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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
終章 こころの時間_2020年3月編
102/118

12 過ぎ去りし日々に乾杯を

11月22日(金) 午後8時


 「辰巳、ずいぶん、ひさしぶりだな」


 大柄でがっしりした身体。ちょっと自信家で、楽天的。そして、面倒見の良い兄貴キャラ。まるで変わってない。


 佐竹先輩に会うのはどれだけぶりだったか。最後に会ったのが大学を卒業して少し……1年後くらいだったはずだ。あのとき以来だとすると、かれこれ7年ぶりになる。でも、目の前に先輩の顔を見ると、そんなインターバルがあるとは思えなくなってくる。


 その感覚は、先輩も同じらしい。学生時代と変わらない笑顔で、ビールのグラスを合わせてくる。


「お呼びだてしたみたいになって、すみません」

 

「相変わらず、辰巳は堅苦しいな。いいっていいって。本当に懐かしくて、会えて嬉しいんだ。野暮は言いっこなしでいこう」


 美幸に連絡が付かないままなのが気になって、佐竹先輩に連絡をした。佐竹先輩も美幸とは大学以来連絡をとっておらず、連絡先はわからない、ということだったが、久しぶりに会わないか、と提案された。

 

 既に結婚して、娘さんは来年幼稚園だという。


 ◇


 先輩との出会いは、高校1年まで遡る。

 

 中学時代は部活に入る気はしなかった。放課後は、ずっと図書室にいて、それで不満は感じなかったからだ。


 でも高校では、部活に入るつもりだった。美幸がいる「文芸部」に入る……部活紹介で、文芸部だけはどんな部か、ちゃんと見ておこうと思った。茶道部、将棋部……どこも、地味な発表で、文化系はそんなもんだろうな、と思った。


 文芸部は、予想を裏切ってきた。

 マイクをもった2年生の男子はとても堂々としていた。


「部員は、今のところ、3人しかいませんが、小説を書いたり本を作ったりすることに本気で興味のある部員を募集します」


 何かスポーツをやってそうな、引き締まって大柄な身体。よく通る声。一年生の女子の一部が、ひそひそと「かっこよくない?」「でも文芸部だよ」と言い合っていた。


「なんか書きたい、という人は大歓迎ですが、楽そうだから、とか幽霊部員で、という人は来ないでください。ちゃんと活動したいので、そこはよろしくです」


 きっぱりと言い切った彼の態度に、「なんかエラソ……」とこぼしている女子もいたが、俺にはとてもカッコよく見えた。この紹介の日、放課後にすぐ部室に行って、4人目の文芸部員になった。


「あの頃の先輩、本当にかっこよくて……憧れました。本気で」

「やめてくれ……今考えたら、ずいぶんイタいキャラじゃないか?」


 文芸部では、小説を書き合ったり、読ませ合ったり、そのとき読んだ本や映画を批評したり。夏目漱石や、森鴎外といった名作を読んで、意見交換したりもしたっけ。


 小さな、一番多いときでも5人しかいなかった部活だったが、頑張って小説も書いたし、毎日議論を交わすだけで楽しかった。明るい性格の佐竹は何でも器用にこなすタイプで、校内では相当モテた。でも、佐竹は「他の子」にまるで興味を示さなかった。


 彼も美幸のことが好きだったのだ。



 地元では都心ほど高校も大学も多くない。一人暮らしで都心に出るか、地元の国立に進むかだった。

 一学年上の美幸も佐竹も国立へ進み、一年遅れて俺も同じ大学へ進んだ。父親を一人にしたくない、というのも地元を選んだ理由の一つだったのに、父親から逆に一人暮らしをしろと言われ、家を出されてしまった。


 大学に入ってしばらくして、美幸に言われた。


「佐竹くんに、付き合おうって言われたんだけど……祐司、どう思う?」

「なんで俺にそんなの聞くんだよ」

「……だって……うん、ごめん……そうだよね」


 付き合いだした佐竹先輩と美幸は、お似合いのカップルに見えた。



 

「今思ってもさ、あんとき、俺、内心は必死だったよ。お前と美幸の距離っていうかな。すごく近かったから……」

「……俺、小学生の頃、誰とも話さないような子供で。俺に話しかけてくれたの、美幸くらいしかいませんでしたから……」 


 佐竹先輩と美幸の付き合いは、3年近く続いた。その間よく俺や、他のゼミの仲間と食事に行ったり、小さな旅行に出かけたり……大学生らしい賑やかな記憶が沢山ある。


 「美幸と別れて、今のかみさんと出会って……もう、すっかり娘を甘やかせてるパパだよ……なあ、お前と美幸、あのあとどうして付き合わなかったんだ?」


 佐竹先輩がそう言うのも無理はない。二人が別れたのは、大学卒業と同時だった。理由を一言で言えば……俺の存在が美幸の中から消えなかったから。二人が別れてすぐ、俺と美幸は互いの気持ちを確かめた。そのまま、付き合うことになるだろうと思った。


 ……だが、そうはならなかった。


「……あの……神谷さん、だったか?……彼女のことは可哀相に思うけど……でも、お前と美幸にしてみれば……不謹慎ながら障害がなくなったわけだろ。あの頃の美幸は間違いなくお前を見ていたし、それはお前も同じだった、はず……すまん。身を引いた男として、事情が気になってたというか……」


 先輩の薬指に、細いリングが光っている。娘の真由ちゃんは、もう4歳……そう、時間は流れた。全ては、ずいぶん過去の話だ。


「……すみません。詳しいところは。でも、彼女のことがあって、俺たちが不謹慎なことできない……みたいなところ、あったんです。申し訳ない気持ちというか」


 先輩はビールのペースもゆっくりになった。

 大人らしい、スマートな飲み方は、あの頃からは考えられない。


「……あんまり立ち入っていい話じゃない、か。辰巳、もし美幸から連絡があったら、ちゃんと知らせるよ。お前と連絡が取れるように、あっちの連絡先を聞くなりなんなり、やっとくから」


 別れ際、手を振る先輩の指にまたキラリと光った指輪を見て、俺たちの止まった時間を思った……俺と美幸はどこへ向かうのだろう。


 ◇


 その夜、久しぶりにあの夢を見た。


 俺を呼んでいる声は、間違えようもない。


 神谷恵里だ。


 次第に深まっていく周囲の水。

 俺が駆けつけても、そこに恵里はいない。


    

――大学2年生になった頃、ゼミの酒席の帰り、泥酔した恵里を送っていったら突然キスされた。


「辰巳くん……年上は嫌かなぁ?」


 目からぼろぼろと涙をこぼしているのに、セリフと口元だけがやけに明るかった。恵里の彼氏は酷い男と聞いていた。それでも別れられず、酔っては泣く彼女を見ていると、なんだか、中学生の頃、自宅に来ていた女性達を思い出した。


 キスが何かの合図だったかのように、その日から恵里は俺の家に住み着いた。背が高くてクールに見えるのに、二人になると気まぐれでアンニュイで、寂しがりで……シャム猫みたいだ、と思った。振り回されてばかりなのに……不思議なほど、愛おしかった。



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