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事実と勘違い

 言いたいことを言い終えると、アンリエットはとっととその場を歩き去ってしまった。

 言うべきことは言ったですし、あとは好きにするがいいです、などと言い残して。

 ろくに別れの挨拶もなく、その背中が人ごみの中に消えるまで、数秒もかからなかった。


 とはいえ、アレンとアンリエットは、あくまでも顔見知り程度の関係である。

 偶然出会っただけであることも考えれば、そんなこともあった、として流してしまっても構わないような出来事ではあっただろう。

 その中身は考える余地はあれども、これそのものに関してはここで終わりだ。


 ……本当にこれが偶然であったのならば、だが。


「ごめん、ちょっと用事が出来た。後で合流するから、三人は何か適当にやっててくれるかな?」

「えっ? ア、アレン君……!?」


 リーズの驚いた声を背に受けながら、アレンは振り返ることもなくその場から走り出した。


 向かうのは、アンリエットが歩いて行った方向である。

 既にその姿は見えないが、アレンの考えている通りであったとするならば――


「――一緒に来てるやつを置いて他の女のことを追いかけるとか、酷いやつですね」


 足を止めたのと、声が聞こえたのはほぼ同時であった。

 その相手が誰であるのかは、わざわざ言うまでもあるまい。

 視線を向ければ、そこには先ほど別れたばかりのアンリエットの姿があった。


 アレンが走っていたのは一分にも満たない時間ではあるが、すぐに追いかけたのだ。

 ならば追いつくことが出来たことに、何の不思議もあるまい。


 ただし、走るは走るでも、それはほぼ全力に近い速度で、ではあったが。


「そう言われると、僕がまるで色男みたいに聞こえるから不思議だね?」

「美少女三人を侍らせておきながら何を今更な気がするですが? しかもオメエ、一緒の家に住んでるみてえじゃねえですか」

「むしろそれなのに今まで何もない時点で察して欲しいものなんだけどね」


 言いながら肩をすくめ、周囲へと視線を向ける。

 先に述べた事が嘘ではない証拠として、周囲にある景色は先ほどまでのものとはまるで異なったものだ。


 賑わいは遠く、そこにある人影は自分も含めて二つのみ。

 路地裏の奥の奥、人目を避けるために存在しているようなそこで、アレンはアンリエットと向かい合っていた。


「さて、戯言はここら辺にしておくとして……それで、結局どういうつもりなわけ?」

「どういうつもり、とは、どういうことです? むしろそれはアンリエットの台詞な気がするですが? こんな場所にこんな美少女を連れ込んで、どういうつもりです?」

「僕はあくまでも追いかけてきただけであって、連れ込んだ記憶はないんだけど? あと、僕としては、アンリエットに用があるわけじゃないんだよね。僕が用があるのは、君は君でも――神の使徒としての君だからね」


 アレンがそう口にした、その瞬間のことであった。

 アンリエットの纏っていた雰囲気が、ガラリと変わったのである。


 どこにでもいるような少女のそれから、どこか神聖さすら感じるような、張り詰めた重苦しさすら感じるようなものへと。

 それはある意味、アレンにとって馴染み深いものであった。


「ここでそうなるってことは、やっぱり僕の予想通り、ってことでいいのかな?」

「いえ、ぶっちゃけた話……オメエの勘違いです。というか、さっきも言ったですよね? 深読みしすぎです、と。オメエの送ってきた人生を考えると仕方なくはあるんですが……オメエの悪い癖ですよ?」

