が、生徒さんといい感じ、って聞いたから、見に来たの。あなた一人だけで、ずいぶん、楽しそうにしてるなって……びっくりした?」
美幸の視線が、身体に絡みつくようだ。
なんとか言い返す。
「……教師としての、仕事を……しているだけだ」
「ウソつき」
美幸の言葉がぴしゃりと被さる。
反論は許さない、と言外に告げている。
「ずいぶん、生徒達から慕われてるようじゃない……この前、案内してくれた飛田先生だっけ?彼女もあなたのこと、ずいぶん気にしてたみたいだし」
「そんな関係じゃ……ないよ」
「私たちがしたことも忘れて……一人で、自由にでもなるつもり?」
「美幸……頼むから、ここではその話は……」
「……情けないわね。惨めな顔……壇上ではやめておいたけど……ここでもう少し、おしゃべりしましょうか」
美幸が口元だけで笑みを浮かべた。
◇
「美幸さん、やめてください……センセイ、大丈夫ですから」
他に考えつかなかった。見ていられなかった。
後先も考えず、美幸さんとセンセイの間に、割り込んでいた。
センセイと美幸さんの、ただならぬ空気。まわりの生徒も会話を気にしている。そんな中で、あのことを暴露されたりしたら……。
そんなこと、させるもんか。
「美幸さん、どうしてセンセイを追い詰めるようなことをするんですか」
「……円城さん」
「センセイ、ごめんなさい。美幸さんをここに入れたのは私です……美幸さん、どうしてもお話をというなら、せめて部屋を変えてください」
美幸さんの目が、すっと細まった。
「嫌だ、と言ったら?」
「不審者として、今すぐ通報します」
右手のスマホを見せた。表示されている番号は、この学校の事務室だ。後は発信を押すだけで繋がる。不審者、と言えば警察まですぐ連絡がいくだろう。
「引き入れたあなたの責任になるんじゃないの?……大切な時期なのでしょ?」
「……構いません。あなたをここに入れたのは、私がやったことですから」
美幸さんを正面から見据える……ここは引けない。
「……楽しいパーティーだってのに、なにやってんですか」
後ろから声がした。
「……先生、先輩、あと美幸さんでしたっけ。パーティーの雰囲気じゃなくなっちゃうんで、深刻な話するなら、場所変えてくださいよ」
橘麻衣が、第二特別教室のカギを、ちゃらちゃら、と鳴らした。
麻衣はあきれ顔を見せながら……私に小さく目配せした。