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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
一章 舞姫の時間_2018年6月編
1/118

1 血まみれ少女は開幕を告げる

「……先生!誰か先生はいませんか!」


 悲鳴のような声が聞こえた。


 声の方向、響きから頭の中で計算する。少し遠い。

 南に伸びる渡り廊下を通ったその先、第二校舎の方向だ。


 大会議室へ向かおうとして、東に歩き始めていた三階の廊下で方向転換。 

 廊下を南に走る。渡り廊下を抜けて突き当り、第二校舎に入った。

 右に曲がって第二校舎の廊下を西に10メートル。


 声の主は、第二校舎の西階段にいた。


 両手を口に当てたまま、声を上げていた女生徒……その数メートル下、三階と二階の間の踊り場に人が倒れている。


 こんなタイミングで、俺が通りすがったのは、幸運といえば幸運だ。他の先生方は、全員一階の大会議室に集結中である。誰も教員が近くにいなければ、発見と対応がさらに遅れていた。


 叫んでいる女生徒は踊り場から五段ほど上に立っているが、ショックで動けないらしい。大量の出血を見た彼女はどうしていいかわからなくなり、大声で教師に助けを求めたのだ。


 踊り場に横倒しになった身体。

 黒くて長い髪が横顔を隠しているから表情はわからないが、制服から女生徒の誰かということだけはわかる。


 階段を駆け下りて、彼女の横に腰を落とす。


「大丈夫か」


 髪の間から、ほのみえる顔が血で汚れている。隙間から見るに、顔の左側反面がべっとりと血でぬれているようだ。凝固状態を見るに、まだ時間は経っていない。


 少し髪をどけて顔と首筋を見えるようにする。


 顔に見覚えがあった。2年の(ゆう)()(こと)()だ。今は2組――飛田先生のクラスだったか。

「結城さん、結城さん」

 何度か呼びかける。傷によっては不用意に動かすと致命傷になる。まずは状況を把握しなくてはならない。


「結城さん、意識があったら、返事をしなさい。声が聞こえますか?」

 ぽんぽん、と開いた指で頬を叩きながら声を大きくしていく。


 ……返事はない。完全に気を失っている。

 首筋に指をずらし、脈拍を確認。

 指先に、ぴくん、ぴくん、と脈動が伝わってきた……よかった。

 

 次に口元に指を近づけて呼吸の有無を確かめる。毎年生徒につきあって避難訓練や救急訓練をしている教員は、こういうときの対応には慣れている。


 幸い呼吸もしっかりしている。これなら蘇生はしなくていい。

 血は階段から落ちるときに頭を打った外傷の可能性が高い……傷口が気になるが、状況がはっきりしない現状では動かさないことを優先すべきだろう。


「君は職員室……いや、会議室に行って、けが人がいることを伝えて。先生方は会議をしているけど、第二校舎、西階段三階、大至急保健の先生、って呼び出せば通じるから」


「……は、はい!」

 女生徒がパタパタと上履きの音を立てて、一階へ降りていく。その背中を見ながら携帯電話を取り出し、119にダイヤル。救急車を手配した。


 救急車は到着まで5分ほどかかる見通しとのことだった。

 俺は結城琴美と二人、踊り場に残された。


 さて……救急が到着するまでに、もう少しだけ状況を確かめておこう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 定期的に読み直したくなる作品だな~ 恋愛ミステリものだと思って読んでみたら終盤の展開にぐっと胸が締め付けられたんが思い出です。(もちろんいい意味で)
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