「え……どういうこと? 君が僕の前に姿を見せたのは、神の使徒としての役目から、だよね?」


 端的に言ってしまうのであれば、アレンはアンリエットとは前世の頃からの知り合いであり、付き合いであった。

 アンリエットしては十年ほど前に会ったのが初対面となるわけだが、彼女そのものとしてはそれ以前からの知り合いなのである。


 そして彼女は、先ほどからアレンが言っている通り、神の使徒だ。

 神の言葉を、意思を授かり、神の望む通りの結末を得るために動く者。


 要するに、アレンを英雄にし、以後も度々助言などをしてくれ、直接的に助けてくれたのが彼女なのであった。


 アンリエットが彼女であることには、目にした瞬間から気付いていた。

 気付かないわけがあるまい。


 とはいえ、転生したのはアレンだけのはずだ。

 彼女までこの世界にいるのはどう考えてもおかしい。


 しかも、どう見ても彼女も人として生を受けているとなれば、尚更だ。

 もっとも、どういうことなのだろうかと思いつつも、世界が変わったぐらいでは英雄の役目からは離れられないのだろうか、などと思ってもいたのだが……結局彼女から何かを言ってくることはなかったのである。


 だがそれをアレンは、今はその時ではないのだろうと解釈していた。

 姿を見せたのは、あくまでもいずれその時が来るということを示すためであり……だから今日偶然を装って接してきた時に、ついにその時が来たのかと思っていたのだが――


「だから、考えすぎだって言ってるじゃねえですか。アンリエット……いえ、ワタシ(・・・)が今日姿を見せたのは、別に役目のためじゃねえですよ」

「……でも、本当に偶然ってわけでもないよね?」


 でなければ、いくら人ごみの中で余所見をしていたとしても、アレンが人にぶつかる、なんてことがあるわけがないのだ。

 最低限その程度の意識は残してある。

 なればこそ、狙って接触してきた以外には考えられなかった。


「まあ、そこのところは否定しねえですが……ワタシが今日オメエに接触したのは、単なる警告のためです」

「警告……?」

「です。ついでに言うならば、それはもう終わったです」

「終わったって……え、もしかして、さっさと帰れってこと?」

「それ以外に何があるんです?」

「いやまあ、そう言われると困るんだけど……」


 しかし今まではまったく接触してこようとしなかったというのに、唐突に接触してきたのだ。

 そこに何かあるのだろうと考えるのが自然というものだろう。


「まあ確かに、ちと無駄に警戒させるようなまねしたとは思ってるですが……それもこれも、元々の原因はオメエにあるじゃねえですか」

「え、僕そんな責められるようなことをした覚えないんだけど?」

「とぼけても無駄です。っていうか――そこまで弱体化していやがるくせに、まさか誤魔化せると思ってるわけじゃねえですよね?」


 そこでアレンが苦笑を浮かべたのは、まあバレてるのは当然だよなぁ、と思ったからだ。


 そう、その言葉は正しく、事実である。

 もちろんと言うべきか、どの時点を基準とするのか次第でもあるのだが、少なくとも半年前……いや、その少し前の時点と比べれば、アレンは確実に弱体化していた。


 とはいえ――


「特に全知なんか、どうやったらそこまで弱体化出来んのか、ってほどじゃねえですか」

「いや、全知は元々強力すぎたってだけだと思うけどね。僕が使うんならこのぐらいがちょうどいい感じだよ」


 認識さえしていれば距離など関係なく把握できる、などということは無理だが、視界に入ってるものなら今まで通り何の問題もなく視れるのだ。

 むしろようやく分相応になったとすら言えるだろう。


 実際にその他の権能は問題なく使えるし、見えすぎていたものが見えなくなった結果逆に調子はいいぐらいなのである。


「……嘘は、言ってねえみてえですね」

「言ったところで意味はないからね。というか、今の台詞からすると、まるで僕を心配して、って言ってるように聞こえるんだけど?」

「聞こえるも何も、その通りですが?」

「……え、本当に?」

「何で驚いてやがるんですか、オメエは。ワタシがオメエのことを心配するのが、そんなに不思議ですか?」

「いや、まあ、不思議か否かで言えば、確かに不思議ではないんだけど……」


 それは本音だ。

 彼女は確かに神の使徒ではあるが、先に述べたように度々助言をくれたり助けたりしてくれたのである。

 その全てを神のためだった、などと考えるほど、アレンは捻くれてはいなかった。


 ただ、それでも彼女が神の使徒であるのも事実なのだ。


「というか、そもそもオメエは根本的に勘違いしてるです。ワタシは既に使徒じゃねえですよ?」

「え、そうなの? でもその力とかは……」

「オメエと一緒ですよ。オメエがあの世界の英雄ではなくなったからといって与えられた力が消えてねえのと同じように、ワタシもあの人の使徒じゃなくなったからといって力が消えるわけじゃねえんです。大体ワタシはアンリエットっていう人間として生きてるんですよ? 使徒として振る舞うには制限ありすぎじゃねえですか」

