歓迎の宴
歓迎と言われてどんなことをするのかとは思ったものの、大体は予想通りではあった。
エルフの集落はどこかの街でも参考にしたのか、中央に広場が存在しており、その外周部に家々が立ち並ぶ作りとなっている。
その広場は大きく、百人は優に入れるだろうが、そこは今エルフの姿がごった返していた。
その賑わいは既に騒々しいと呼ぶべきであり、さらには食欲を刺激する匂いが漂っていることもあってまるで祭りのようだ。
いや……というか、実際彼らにしてみれば祭りそのものなのだろう。
歓迎の宴、ということであった。
準備が出来たということで呼ばれ、こうして参加することになった、というわけである。
そしてその状況はと言えば、先に述べたように騒々しいとすら呼べるものであり――
「……まあ、無理もないんだろうけど」
そんな光景を眺めながら、アレンは先ほど手渡された飲み物を飲みつつ一人ごちた。
周囲には沢山のエルフがいるというのに、何故一人でそうして周囲の観察をしているのかと言えば、ぶっちゃけたまたまだ。
先ほどはエルフの一人がノエルの話を聞きたいとかいう用件でやってきていたし、今飲んでいるこれもその時に渡されたものである。
ただ、幾つか話をしたら陽気な様子でさっさと何処かへと行ってしまい、宴が始まってからはずっとそんな状況が続いている、というだけなのだ。
エルフというともう少し大人しいようなイメージがあったものの、おそらくは酔っているのだろう。
酒に、というわけではなく、状況にだ。
酒の匂いはしないし、そもそもエルフは基本的に酒に弱かったはずである。
アレンの飲んでいるこれもただの果汁飲料であり、アルコールは入っていない。
なのにこれだけ陽気に騒げるというのは――
「……それだけ不安だった、ってことなんだろうなぁ」
先ほどアンリエットから聞いた話を思い出しながら、もう一口流し込む。
と。
「少しいいか?」
聞き覚えのある声に視線を向ければ、そこにいたのはあの王代行の男であった。
お偉いさんと話すのはあまり好きではないのだが……その様子を見てみれば、そういった雰囲気でないことぐらいは分かる。
そしてアレンは今一人で暇していたところだ。
生憎と断る理由はなかった。
「どうぞ。見ての通り暇してたところだしね」
「そうか……それはすまなかったな。歓迎するなどと言っておきながら……」
「いや、あんま真面目に取られても困るんだけどね? それにまあ、仕方ないんじゃないかな? 皆誰かさんに夢中みたいだしね」
その誰かさんとは誰であるかなど、言うまでもあるまい。
少し周囲を観察すれば皆の意識が誰に向いているのかなどは一目瞭然であるし、実際その人物の場所は明らかに集まっているエルフの数が違う。
もちろん、ノエルであった。
「一応迷惑をかけることの無いよう言っておいたのだがな……」
「ま、仕方ないんじゃないかな? ここ十年もの間、王は不在だったって話だしね」
その話を口にした瞬間、男は僅かに片方の眉を動かした。
やはりと言うべきか、これは神経質にならざるを得ないような話題であるらしい。
「……その話は、アンリエット殿からか?」
「まあね。聞いちゃいけない話だった?」
「いや……我らが王の友人であるならば、構うまい。それにこの様子では、どうせ誰かが口を滑らせてしまうだろうからな。あるいは、既に手遅れだったかもしれんが」
そこでアレンが苦笑を浮かべたのは、実際その通りだったからだ。
少なくとも二度ほど、アレンはその話題を耳にしている。
アンリエットから聞かずとも分かっていたことだろう。
とはいえ、詳しい事情などはアンリエットから聞かなければさすがに分からなかっただろうが。
「その様子では、我らの種族特性まで聞いていそうだな」
「そこまで聞かなければ、さすがに話が理解出来なかったからね」
如何に長命なエルフと言えども、王が十年も不在だったのであれば、次の王を選んでいるはずだろう。
別に帝国のように候補者同士が火花を散らしているわけではないのだ。
それはこの男が代行をしていることからも明らかである。
しかし同時に、男は代行でしかないのだ。
アンリエットの話によれば、王の血を引くものはいなくなってしまったのに、である。
エルフが血を殊の外重視しているというのは聞いたことのある話だ。
だが絶えてしまったのであれば仕方があるまい。
他の誰かを選ぶべきであり……しかしそうしなかったのは――
「エルフは王の血の下にしかまとまれない。もっと厳密に言うならば、王の血を引く者を頂点とし、それに従うことで、王の性質に沿って成長していく種族特性を有している、か」
要するに、エルフは王の血を引く者を王とすることで初めて成長する事が出来るのだ。
というか、それ以外の方法で成長することは出来ない。
何故ならば、エルフは遥か昔に自らをそういう種族だと定めてしまったからだ。
エルフというのは、元は精霊を起源とする種族である。
精霊が零落し、種となることでエルフという存在へと至ったが……その身には精霊であった頃の名残が存在していた。
端的に言ってしまえばそれが、独力では成長する事が出来ない、というものだ。
精霊は成長する事がない。
精霊とは一種の現象が意思を持った存在であるため、その規模が変化することはあっても、成長とは無縁なのだ。
どんな努力を重ねようと、どれだけの時間が経過しようとも、現象を元とする精霊には成長というものは起こり得ないのである。
そしてその性質が、エルフとなっても残ってしまったのだ。
だがエルフは人類の一種であり、成長は必須であった。
