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1.負け犬魔王と取り立て屋

 儂は勇者との戦いに敗れた。


 切り傷や擦り傷が無数についたボロボロの足を、まるで引きずるようにしながら動かし歩く。とにかく、今はなるべく遠くへと逃げ出さねばならなかったからだ。


「う、ぅ……覚えておれ……必ずや、奴に復讐を……っ!」


 なんと哀れな台詞なのだろうか。これでは負け犬同然、戦いに敗れた者の遠吠えであろう。

 目の奥に熱いものを感じながら、それでも決してソレを零すことなく、ただただひたすら前へと進んでいく。とにかく今は、勇者に殺されないよう遠くへと逃げるしかなかったのだ。


 生きているならまだチャンスはあるはず。


 頭に過ぎるそんな言葉を、歯を食いしばりながら噛み締めた。歯を食いしばっているのに噛み締めるとはなんとも気持ち悪さを感じるが、それが今の自分にとってピッタリ合う表現なのだから仕方がない。

 これ以上意識が霞まぬ様に、色々思考しながら歩き続ける。


 こうして、勇者との戦いに敗れた魔王は、深い森の中へと消えていった。




 ――はずだった。




「……ッ! ニンゲンか……」


 魔王は動かし続けた足を止め、近くの木の陰へ身を隠した。幸い、彼女の体は小さく、息を潜めばバレることはないだろう。

 それにしても、と彼女は思う。こんな深い森に、しかも恐ろしい魔王が住むと言われる城の裏手にある森に、どうして人間がいるのだと。

 考えられる理由は二つ。一つは、奴が忌まわしき勇者の仲間であり、息絶えだえの魔王にトドメを刺すため探している。そしてもう一つは――


「そ、そこのお主! 儂じゃ、コントリーティアじゃ!」


 コントリーティアと名乗る彼女はゆっくりと陰から姿を現し、何やらよくわからない鉄の塊の側で佇んでいる人間に声をかけた。

 これは彼女にとって賭けである。考えられる最後の理由。それは、この人間が実は魔王に従う魔物であり、自分を逃がすために目立たないよう人間の姿を真似ているというものだ。

 可能性は高くないが、それでも今の彼女にとって、唯一の希望とも言える。(すが)るように小さな拳を握りしめながら、彼女は勇気を出してコンタクトをとる。


「……」


 声をかけられた人間の男は、考えの読めない表情で、彼女の方に顔を向けた。


「……」


 が、顔を向けただけで、それ以上のリアクションはない。

 コントリーティアは困惑を隠せなかった。魔王である己の名を名乗った以上、何かしらのアクションを見せるとばかり考えていた彼女にとって、この展開は予想外であり、未知数である。


「こ、これお主。コントリーティア様じゃぞ? あの、コントリーティア様じゃ。この世界に住むものなら老若男女、それこそ死にかけの老人から産まれたばかりの赤子ですら皆、知っとるぞ?」


 額に汗を浮かべながら彼女は言葉を発する。もしかして自分が知らないうちにこの森に住み着いている浮世離れした人間ではないのか、と。疑い始めた彼女は、わかりやすく自己紹介をするが、それでも男は表情を変えずにこちらの方を見つめるばかりであった。


「のぅお主……まさか言葉が話せぬのか? もしかしてお主は元奴隷で、飼い主から逃げてこの森にでも住み着いておるのかえ? うむ、ありえない話ではないのぅ……それなら儂のことを知らないのも頷ける。ニンゲンの奴隷というのはまともに教育も受けていないという話じゃからの。いいじゃろう! お主、儂のことを助けてくれれば見逃してやる! そして、儂があの憎き勇者を消し炭にした暁には、お主に褒美をやろうでは――」


「……誰? お前」


 男は、目の前でぺちゃくちゃ勝手に話す、至る所が裂けている黒いローブを着た少女を(いぶか)しげに見る。

 深い森の中で突然現れたかと思えば、聞いてもないのに自分勝手な話をする女に進んで関わりたいとも思えず無視していたのだが、いなくなるどころかどんどん口うるさくなる彼女に、男はとうとう痺れを切らしてしまった。