「んー……言われてみればその通りなんだけど……じゃあそもそもどうして君もこの世界に来てるの?」


 アレンは英雄としての務めを果たしきった褒美として、この世界に転生してきたのだ。

 そこに彼女が付き合う理由などあるまい。


「それは、まあ何と言うですか……いざという時のためのアフターサービスみてえなもんです。オメエは厄介事に好まれるのが運命みてえなところあるですし」

「何その嫌な運命。まあ、心当たりはありまくるんだけど……あれ? ってことは、本当に僕の勘違い?」

「だからそう言ってるじゃねえですか。ワタシが出てきたのも、オメエがまた厄介なことに巻き込まれそうな気しかしなかったからです。で、その内容はさっき言った通りのことです。まあ、あの時は言わなかったこともあるですが」

「それって?」

「本当に厄介なのは、悪魔だってことです」


 不思議と、その言葉に驚くことはなかった。

 むしろあったのは、納得だ。


 なるほどだから、わざわざ警告などをしてきたのか、と。


「放っておくと、オメエまた無茶しそうですしね」


 それは否定できなかったので、アレンは苦笑を浮かべて返した。

 実際アレンの全知が弱体化してしまっているのは、半年前の一件で少々無茶をしすぎたからだ。

 しばらくすればまた元のように使えるようにはなるだろうが、それにはまだ年単位の時間が必要だろう。


 その前にまた無茶をしてしまえば今度はどうなるか分かったものではなく……次は全知をまったく使えなくなってしまうかもしれない。

 いや、それで済めば御の字で、他に影響がないとは言いきれなかった。


「しかもまた妙な因縁持っちまったみてえでもあるですし」

「……さっきも思ったけど、本当に色々なことを知ってるよね」

「これでも元々はオメエの補助をするための使徒ですからね。その力もまだ有効だってことです」

「なるほどね……でも、確かに悪魔に対して思うところがないと言ったら嘘になるけど、今のところこれ以上どうこうするつもりはないよ?」


 直接関わっていたであろう悪魔達は潰したし、アレンは未だに悪魔というものがどういう存在なのかを詳しく知っているわけではないのだ。

 悪魔の全てをどうにかする気はさすがになく、向こうからちょっかいでも出してこなければ何もすることはないだろう。


「ですから、悪魔の方からちょっかいかけてくるかもしれねえ、って言ってんですよ。忘れたんですか? オメエらは悪魔を撃退したんです。情報がどこまで伝わってるかはさすがに分からねえですが……オメエが既に目をつけられててもおかしくはねえです。そうでなくとも、今ここはゴタゴタしてるですしね」

「ああ、そんな気はしてたけど、やっぱりそうだったんだ」


 街の空気が少し妙だったのも、そういうことなのだろう。

 だが具体的なことを教えてくれるつもりはないようであった。


「詳しいことを教えたら巻き込まれる可能性が高くなっちまうですしね」

「……なるほど、どうやら思ってた以上に厄介事っぽいね」


 下手をすれば、王国側で言うところの将軍の一件クラスの出来事なのかもしれない。

 アレンがそう思ったのは、何となくこれが帝国側の動きが鈍い原因にも繋がっているのだろうと思ったからだ。


「ま、つーわけで、ワタシとしても、アンリエットとしても、オメエに言うことは一つになるわけです。オメエが平穏を変わらずに望んでいるっていうんなら、とっとと帰るがいいです」


 真っ直ぐに向けられた視線と共に告げられた言葉に、アレンはただ溜息を吐き出すことしか出来ないのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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