街を後にして
一先ずリーズ達と合流するべく歩き出したアレン達は、呆気ないほど簡単にそれを果たす事が出来た。
その理由は主にミレーヌのおかげであり、だが事前に合流場所を決めておいたとかいうことではない。
何でもミレーヌの模倣した力の一つに広域の気配を察知可能なものがあり、それで二人の居場所を捉えた、ということのようだ。
ついでに言うならば、アレンの後を追いかける事が出来たのもそれを使ったからであったらしい。
ともあれ、そうして無事リーズ達と合流することが出来たアレンは、一体何があったのか、ということを彼女達へと話し――
「……何と言いますか、確かに予想通りではあるのですが、そこまでのことになっていたとは、さすがはアレン君、といったところですね」
「まったくね。よくぞそこまで見事なまでに厄介事を引き当てるものだわ。実は狙ってやっているとか言われてもあたしは驚かないわよ?」
「失敬な。そもそもそんなことをやったところで、僕に得がないじゃないか」
「……全部偶然なら、むしろその方が凄い?」
「ですね。それはもう呪いの域だと思うです」
余計なお世話というか、どうにか出来るのならばこちらこそどうにかしたいものである。
だがとりあえずは、今話すべきはそのことではない。
「まあ、正直に言ってしまうのでしたら、わたしとしてはアンリエット様が匿ってくださるのでしたらその方が嬉しいですね。今のところここに来た目的がまったく果たせていませんから。元々すぐに戻るつもりもありませんでしたし……数ヶ月も何も出来ない、といった状態ではないのですよね?」
「そうですね……まあぶっちゃけ十日もすれば大丈夫だと思うです。アレらもそこまで暇じゃねえですしね」
「十日……ならあたしも問題ないかしらね。十日も槌を握らないっていうのは少し腕が鈍りそうで怖いけど、まあ多少鈍ったところですぐに取り戻せるもの」
「……凄い自信?」
「まあそこまで言える腕を持ってるわけだしね」
何にせよ、二人とも特に問題はないようだ。
ならば――
「……お世話になる、ってことでいいかな?」
「まあこっちから言い出したことですしね。歓迎してやるですよ」
そういうことになった。
そしてそうと決まってしまえば後は早い。
いや、というよりかは、早く行動しなければならない、といったところか。
アンリエットの話によれば、時間が経てば経つほどに身動きが取りづらくなるだろうとのことだからだ。
「今はまだあの男のこととかもあるですから大丈夫でしょうが、時間が経てばあっちの混乱も収まっちまうでしょうしね。つーか、最悪あれもオメエ達のせいにされちまいそうです」
「それって、アレン君が遭遇したという、魔導具を持っていた男の人のことですか?」
「です。まあアンリエットも小耳に挟んだだけなんですが、何でもあの男は魔導具を使って広場の一角で軽く暴れたらしいです。幸いにも被害はほとんど出なかったらしいですが、一人斬りつけられたとか言ってたですかね」
何でそんなことを知っているのかとは僅かに思ったものの、まあ相手はアンリエットである。
使徒としての力をこの世界でも変わらず使えるようだし、その程度の情報収集ならばわけないだろう。
「そういえば、あの人もあの男を追いかけてきた、みたいなこと呟いてたっけ。ついでに陽動かもしれない、みたいなことも」
「本当に被害らしい被害はその一人だけで、しかも大したことはなかったみたいですからね。やったことと被害の規模がまるで吊り合ってねえですから、実際そう考えるのは自然だと思うです」
「あなたはそっちを気にしなくていいの? 一応自分の家の領地のことでしょう?」
「アレが本当に陽動で、それによって何か被害が発生するってんなら話は別ですが、わざわざここで手の内を晒してやる必要はねえです」
そこでノエルが眉をひそめたのは、アンリエットの言葉がまるで全てを分かっているようなものだからだろう。
とはいえ、アンリエットのことだから、実際にある程度のことは分かっているに違いない。
その上で何もしないということは、その必要がないからか――
「んー……何か手助けは必要?」
「……気持ちはありがてえですが、今はオメエがアンリエットに助けられる側じゃねえですか」
「まあ、そう言われると確かにね」
苦笑しながら肩をすくめる。
とりあえずは、少なくとも今すぐの助けは必要としていない、ということだろう。
そんなことを話しながら、アレン達は馬車の乗り場へとやってくると、そのまま乗り込んだ。
幸いにもまだこちらには手が回っていなかったらしく、誰にも邪魔されることなく出発する。
