悪魔の子供とお礼の石
子供だとはいえ悪魔は悪魔だと考えるか、それとも悪魔だとはいえ子供は子供だと考えるか。
そこに正解はなく、きっとどちらも正しくはあるのだろう。
とはいえ、さすがに身構えるのはやりすぎではないだろうかと、アレンは横目で咄嗟に身構えた二人のことを眺めながら小さく息を吐き出した。
ただ、その気持ちも分からなくはない。
二人のうち片方――男が身構えてしまったのは、万が一ノエルに何かがあってしまったら、と考えたからだろう。
そこにはあるいは、悪魔だから、といった考えはなかったのかもしれない。
単純に同胞ではない者に対する反応として、咄嗟のことであった可能性はある。
少なくとも、王の代行が王の血筋を反射的に守ろうとしてしてしまった対応としては、間違っているとは言えないことは事実だ。
そしてそれはもう片方――アンリエットに対しても言える。
もっとも、アンリエットの場合は、多分子供達を守るためのものだ。
仮にあの子供がノエルに危害を加えてしまった場合、彼らはどういう扱いになるだろうか。
他種族の、しかも悪魔が、自分達の王に危害を加えた。
自分達のためになることだと理解していて受け入れた者達だとしても、彼らが他の子供達も排除しようとするようになったところで不思議はない。
それを危惧しての反応であった、というわけだ。
まあ、身構えたとは言っても、そこまで露骨に反応していたわけではない。
実際リーズは気付かなかったようであるし、ミレーヌも一瞬だけ視線を向けただけだ。
ノエルも子供の方に意識を取られているのか気付いていないようであるし、それほど気にすることではないと言えばない話ではあった。
尚、リーズ達三人の反応は困惑と興味の間といったところだ。
突然現れ声をかけられたことに驚きつつも、一体何の用なのだろうかと思っている、といったところである。
ちなみにアレンの反応としては、興味だ。
子供が悪魔だということは目にした瞬間反射的に使用した全知の結果により分かっていたが、子供は見た目三歳程度の、子供というよりは幼児と呼ぶべきような男の子だったのである。
なのにしっかりと世界からは悪魔扱いされてしまっており、そのことに昨日の話は本当だったのだなと、感心するように思っていたのだ。
そんな、それぞれに異なる反応を示す中、子供はそれを気にしない様子でとことことこちらに近寄ってきた。
アンリエット達がさらに警戒するように身体を硬くするも、当然のように何かが起こるということはない。
ノエルのすぐ傍にまでやってくると、見上げながら首を傾げた。
「おねーたん、おーさま?」
「……そうね。一応そう呼ばれてはいるけれど……それがどうかしたかしら?」
そうして先ほどと同じ言葉を口にした子供に対して、ノエルは屈みこんで目線の高さを合わせると、そう答えた。
その声音は心なしか普段よりも柔らかめであり、顔にも柔らかい笑みが浮かんでいる。
そしてその姿にか、あるいは言葉にか、子供はパッと花が咲いたように笑みを浮かべると、そのまま両手を突き出し――
「おーさま! はい、これ!」
その手に握られていたのは、小さな石のようなものであった。
それぞれの手に一つずつ握られており、ただ、それが単なる石でないのは明らかだ。
どことなく力のようなものを感じ、アンリエット達が僅かではあるが明確に反応を示した。
だが動こうとはしなかったということは、悪いものではないのだろう。
実際アレンもそういったものは感じず、ただその光景を眺め続ける。
「これは……くれる、ということかしら?」
「うん! あげゆ!」
「ありがとう……? でも、どうしてくれるのかしら?」
「うんとねー、おにーたんと、おねーたんが、あげゆ、って! あと、ありがとう、って!」
色々と言葉足らずではあるが……何となく状況は理解出来た。
おそらくは、あの子供はあの石のようなものを渡し、礼を伝えることを頼まれたのだろう。
同じく悪魔の子供の、もっと年上の少年少女から。
彼らが自分で来ないのは、アンリエット達の反応が答えだ。
あんな幼子ですら警戒せざるを得なかったのである。
もっと年上の、それこそ今も後ろからこの状況を覗いているあの少年と見た目同年代程度の者が来てしまったら、アンリエット達はもっと明確な警戒を示していたはずだ。
それを嫌ったがゆえのことであった、といったところか。
それと礼に関しては、おそらくは現状に対してのものだ。
見た感じそれなりに分別のつく年頃の子供もいたようだし、自分達の現状が幸運と慈悲によるものだということを理解しているのだろう。
そのことへの感謝をこの機会に、といったところだと思われる。
渡されたものも、アンリエット達の反応を見る限り何かありそうだし、アレもまた感謝の印、といったところか。
ノエル達はあの子供が悪魔であることや、そもそもこの地に悪魔がいるということを知らない。
