森の散歩
翌朝、アレン達はエルフの森を歩いていた。
それはある意味で散歩であり、またある意味では視察でもある。
エルフ達の現状を、エルフというものがどういうものであるのかを、ノエルに教えるためのものであった。
王を強制はしないとはいえ、なってくれるのならばそれに越したことはない。
というわけで、とりあえず自分達のことを知ってもらおう、ということらしい。
とはいえ。
「なるほど、ノエルってやっぱりエルフだったんだね」
「……それはどういう意味かしら?」
「見たままだと思いますよ?」
「……確かに、納得?」
「アンリエットは普段のノエルがどんなんだか知らねえわけですが……なるほど、ノエルもこんな感じなんですね。育ってきた環境はまったく違うはずですから、これも一種の種族特性ってことですかね?」
「……すまない。確かに普段通りで良いとは言ったし、それが最も良いだろうとも言ったのだが……」
余程不本意だったのか、そう口にする男の顔は苦々しいものであった。
まあ、いっそ恥とも呼べるようなものを見られているのだから、当然と言うべきかもしれないが。
端的に言ってしまうのであれば、ノエルが来たというのに、エルフ達は寝こけていたのであった。
半分寝ているような状態であったり、船を漕いでいるのであればまだマシだ。
中にはそこらで横になって寝たままの者もおり、しかもそれが珍しくないというのだから、エルフの自由さというものがよく分かるものである。
ちなみに今は朝とは言ったものの、厳密には昼近い。
朝食を食べ、しばらくゆっくりした後で出てきたのだ。
エルフに関してはよく分かっていないことも多く、大半の情報が噂レベルでしかないのだが――
「エルフは奔放だってのは、本当みたいだね」
「まあ、かなり自由気ままに生きる種族だってのは事実ですね。ただ、本来ならば、と言うべきでもあるですが」
それはおそらく、ここ最近は種の滅亡の危機にあってそれどころではなかった、という意味なのだろう。
それにしては随分とそんなことを感じさせない雰囲気ではあるが……これでも実はノエルに気を遣った結果なのか、あるいは、ノエルが来たことで気を抜く事が出来るようになった、ということなのか。
「んー……いや、単純に長命種だから、なのかな?」
「……そういうことだ。人類にとってみれば十年というのは相応の長さなのだろうが、我らにしてみれば極短い期間だ。まあかといって、それを軽いと言うつもりもないが……元に戻るのは容易い」
「何とも複雑なところではありますね。こういう姿を見せる事が出来るようになったのは、つまり良いことなのではあるのでしょうが……」
「ま、言ったように、本来は自由気ままに生きるやつらですからね。あんま深く考える必要はねえと思うですよ?」
「その考え方は正しい。……俺が言うのも何だろうが、我らに関しては見たままの存在だと捉えてもらって構わない」
「と言われても、正直どう捉えればいいのか分からない、というのが本音なのだけれど。まあ……奔放は奔放でも、方向性が違う人もいるようだけれど」
「――っ!?」
言いながらノエルが振り返ると、木の幹から顔を覗かせていた人物が、慌てて顔を引っ込めた。
その姿はどう見ても、自分達の背の半分もないものであり――
「まあ、子供っていうのは、それこそ奔放なのが自然だしね」
「……子供は元気なのが一番?」
「ですね。こう言っては変かもしれませんが、エルフだとはいえ子供は変わらないのだということが分かって、少し安心した気分です」
「ま、奔放と言ったところで後をついてきてるだけですしね。むしろ大人しい方じゃねえですか?」
「そう言ってくれると助かるが……今回は我らが王にここの様子を直に確かめてもらいたい、といった趣旨のものだからな。子供達には大人しくしているように言っておいてあるのだが……まったく、困ったものだ」
「とはいえ、別に邪魔されてるというわけでもないもの。少なくともあたしは気にしていないし、構わないわよ?」
ノエルの言葉に目礼を返すと、男は歩みを進めた。
周囲にいるのは寝こけたエルフだけであるし、ここに留まっていても仕方ないと判断したのだろう。
