エルフの王
驚かなかったと言えば嘘になるが、予想外だったというわけでもない。
その光景を前にしたアレンの心境としては、おおよそそんなところであった。
そもそも驚いたのは、これほどまでのエルフが一斉に傅いている、という状況に対してであって、彼らの口にした言葉にではないのだ。
アンリエットが意味深そうに言っていた幾つかの言葉から、それは予測出来たことであり――
「妖精王の瞳、か……」
そうして呟けば、正解だとでも言わんばかりにアンリエットが肩をすくめた。
確かに随分と大仰な名前のギフトだと思っていたが、どうやらそういうわけでもなかったようだ。
「妖精王系のギフトは、エルフの王の証、っていう話は聞いた事があったですからね。まあ、確証はない上に外でベラベラ喋っていいことじゃねえですから、直接口にすることはなかったですが」
「なるほど……道理で意味深なことばかり言うと思ったら。でもエルフの王の証って、ギフトの効果としてエルフを恭順させる効果があるとか、そういうこと?」
そんなことを聞いたのは、実際にそういった効果のギフトがあったという話を耳にしたことがあるからだ。
絶対王権、という名であり、そのギフトを持つ者は配下へと強制的に命令を下すことが出来たという。
実物を見た事があるわけではないので、本当なのかは分からないが、そこまでいかずとも少しでも似たような効果を持つのであれば、それは確かに王の証と呼べるに違いない。
が。
「いえ、別にそういったもんじゃねえです。ただ、特定の条件を満たす者しか持つことの出来ねえギフトですからね。その条件のおかげで王だと分かるってだけです」
「んー……なるほど?」
ギフトの中でも、特に先天系のものの中にはそういったものが存在しているという話は聞いた事がある。
たとえば、アキラの持つ勇者などが分かりやすい。
アレは世界から勇者に相応しいという条件で選ばれるわけであり、さらにはその時既にそのギフトを持っている者がいない、という条件もまた必要だ。
特定の条件を満たすとは、そういうことである。
他には、特定の血筋にしか発現しないギフトがあるということも聞いたことはあるが――
「つまり、ノエルはエルフの王の血筋だってことかな?」
「――そういうことだ」
その言葉に答えたのは、アンリエットではなかった。
声の聞こえた方へと視線を向けてみれば、そこにいたのは一人の男のエルフだ。
ノエルから最も近い場所で傅いていたその男がゆっくりと立ち上がり、こちらへと顔を向けてくる。
一見すると若々しいが、エルフの外見ほど信用出来ないものはない。
ただ、その雰囲気からそれなりに長生きなのだろうことと、おそらくは今のエルフの実質的な指導者なのだろうということは分かった。
特に後者に関しては、位置を考えるとほぼ間違いないだろう。
これだけのエルフが無秩序に並んでいるとは考えにくく、となればノエルに最も近い位置にいるあの男が現在の序列では一番上だということだ。
ノエルと同様に王だというのならば、まさか頭を下げはしないだろうし、王代行、といったところだろうか。
と、そんなことを考えていると、その男が唐突に頭を下げた。
とはいえ、それが向けられている先はアレンではなく、どうやらアンリエットに対するものであるようであった。
「――アンリエット殿、感謝する。まさか我らが王を連れてきてくれるとは……」
「やめるですよ。アンリエットが連れてきたってよりかは、単に話の流れでそうなったってだけですし。結果的にそうなったってだけで……まあそれに、オメエらには色々と世話になってるですしね」
「だが偶然だろうと何だろうと、連れてきてくれたことは事実だ。それに『彼ら』に関しては、我らも同意の上でのことであり、また助けられてもいる。むしろ世話になっているのは我らの方だろう」
「あー、まあ、もう何でもいいですから、とっとと頭上げるですよ。エルフの頭がそれじゃあ示しがつかねえじゃねえですか」
「……確かに、今はまだ俺が王代行をしている以上は、その通りではあるか。もっとも、これでようやくその重荷を下ろす事も出来そうだが」
そんなことを言いながら頭を上げた男は、心底安堵している、といった様子であった。
まあ、王の代行を務めるなど、明らかに重圧の凄そうなことをしていたらしいのだ。
そこから解放されるとなれば、安堵するのも当然ではあるだろう。
もっとも、問題があるとすれば、本当に解放されるのか、といったところだが。
未だ困惑したままのノエルの姿を横目に、小さく息を吐き出す。
「さて……何分急なことでしたので、大したもてなしは出来ないかもしれませんが、とりあえずこちらへどうぞ」
「それは、僕達も一緒にいいの?」
「もちろんだとも。我らが王の友人を歓迎しない理由があるまい?」
そんなものだろうかと思うが、歓迎してくれるというのならばそれを受けない理由はないだろう。
ノエルばかりか、リーズ達も未だ困惑したままではあったが、視線を向けると頷きを返してくる。
何にせよ、話を聞かなければろくな判断をすることも出来ない、というのは皆の共通見解のようだ。
アレンとしては、アンリエットが案内してきた時点で悪いようにはならないだろうと思ってもいるのだが……それはそれである。
案内すると言って歩き出した男の後に続き、アレン達は一先ず森の奥へと向かうのであった。
エルフ達は基本的には自然と共に生きる種族だと聞く。
他の種族の作るものを否定することはないが、自分達でその真似をすることはないという話だ。