それでもエルフでないというのは見た目からして明らかだし、他にも同様の子供がいるということぐらいは気付いているだろう。
そこから似たような結論に達したのか……あるいは、単純に事情は分からずともそこに込められた気持ちが確かであることを感じ取ったのか。
子供の手から渡されたものを受け取ると、その顔に浮かべている笑みをさらに深めた。
「そう……じゃあ、ありがたくもらっておくわ。それと、改めて、こちらこそありがとう」
「っ……! うん!」
そう言ってノエルは子供の頭を撫で、子供は嬉しそうに頷いた。
それはとても微笑ましいものであり、アンリエット達も安堵しつつも、どことなく嬉しそうな雰囲気を漂わせている。
が、どうやらその状況は、誰にとっても好ましい状況だった、というわけではないようであった。
「っ……!」
僅かに息を呑むような音が聞こえた直後、後方から一つの気配が走り去ったのを感じた。
ちらりと視線を向ければ、その姿は自分達の半分程度しか背がない者のものであり――
「……放っておいてくれて構わない」
小さく、自分にだけ聞こえるような言葉に視線を向けると、男は前方を見つめながら目を細めていた。
その目はノエル達のことを見ているようでいて、そうではないのだろう。
どうやら男も後方のことには気付き、だがその上でのことらしかった。
「んー、まあ、追いかけるつもりはなかったというか、僕が追いかけてどうするんだって話ではあるから、最初から放っておく以外にはないんだけど……いいの?」
「おそらくは嫉妬だろうからな。放っておく以外にあるまい。それにアレも子供とはいえエルフだ。適当な場所で気分転換でもしたら戻ってくるだろう」
要するに、あの少年はあの幼子が羨ましかった、というわけだ。
それで見ていられず逃げ出したということであり、確かに放っておく以外にはないだろう。
まあとりあえずノエルはそれに気付いていなさそうなので、触れない方がよさそうだが。
誰も何も言わなければ、飽きて別の場所に行ったのだとか考えるに違いない。
ともあれ、そんな若干トラブルじみたこともあったものの、幼子が笑顔で手を振って去ってからは歩みが再開され、再びそれ以前と同じような光景が続いた。
つまりは森の中で寝こけたエルフ達を眺める珍道中というわけだが……つい先ほどあんな幼子に会ったせいか、より落差が酷く感じる。
「それにしてもまあ、本当に自由だよねえ」
「あんな小さな子より酷い生活送ってるとか、正直どうなんですって思っちまうですねえ」
「……返す言葉もないな」
「ま、まあ、その辺は人それぞれでもありますから。……ところで、ふと思ったのですが、ここも帝国領の一部でエルフの皆さんも帝国の人……ということになるんですよね?」
「扱いとしては、確かにそうなっているが……?」
「ああ、なのにこんな風に自由気ままに過ごせてるのが不思議ってこと? 確かにそれは僕もちょっと思ったかも」
帝国とは、端的に言ってしまえば侵略国家だ。
今は色々な事情もあって控えているようだが、それでも変わらず軍事に力を入れているだろうことは想像に難くない。
国民全員が軍事行動に関わるよう命令され従わされていたところで驚くことはないだろう。
なのによくこんなところでこうしてのんびりと過ごすことが出来ているなと、そういうことである。
「それはオメエらの勘違いですね。まあ、その気持ちも分かるですが、それを言ったらアンリエットもそういったことはしてねえじゃねえですか」
「……確かに? つまり、結構好き勝手出来る?」
「帝国の目的はあくまでも大陸制覇ですからね。逆らおうとするやつらには容赦ねえですが、従うやつらには割と寛容だったりするんですよ」
「我らも今まで戦いを強制されたりしたことはないからな。無論、先代の王も含めての話だ」
「そう……正直そのことは忘れてたけど、そういうことならば結局気にする必要はなさそうね」
「へえ……意外、って言っちゃうとアレかもしれないけど、そんな感じだなぁ」
「ま、あとは、犯罪者とかになれば話は別になるですがね」
「さすがにそれは仕方ないかと思いますが……」
「仕方ない、で済ませる範囲を軽く超えてやがったりするんですが……まあ、それはいいです。今は関係ねえ話ではあるですしね」
そんな話をしながら歩き……ふと、アレンは後ろを振り返った。
当然のように、そこにあの少年の姿はない。
それは分かりきったことではあるのだが……何となく、気になったのだ。
とはいえ本当にそれだけであり、自分でも何故気になったのか分からず、首を傾げる。
まあ、分からないのであれば気にする必要もないかと思い、前方に向き直ると、本当に変わらぬ周囲の光景に苦笑交じりの溜息を吐き出しながら、アレンは皆と共に足を進めるのであった。




