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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
終章 こころの時間_2020年3月編
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10 報告書

11月18(月) 午後6時


「おかえり」

 

 家に帰ると、リビングからお父さんの声がした。


「ただいま。珍しいね。お父さんがこんな時間にいるの」

「ああ、ちょっとな。お母さんはまだ帰ってない。咲耶に少し話があったんだ。リビングに来なさい」


 なんだろう、と思ってリビングに入る。

 ローソファーの前、低いリビングテーブルに、茶色の大きな封筒が置いてある。

 ソファにお父さんと向き合って座った。


「……勝手なこととはわかってたが、ロッテに話を聞いてね。心配で、少々動いてもらった」


――自分の顔色が変わったのがわかる。ロッテがまさか、お父さんに話すとは。


 黙ったままの私に、お父さんが続ける。

「ロッテを、責めないであげてくれ。彼女も心配だったんだ。だが、慣れない日本でのことだ。くれぐれも内緒で、ってお父さんに相談してきた」


 茶色い封筒に手を伸ばす。中には大きめ、A4版……の書類がクリップに留められて入っている。

 落ち着け。深く息をする。お父さんに何か言うにしても、まずは書類を読んで……それからだ。


 封筒から書類を出そうと、手を差し入れると同時に、お父さんが言った。


「一番大切なところだけ言っておく……辰巳先生は、法的な罪に問われたことはない。記録に残るような法に触れる行為には関係していないし、そうした……なんというかな。法に触れるようなことをする人達と関係していた、という記録もない」


「……センセイが罪に問われたことは、ない」


 悔しいけど、ほーっと息をついてしまった自分がいた。


 センセイは警察のご厄介になるような、そういう事件には関わっていなかった。それだけのことなのに、肩から重さが何割か減ったように感じてしまう。



「美幸さんという人が、何を思って話をしたかはわからない。表には出ていないからといって何もなかった、と言い切れるものでもないしな」


「……うん。それは、私もわかる。それでも……」


「……少し安心したか」


「……うん」


「個人的な行き違いとか、法律とは関係なくても何か問題が起きたのかもしれない。喧嘩や誤解が不幸な結末になった……ということもあり得る。美幸さんという人がどういう経緯で辰巳先生と関わってきたのかは……わかる範囲で、そこに書いてもらってある。その資料は、勝手をやったお父さんから、お詫びではないが……咲耶に渡しておく」


 勝手なことをして!……そう怒るつもりだったのに。


 私の目をじっと見て、気遣わしげに話すお父さんの顔を見ていたら、申し訳ない気持ちになってしまった。


 きっと、お父さん、凄く心配したんだ。


 幸い、その結果が問題ないものだったから、お父さんも少しほっとして、こうして資料を渡してくれてるけど……もし、危険だったり、深刻だったりした内容の資料になってたら……きっと、お父さんは、それでも私のためにできることを考えてくれただろう。場合によっては……またとんでもない行動に出たかもしれないけど。


 鼻の奥が、ちょっとツンとした。


 すぐに、資料を読みたいから……そう言い訳して、早めに部屋へ戻って、顔を見せないようにした。




 お父さんから受け取った報告書には、知らなかったことが沢山書いてあった。

 美幸さんはセンセイより一つ年上で、二人は、小さな頃から近所に住んでいたこと。二人の地元は、都会というには少し小さめの街で、二人とも地元の高校から、同じ地元の大学に進学したこと。高校時代は同じ文芸部に所属していたこと。


 美幸さんは、こんなに昔からセンセイを知っていた。

 書類に付けられた美幸さんの現在の写真と、高校時代、大学時代の写真……優しそうな目。こんな人が、センセイの隣にずっと住んでた。


 私がまだ小さくて、よちよち歩きをしていた頃に、二人は同じ学校、同じ部活で沢山時間を過ごしていた。そう思うと、自分だけ違う時間において行かれた気になる。センセイにだって、子どもだったときがあった。そこにいろんな出会いもあった……わかっているのに、胸が苦しい。


 大学時代も、同じゼミ仲間だったらしい。周囲から見る限り、センセイと美幸さんは仲の良い友人として付き合っていたようだ。他にも何人か、関わりのあった友人、知人の名前と写真、簡単な説明が並んでいる。


 読み進むうちに、大学時代にセンセイの恋人だったらしい女性の名前と写真まで出てきた。


 不意打ちもいいところだ。一瞬、胸がどきん、と鳴った。


 神谷恵里(かみやえり)


 強い瞳。色白で可愛い、というより美人、という印象の整った顔立ち。何枚か付いている写真を見ても背が高めで、スタイルがいい。

 大学時代には、傍目にもわかる感じにセンセイと……親しく、していた、らしい。ああもう、なんで読んでるだけで、頬が火照ってくるんだろ。


……センセイと並んだら……きっとお似合いだったんだろうな。


 自分の小さめな身長を思う。こんなことを考える自分がなんかイヤだ……手早く書類のページをめくった。何枚か斜め読みで進めたところで、私は固まってしまった。


 センセイが大学3年生を終え、美幸さんや恵里さんが卒業式を終えたばかりの春……恵里さんは、亡くなっていた。


 書類の死因を読む限り、彼女の死にセンセイや美幸さんが関係していたとは思えない。でも、直感があった。


 美幸さんが文化祭で私に言ったあの言葉。



 

「私と祐司は――人を殺したの」


 きっと、あの言葉は、恵里さんに関係しているんだ。

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