実際それを見ていたところでノエルが王になるか否かの判断材料にはなりにくいとは思うので正しい行動である。
まあ、気楽そうだとは思うかもしれないが。
「そういえば、成長が止まっているっていう話だったけれど、ということは、本来はあの子も大人になっているような年齢だったりするのかしら?」
「いえ……あの子はまだ百歳程度ですから、成長していたところでまだまだ子供なのは変わりませんよ。まあ、もしかしたら、こうしてご迷惑をかけることはなかったかもしれませんが」
「……そういう話を聞くと、改めてあなた達は長命種なんだというのを実感しますね。百歳を、まだ子供、とは……」
「……じゃあミレーヌ達は、赤ん坊?」
「僕達がエルフだったらそういうことになるのかもね。でもそれから考えると、やっぱりノエルは特別なんだね」
「みたいね。別にだからといってどうこう思うというのはないけれど……ああいえ、あたしが普通のエルフだとするならば、きっと未だに何も出来ないままだったのでしょうね。それを考えれば、特別だってことも悪い気はしないかしら」
「まあそのせいで、色々と考える事がありそうだけどね」
「……それもそうね。つまりは、一長一短ってところかしら」
そんなことを話しながら先を歩き、だが視界に映る光景は似たようなものであった。
木漏れ日が差し込む森の中、基本的にエルフ達は寝こけており、起きている者の方が圧倒的に少ない。
これではエルフは朝が弱い、ということ以上のことは伝わらないような気がする。
「これって昼過ぎてからの方がよかったんじゃないかな?」
「ぬぅ……我らが王の時間をあまり取らせるわけにはいかないと思ったのだが、裏目に出たか……」
「と言いますか、特に急ぐ用事もないのですし、お昼を過ぎてからもう一度見て回った方がいいのではないでしょうか?」
「ああ、その方がいいかもしんねえですね。ぶっちゃけつまんねえですし。まあ夜にはさすがに一旦戻りてえですが」
「ん? 何か用事でもあるの? なら先に戻ってくれても大丈夫だよ? 僕達は基本暇だからノエルに付き合おうと思ってるけど」
そもそもノエルに教えるためのものであるというのにアレン達も一緒にいるのは、それが理由だ。
要するには暇だし興味があるから付き添っているというだけなのである。
アンリエットに用事があるというのならば、無理に付き合う必要はないのだ。
ここまで来れば、アンリエットの仲介がなくともどうとでもなるだろうし。
「いえ、アンリエットも基本暇ではあるんで、付き合うのはむしろ望むところではあるんですが……パーシヴァルの前でこういうことを言うのはちとアレではあるんですが、単にもちっと腹に溜まるやつが食いてえんです」
「あー……なるほど」
エルフ達の食事というのは、基本的に果物が基本で、あとは山菜などが少々といった感じなのだ。
満腹にはなるのだが、食事をしたという気分にはいまいちなれず……昼までならばまだしも、夜もまたとなると、確かに少し考えたいところであった。
「あたしも外の食事の方に慣れているし、確かに食事に関してははっきりと不満を感じるところではあるわね」
「食事、か……これは早急に見直す必要があるかもしれんな」
まあ、食事というのは、意外と重要なところだ。
何か嫌なことや辛い事があったとしても、食事が美味ければ意外と何とかなるが、食事が合わないことほど辛いことはない。
軍などでも食事は士気を上げる上で重要な役割を担っているのだ。
ここに住むのでなければ関係ないことではあるのだが、やはりと言うべきか、ノエルは王を務めるのであればここに住むことになるだろうと考えているらしい。
もっとも、この調子ではまだ結論は出せない……というか、寝てるエルフを見てどうやって結論が出るんだという話ではあるので、当然のことではあるのだが――と、そんなことを考えていた時のことであった。
「ねえねえ、おねーたんが、おーさまなの?」
舌足らずな声が響き、皆の視線が反射的に向けられる。
声の時点でその持ち主が子供であるのは分かりきっていたことではあるが……幾人かが多少過剰な反応を示したのは、その外見が理由だろう。
その耳が細長く尖ってはいない……つまりは、エルフの子供ではなかったからだ。
悪魔の子供であった。




