精霊石
一通り見て回った後、アレン達は自分達にあてがわれた家へと戻ってきていた。
正直なところ、有意義な時間であったかと言われると甚だ疑問ではあるのだが――
「ま、ある意味ではアレも普段通りの光景ってことで間違いはないんでしょうしね。少なくとも暇つぶしにはなったわけだし……それにこれのことを考えれば、無意味だったとはとても言えないわ」
「確かにね」
そんなことを言いながらノエルが手元で弄んでいるのは、先ほどあの幼子から貰った石のようなものだ。
ただ、石のように硬いのではなく、それなりに柔らかいらしい。
ノエル曰く癖になる感触とのことであり、ああしてずっと掌で転がし続けているのだ。
「ところでアンリエット、そういえばアレって結局何なの? 渡された時に少し反応してたみたいだけど」
「ああ、そうですね。知らないままだと危ねえかもしれねえですし、教えといた方がいいですかね」
「えっ……危ないかもしれないって……何か危険なものなんですか?」
その言葉に、ノエルの手がピタリと止まった。
恐る恐るといった様子で向けられる視線に、だがアンリエットは肩をすくめる。
「いや、そういうのじゃねえです。そういう風に使えなくもねえですが……まあ、結論から言っちまえば、それは精霊石って呼ばれてるやつです。オメエらも名前ぐらいなら聞いたことあるんじゃねえですか?」
「……精霊石? それが……?」
皆の視線がノエルの手元へと集まり、ノエルもまた驚きながら自分の手元を見つめる。
精霊石。
それは主に錬金術で用いられるものであり、端的に言ってしまえば魔導具の核となるものだ。
動力として使われるため、大きければ大きいほどよく、だが大半のものは小指の先程度の大きさだと聞く。
それでも希少な品でもあることもあってそれ一つで金貨数十枚という値段が付き、下手をすれば三桁に届くことすらあるという話だが――
「……なるほど、道理で妙な力を感じると思ったら。というか、精霊石って確か産地が不明ってことだったと思うけど、ここで取れるんだね」
「鉱脈とかがあるもんじゃねえですからね。石って名前は付いちゃいますが、実際にはそれはエルフ達の力の結晶なんですよ。それが地面に染み込んで長い年月をかけてそんな形になるってわけです」
「そういえば、エルフの方々は常に微弱な力を放出している、という話は聞いたことがありますね。それで、ということですか……」
「あれ? でもそれってエルフの話よね? あの子はエルフではなかったみたいだけれど……」
「……エルフから貰った、とか?」
「いえ、だから言ったじゃねえですか。エルフ『達』って」
「ああ、達って、そういう……」
「エルフの方々の皆、という意味ではなく、エルフを始めとした種族、というわけですか」
ただ、それはつまり……アレが何の力の結晶なのか、ということになる。
視線を向ければ、小さく肩をすくめられたので、どうやら推測が間違っているというわけでもなさそうだ。
要するに、アレは悪魔の力の結晶、ということである。
何となくどこかで感じたことがあるような力の波長だった気がしたのだが……なるほど、魔導具ではなく悪魔の使っていたアレだった、というわけだ。
とはいえ、危険ならば適当に理由をでっち上げてでもアンリエットがそう告げているだろうから、心配する必要はあるまい。
「……それは、ミレーヌのも出来る、ということ?」
「さすがにアマゾネスは無理なんじゃねえですかねえ。基本的にアマゾネスは力の方向性が自分自身に向いてる種族ですしね。この中でなら、精霊石を作れるのはそれこそノエルぐらいじゃねえかと思うです」
「あたし見たことないけれど?」
「そりゃ地面に染み込んで出来るって言ったじゃねえですか。場所は限られる上に、その場所に最低でも年単位でいる必要があるですし、何よりも地面を掘り起こさなけりゃ気付かねえですから」
「でもということは、出来ていたけれど放っておいたままだった、という可能性もあるわけよね? もしかしたら勿体無いことをしていたかしら?」
「帰ったら鍛冶工房の地面掘ってみたら? もしかしたら出てくるかもよ?」
「……意外と冗談では済まないかもしれませんね。ノエルは基本的にあそこにいる時、ほとんどの時間同じ場所にいるわけですし」
確かに、割と有り得そうな話であった。
とはいえ、工房の地面に穴を掘るなどノエルが許しはしないだろうが。
「ああそれと、それぞれの種族によって性質が異なるらしいですから、それを魔導具に使うのは多分無理ですよ。アレは全部エルフのもんが使われてるはずですし、実際ドワーフなんかも精霊石は作れるんですが、鍛冶に利用してるって話ですしね」
「鍛冶に……? それって、どういう風に使うのかしら? 道具にする……のは、さすがに無理よね。何に使うにしても強度が足りないだろうし……ということは、燃料、ということかしら?」
「さて……アンリエットは鍛冶に詳しくねえですし、聞いたことがあるってだけでもあるですしね。ドワーフ連中に聞かなけりゃ分かんねえんじゃねえですか?」