 ぽかんと口を開けたまま固まっている少女に対し、男は冷たい視線を向け続ける。


「……で、お前は誰」


 男が再び声をかければ、少女は数回まばたきを繰り返し、ハッとした表情を浮かべると今度は怒りの表情でまくし立てた。


「こ、コントリーティア様じゃっ! 言葉を話せるならさっさと話さんか! このたわけっ!」


「お前躁鬱激しいやつだな。で、誰?」


「コントリーティアと言っておるじゃろうがっ!」


 少女は甲高い声を辺り一面に響かせながら怒声をあげる。男から見ても、彼女の体は全身傷だらけでボロボロだというのによくもそこまで元気でいられるものだ、と感心してしまった。


「お前の名前はどうでもいい。聞きたいのはお前が、どこで何をしているコントリーティアなのか、だ」


 男は表情を崩さぬまま、指を少女に向けて指す。

 男にとって重要なのは、目の前にいる女の名前などではなく、どういう人物なのかという情報を得ること。

 コントリーティアは質問の意図に気づくと、一呼吸置いてから返答した。


「……魔王。魔王コントリーティア。全ての魔物を束ねる王じゃ。……まぁ、もう儂に仕えるような者もおらぬだろうがな……」


 先程とはうって変わり、しおらしい態度を見せるコントリーティア。彼女はつい数時間前、魔王討伐にやって来た勇者とその仲間たちの手によって敗北し、のこのことこの森まで逃げてきたのだ。

 その事実が彼女の心に、体につけられた傷より深いダメージを与えていた。


「はぁ……もうよい。お主、ただのニンゲンじゃろ? 初めはニンゲンのフリをして儂を助けに来たのかと思っておったが……ふっ、さすがにご都合すぎるというものじゃったのぅ……」


 コントリーティアは両手をゆっくり持ち上げ、降伏の意を示す。


「儂を勇者に差し出せば褒美が貰える。今頃あヤツらは儂のことを血眼になって探しておろうからな……」


 生きているならまだチャンスはある。とは言ったものの、さすがに限度というものがあるだろう。それになにより、この男と会話して疲れた。

 コントリーティアは全てを諦めたようにため息をつき、男に向けて微笑みかける。


「ここで会ったのも何かの縁。儂かてニンゲンに利用されるのは癪じゃが……最期くらい誰かの役に立てるならそれも良い。ほれ、儂をとっ捕まえて勇者にでも差し出すと良い……」


 そう言うと、彼女はぎゅっと目を瞑り、これから起こるであろう運命を受け入れようと腹をくくった。

 あの男がこんな森で何をしていたのかは知らないが、逃亡した魔王を捕まえたとなればその報酬は莫大なものになるだろう。当然、自分を捕まえるに違いない――


 と思っていたのだが。


「は? なんで俺がそんなことしないといけないんだよ」


 帰ってきた言葉は、またもや予想外だった。


「それよりお前、勇者って言ったな。その勇者とやらは今どこにいる」


 コントリーティアは口をぽかんと開けたまま固まってしまった。本日で二度目だ。


「え、あ、まだこの近くにいるはずじゃが……」


「確認のために聞いておくが、その勇者の名前は?」


「ほ、ホープ。勇者ホープじゃ」


 男は名を聞くや否や、急ぐように鉄の塊に取り付けられた扉を開け、それに乗り込む。

 ――後にコントリーティアは、その鉄の塊が『車』という乗り物だと知る――


「あの野郎、手間取らせやがって。きっちり絞ってやるからな……」


 男は車のエンジンをかけ、片手でハンドルを握りしめた。ここは深い森の中ではあったが、愛用のHAM-BEE(ハムビー)――男が愛用している高機動多用輪車両、つまりは軍用車両――ならば問題ないだろう。

 アクセルを踏み込み、勢いよく発進しようとしたその時、コントリーティアがなにやら外で叫んでいるのに気づいた。

 男は窓を開け、なんの用だと尋ねる。


「お、お主は一体……一体何者なんじゃっ!」


 コントリーティアからの質問に対し、男は着ていた青いジャンパーのポケットから一枚の名刺を取り出し、彼女に渡した。

 そこには、大きく『チートアビリティバンク!らくらく簡単にチート能力借りれます!』と書かれており、その下に小さく名前が記されていた。


「俺は出利葉(でりは) (えい)。異世界を行き来してチート能力の貸し借りやってる。……今からレンタル料も払わず、人様から借りたチート能力でアンタをボコボコにして、呑気にその辺探し回ってる奴から金を絞り取りにいくところだ」

<違法な高金利でチート能力を貸し付けるのは犯罪です!>

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