街の外へと出て、それでも何も起こらないのを確認すると、アレンは思わず安堵の息を吐き出していた。
「とりあえず大丈夫そう、かな?」
「まあ、さすがにまだこっちにまでは手は及ばねえでしょう。アレらはそこまで影響力が高いってわけでもねえですしね」
「そうなんですか……ところで、アンリエット様の住んでいるという屋敷までどれぐらいかかるのでしょうか?」
「そうですね……まあ、何事もなければ今日中には着けんじゃねえですか? 何もなかった行きから逆算してのものにはなるですが」
「途中に村とかはあるの?」
「ねえですね。ここから屋敷のある街までは草原が広がってるだけです」
確かにと、窓の外へと視線を向ければ、そこに広がっていたのは一面の草原だけであった。
人の姿一つ見えないのは、移動するには今の時間は既にギリギリだからなのだろう。
何事もなければということは、何かがあれば道中で夜を明かさなければならないということである。
よほど急いでいたり、それ以外に手段がなければ話は別だが、そうでないのならばわざわざその可能性がある中を移動する必要はないのだ。
普通は明日になるのを待つもので、自分達以外に人影がないのは当然のことと言えた。
「……つまり、あとはアレン次第?」
「いや、何で僕?」
「アレンが厄介事を引きつけるか否か、ということだからでしょ?」
「そこは僕に委ねられてもどうしようもないかなぁ」
まあ、仮に何かが起こったとしても、大体の場合ならばどうとでもなるだろうが。
アレンだけではなくアンリエットまでいるのだ。
たとえアンリエットが、その力を直接振るう事が出来ないのだとしても、アレンならば適切に補助することが可能である。
どちらかと言えばアレンが補助される、と言った方が正確かもしれないが、どうにか出来るということに違いはあるまい。
「というか、むしろ僕としては突然僕達がそっちの家を尋ねちゃって大丈夫なのか、ってことの方が気になるんだけど?」
「ああ、それなら問題はねえですよ? 屋敷に住んでるのはアンリエットだけですからね」
「え……? それはどういう……」
「……そういえば、オメエらは知らねえんでしたか。アンリエットの両親はとっくにいねえんですよ。アンリエットもよくは知らねえんですが、昔事故に遭って亡くなっちまったらしくてですね。今の侯爵家はアンリエットからすると叔父夫婦が継いでやがるんです。ま、実際の継承権はアンリエットにあるですから、暫定的なもんではあるんですがね」
「それって……」
何かを言いかけたノエルが口をつぐんだのは、それを口にしたところで愉快なことになるとは思えなかったからだろう。
つまりその叔父夫婦は実際の継承権を持つアンリエットと共に暮らしてはいないということであり……まあ、多分そういうことだ。
あまり考えたくはないが、最悪の場合、アンリエットの両親は『事故死』ということになっている、というだけの可能性すらある。
何せ相手は侯爵家だ。
そういったゴタゴタがあったところで、何の不思議もあるまい。
ただ、少し不思議だったのは、それをアンリエットがどうにか出来なかったのか、ということだ。
当時はまだ子供だったのだろうが……幾ら直接的に力を振るえないとはいえ、方法はあったはずである。
そんなこちらの思考を読んだのか、アンリエットは肩をすくめた。
「ま、こう言っちゃなんですが、ウチは侯爵家ですからね。色々あるってことです。さすがに当時アンリエットはまだ三歳とかでしたから、どうしようもなかったですしね。……アンリエットが今のアンリエットになったのは、五歳の頃からですし」
後半の言葉の意味が分からなかったらしく、リーズ達は揃って首を傾げていたが、それも当然だろう。
それはアレンの疑問への答えだったからだ。
そしてそれを聞き、アレンは納得する。
アレンと同じ、ということだからだ。
そう、アレンもまた、最初から前世の記憶を持っていたわけではないのである。
アレンが前世を思い出したのは、ステータス鑑定を行われたのと同時だったのだ。
あるいは、生まれた当初から前世の記憶を思い出していたとしたら、母親のこともどうにか出来たかもしれず……あの家もあんなことにはならなかったかもしれない。
だがそれは全て、言っても仕方のないことだ。
しかし、そういう意味で言えば……アレンとアンリエットは意外と共通点があるのかもしれなかった。
アレンがそんなことを考えている間も、馬車は休まず進み続ける。
流れ行く景色を横目に眺めながら、アレンはさてどうなることやらと、色々な意味を込めて思い、息を一つ吐き出すのであった。