「それもそうね……でも、そっか。より良いものを打つには、道具以外に秘密があるって可能性もあるってわけよね。もしかして叩き出されたのはそれを知られたくなかったからなのかしら……?」
「そうやって考えるのはいいですが、直接聞いたりはしないでくださいね? 今まで聞いたことがないということは、基本的に隠されているということでしょうし」
「……下手に暴こうとすれば、斬られるかも?」
「望むところよ。それはつまり、その考えが当たってるってことでしょう?」
「いや、望んじゃ駄目だと思うんだけど……?」
しかしそんなことを言いながら、アレンは正直少しホッとしていた。
何だかんだでやはり、ノエルは鍛冶が好きなのだろうということを再認識したからだ。
でなければ、ここまで夢中になって考えまい。
仇を討って気が抜けたのか、ここ最近はしばらくスランプに陥っていたようだが、この分では復活するのも近いのではないだろうか。
そんなことを思う。
もっともその前に、ここでの話をどうするのか、というところではあるが。
「でもということは、結局それは売ったり使ったりは出来ないってことかな? 魔導具に使えたら物凄い値段になっただろうけど」
「……最初からそんなつもりはないのだけれど?」
「分かってるよ。でも、鍛冶に使えるんだとしたらどうしてたかな? いや、というか、本当に使えないのかは試してみないと分からないじゃないかな……?」
「あたしを惑わそうとするのはやめてくれないかしら……?」
そう言ってジト目で睨んでくるも、そう言うということは自分でもそれをやらないとは断言できないことを自覚しているのだろう。
もちろん、実際にすることはないだろうと思ってはいるが――
「ところで、結局それのどこら辺が危ないの?」
「そういえばそうですね。特に危険そうなところはなかったように思えますが……」
「精霊石ってのは、割と独特な力の波長してるですからね。見るものが見れば分かっちまうですし……余計なトラブルに巻き込まれたくなければ、少なくとも人目には晒すべきじゃねえですってことですよ」
「……盗まれたり、渡すよう言われたり?」
「そんなとこです」
「なるほど……まあ、持ち歩いたりするつもりはないから、心配ないと思うわ。折角貰ったというのに、なくしたり、これが原因で変なことが起こったりしたら、あの子やこれを送ってくれたらしい子達に申し訳ないもの」
「そうしとくといいです。ある程度以上に育った精霊石は、自分の一部みてえなもんだとも聞くです。それだけの大きさになると十分その範疇に入るですし、それを渡すのは大恩あるやつとかにだけらしいですから、大事にするがいいですよ」
なるほど、だから小さいものしか市場には出回らないのか、などと納得しつつ、アレンはアンリエットへと一瞬だけ視線を向けた。
そこで頷きを返してきたのは、そうだということなのだろう。
つまり今語った理由は、でっち上げだということだ。
先ほどアレンが思ったように、本当は別の危険があるのだが、それを隠すためにそれらしいことを提示したのである。
そしてアレンは、その大体のところを推測出来てもいた。
アレは悪魔の力の結晶だ。
要するに、見る者が見れば悪魔の関係者だと思われてしまう可能性がある、ということである。
それを回避させるために、だが悪魔だという事実は教えずに済ませるため、ああいった言い方をした、というわけだろう。
「それにしても、それを作り出した子の種族は一体何なのでしょうね? とりあえずは、ドワーフではないようには見えましたが」
「そうね……何人かはエルフじゃない子供を目にしたけれど、ドワーフには見えなかったわね」
「まあそもそもエルフとドワーフって基本的には仲悪いですからね。仲良いやつらは少数の例外ぐれえです」
「……確かに、割とよく聞く話?」
「アンリエット様はご存知ないんですか?」
「さて……確かにあいつらを連れてきたのはアンリエットですが、アンリエットが見かけた時は基本あいつらしかいなかったですからね」
「……極端な特徴でもなければ、子供では自分の種族が何かとか知らなくても無理はない?」
「そうね。つまりは分からないし、分かる術もないということかしら。まあ、別に何だって構わないのだけれど」
そんなことを言いながら、心なしか先ほどよりも大事そうにそれらを掌の中で転がすノエルの姿を眺め、アレンは目を細める。
ここまでならば心温まる良い話で終わるのだが……さて、どうなるだろうか。
悪魔に隔意はない。
それは本音だ。
だが彼らが方々でトラブルを起こしているのは事実なのである。
そしてそういったことに巻き込まれてしまうかもしれない原因となるものが、ノエルの手の中にあるのだ。
もちろんそれを渡した子供達はそんなつもりはないのだろうが……だからこそ余計に、何もないでいてくれればいいと、アレンは小さく息を吐き出すのであった。
いつもお読みいただき、また応援してくださりありがとうございます。
実はこの度本作品の書籍化が決まりました。
これも皆様のおかげです、本当にありがとうございます。
詳細は活動報告の方に書いてありますので、よろしければご覧いただけましたら幸いです。
それでは、今後ともよろしくお願い致します。