なので正直なところ、集落に案内されると言われた時は一抹の不安があったものだが――
「……正直なところ、意外だったかな?」
「そうですね。エルフの方々は自然と共に生きるという話を聞いた事があったのですが……」
「思いっきりこれって家よね? まあ、家具から調度品から何まで、森で手に入るようなものが作られているようだから、自然と共に生きていると言えなくもないんでしょうけど……」
「基本的にはオメエらの考えてる通りで間違ってねえですよ? 少なくともアンリエットの知るところでは、昔のエルフ達は寝床は木の上とかでしたし。つーか、自然と共に生きるとかいうのはただ良いように言っただけですね。それで十分だからそうしたってだけで……エルフは基本的に面倒くさがりなんですよ。興味があることだけは熱中しやがるんですが」
「……納得?」
「ああ、うん、確かに」
「説得力のある話ですね」
「どうしてこっちを見ながら頷いているのかしら?」
それは自分の胸に聞いてもらうしかあるまい。
ともあれ、エルフの男に案内された先は、予想外にも木で作られた家だった、というわけであった。
テーブルや椅子などもあり、見るからにそれらは手製のものである。
おそらく自分達の手で作りはしたのだろうが、明らかにそれは他種族の真似だ。
「まあ要するに、慣れればこっちのが快適だってことを知っちまったってことですね。一部は昔ながらの生活を維持してるようですが、要するにそれはただの意地ですからね。時間の問題だとは思うです」
「何ていうか、エルフが一気に俗っぽくなった気がするけど、まあ親しみやすくなったって考えればいいのかな?」
「……そもそも考えてみたら、今更?」
「だからどうしてそう言いながらこっちを見るのかしら?」
「胸に手を置いてみればいいと思いますよ? それよりも……」
言いながらリーズは、アンリエットへと視線を向けた。
その目にこめられた力はいつもよりも強いものであり、どういうことなのかと、問いかけるものだ。
まあ、そうなるのも当然ではあろうが。
あのエルフの男は歓迎の準備があると言って立ち去っており、今ここにはアレン達しかいない。
事情を知っていそうなのはアンリエットしかいないのだ。
さらには、世話になっているとはいえ、リーズ達からすればアンリエットはほぼ他人のようなものである。
それ以外に方法はなさそうだったからそれを選んだだけで、心の底では未だ疑いのようなものがあるに違いない。
とはいえそれは当たり前というか、むしろそうでなくてはまずいだろう。
出会ってすぐに全てを信じてしまうとか、警戒心がないどころの話ではない。
助けられはしたものの、それはそれ。
今はまだ見極めている最中であり、そんなところである意味だまし討ちのようなことをされてしまえば疑念の一つも首をもたげようものだ。
だが、それを理解しているだろうアンリエットは、軽い調子で肩をすくめた。
「まあ、オメエらの考えてることは何となく分かるですし、至極当然の反応でもあるです。むしろ敵対行動を取らねえだけオメエらは善良すぎると思うですよ?」
「確かにね。周囲にエルフがいるとはいえ、ノエルの言うことなら何でも従いそうな雰囲気だったし、普通ならまずここはアンリエットのことを拘束するところかな?」
「……アレン君はどちらの味方なんですか?」
不満そうなリーズの視線に、アレンは肩をすくめて返した。
確かに本来ならばリーズ達と同じ立場なのだから、リーズ達の味方をするべきだろう。
というか、アレンに不審を覚えてもおかしくない状況だ。
だがそうなっていないのは、人が良いというのも多分にあるだろうが、何か事情があるということも薄っすらと勘付いているからに違いない。
「ま、僕は一応中立ってところかな? そういう人も必要だろうしね」
「……確かに、あまり熱くなってもアレだものね。なら、これで逆に遠慮なく聞けるというものだけれど……それで、結局どういうつもりで、どういうことなのかしら? 当事者であるみたいだし、特にあたしには聞く権利があると思うのだけれど?」
「確かにその通りですね。とはいえ、別にアンリエットに何らかの思惑があるってわけじゃねえですよ? まあ、まったく何もねえって言ったらさすがに嘘になるですが、アンリエットは多少誘導しただけですしね」
「まあ、アンリエットは提案はしたけど、それに乗ったのは僕達だしね。こうなることが予想できただろうことを考えれば、それを黙ってた時点で無罪ってことにはならないけど……それに関しては後で問い詰めるとして。いつ準備が終わるのかも分からない以上は、まずどうしてこんなことになっているのか、ってことを聞くのが先決かな? 僕も正直そこは気になってるし」
「……異論はない?」
ミレーヌが頷いたのに合わせ、リーズ達も頷く。
どういうことなのだと、視線がアンリエットに向けられ、だがやはりアンリエットは何でもない調子で肩をすくめるだけだ。
「つってもまあ、ここまでになるのは正直アンリエットも予想外だったんですが……言っちまえば簡単なことですし、予測も出来てるんじゃねえですか?」
まあそれはその通りではある。
エルフのほぼ全てが集まってきたのだろうこと。
ここで一番偉いのだろうあの男があくまでも代行であったこと。
それらのことを考えれば、結論は一つだ。
「ノエル、オメエがここまで歓迎されてるのはですね――エルフの王の血筋が、一旦は途絶えちまったせいだからなんですよ」
そうして、その予測通りの言葉を、アンリエットは口にしたのであった。