そうしなければ他の種族に滅ぼされてしまう……などということではない。
事態はもっと逼迫している。
成長しないということは、子を宿す事が出来ないということだ。
エルフは長命ではあるが、不老でなければ不死でもない。
いつかは必ず死ぬのであり、血を継いでいくことが出来ないということは、種全体が緩やかな死を迎えることと同義であった。
しかし、不思議なことに一人だけは成長する事が出来たのだ。
それは最初にエルフへと至った者であり、その者を王として戴くことでこれまた不思議なことに他の者達も僅かずつではあるが成長する事が出来るようになったのである。
ゆえに、エルフにとって王の血筋とは何よりも守らねばならないのだ。
だがだというのに、今から十年前、王とその子供が原因不明の病に倒れ、そのまま息を引き取ってしまったのである。
「あの時は正直、もう駄目だと思ったものだ。あとはこのまま、我らは緩やかに滅びゆくしかないのだろうな、と」
「まあ、話を聞いてるとそう思うのは無理ないと思うけどね」
「だが、そんな我らを救ってくれたのはアンリエット殿だった。彼女は我らに……俺達に希望を示してくれた」
「希望を……?」
「ああ。今から十五年ほど前、『はぐれ』となったエルフがいた。変わったやつでな。エルフのくせに鍛冶にばかり興味を持っていた。そして……」
「そのエルフは、王の血を引いていた、と」
「そうだ。アンリエット殿がそのことをどうやって知ったのかは分からんがな。絶望することしか出来なかった俺達にしてみれば、それだけで十分だった」
そうして今日実際にその血を引くと思われる人物を連れてきた、か。
「なるほど、それはあんなんにもなるだろうねえ」
皆の意識が向いているのはノエルだ。
それは間違いない。
しかしそれには劣るものの、アンリエットにもまた人が集まっていたのだ。
しかも、その様子はアレン達のところへとやってくるエルフとは異なっている。
リーズやミレーヌもこの広場の離れた場所に座っているが、そこにやってくるエルフというのは、アレンのところに来たエルフ同様、ノエルのことが知りたいから来ているだけなのだ。
それはその様子を見ていればすぐ分かることであり、あまりノエルに迷惑をかけることがないように、と言われたからこそ、他の者から話を聞くことで気を紛らわせているのだろう。
そしてすぐに去ってしまうのは、その情報を仲間内で共有するためだ。
だからこそ、そこかしこで騒々しいほどの賑わいが起こっているのである。
だがアンリエットのところにやってくるエルフは、明らかにアンリエットを目的としていた。
さらにはどことなくアンリエットが困惑しているような様子にあることから、きっと礼でも言われているに違いない。
その姿は、その話は――
「まあ、何ともアンリエットらしい話だよね。というか、ここに家やら何やら他の種族の影響が見られるのも、どうせアンリエットの仕業でしょ?」
「……ああ。彼女は否定するだろうがな。すぐ傍に街が作られようとも、我らは行こうとも思わなかった。我らはここで十分だったからな。だが彼女は事あるごとに街にあるというものを持ってきた」
「そうすれば自然と興味が湧いてくる人も出てくるだろうね」
「そうして外に出た者を、アンリエット殿は何だかんだと言いながらも面倒を見てくれた。結果、多くの者が気軽にあの街へと向かうようになり……ここには他の種族が使っている、快適で便利なものに溢れるようになった、というわけだ」
本当に、らしい話であった。
彼女は基本的に、自分のためになることはしない。
自分のためなどと言いはするが、結局は誰かのために何かをするのだ。
アレンが知っているのは、主に使徒であった頃の彼女ではあるが……それは多分、使徒だからではなく、彼女だからであった。
アレンは確かに前世で沢山の人を救った。
しかしそれは、結果的にでしかなく、そこに至ったのは、アンリエットがその人達を救おうと思って動き、アレンにそのことを伝えたからなのである。
彼女が直接助けることは出来ないからアレンに任せるしかなかったという、それだけのことでしかないのだ。
だからこの世界でそんなことをしているということを知っても、アレンはらしいなと思うだけであり……ゆえに。
「ああ、そうそう、そういえば、一つだけ聞きたい事があったんだけど」
「聞きたい事? それは何だ? 歓迎すると言いながらろくに歓迎する事が出来ていないワビ代わり……というわけではないが、俺で答えられることならば答えるが」
「うん、多分大丈夫だと思うよ。そんな難しいことじゃないしね」
言いながらアレンは周囲へと視線を向けた。
その後を男が追ってくるのを横目で確認しつつ、広場の端の方へと向ける。
そこにいたのは、子供だ。
ただし――
「さっき集まったのが全部かと思ってたんだけど、何人かはあそこに来なかった人もいるよね? たとえばあの子とか。さっきは子供もいたから、子供だからってわけでもないだろうしね」
「ああ。まあ、見て分かると思うが……ここはエルフの森ではあるが、何人かはエルフではない者もいるからな」
「うん、そうだね、『視』たから分かったんだけど……だから、聞きたい事ってのは、そのことなんだ」
「そのこと? 先ほどのはあくまでもエルフが王に傅くために集まったものであるから、エルフ以外の者が来ないのは当然――」
「――なんで悪魔がいるのかと思ってさ」
男の言葉を遮ってアレンがそう言った瞬間、男は驚愕に目を見開くと共に、その動きを止めたのであった。




