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出国

 自身の部屋を後にしたアレンは、一先ず階下へと向かっていた。

 見慣れた廊下を歩き、階段を下りれば、そこに広がっているのはこれまた見慣れたリビングである。

 朝の早い時間、しかしそこには既に人影があったが、そのことに驚く事がなかったのは予想していたからである。


「やあリーズ、おはよう。相変わらず早いね」


 その人影――リーズへと話しかければ、振り返ったその顔には笑みがあった。

 足音などから向こうも向こうで予測出来ていたのだろう。

 そこに驚きはなく、いつも通りの様子でその口が開かれた。


「はい、おはようございます、アレン君。ですが、アレン君とあまり変わらないと思いますが……?」

「僕はこれでもそれなりに早起きだって自覚があるけど、大体はリーズの方が早いしね。それに、僕と変わらなかったとしても、早いことに変わりはないでしょ?」

「なるほど……それもそうかもしれませんね」


 そんな毒にも薬にもならないような会話を交わしながら、アレンはリーズの全身をざっと眺める。

 その姿もいつも通り……というわけでは、なかった。


 リーズは普段から割と動きやすそうな服装を着る事が多いが、今日はいつもにも増してその傾向が強い。

 まるで何処かへと出かけるように、だ。


「準備万端、って感じだね」

「もちろんです。アレン君のお邪魔になるわけにはいきませんから」


 むんっ、といった感じに気合を入れるリーズに苦笑を浮かべつつ、後方を振り返る。

 視線の先にあるのは、たった今自分が降りてきたばかりの階段であり――


「ってことらしいんだけど、そっちも少しは見習ったらどうかな?」


 視線の先にいたのは、金色の少女だ。

 その姿は見慣れたものではあったが、あまりにも見慣れたものでありすぎる。

 どことなく気だるげで、眠そうなのを隠そうとしないまま、浮かび上がった欠伸をノエルは噛み殺した。


「生憎だけれど、あたしは本来夜型なのよ。鍛冶をするわけでもないのにこんな朝早くから起きたのだから、むしろ感謝されるべきではないかしら?」

「……わたしの記憶が確かでしたら、一緒に行きたいと言い出したのはノエルからだった気がするのですが?」

「そうね、その記憶は間違ってはいないわ。ただ、ほら、よく言うでしょう? それはそれ、これはこれ、よ」

「確かによく言いはするけど、この状況で言うべきことではないんじゃないかなぁ……?」


 溜息を吐き出しながらそう言ってみるも、当の本人は何処吹く風といった様子であった。


 というか、せめて寝巻きから着替えてきてはくれないだろうか。

 眼福と言えばそうなのだが、さすがに目に毒だ。


「あら、今更この程度で恥ずかしがる必要はないでしょう? もっと凄い格好だってあなたには見せているのだし」

「っ……!? も、もっと凄い格好、ですか!? ア、アレン君、い、いつの間にノエルとそんな関係に……!?」

「今リーズの脳内で僕達のどんな姿が展開されてるのかは知らないけど、とりあえずそれは勘違いだってことだけは分かるかな? 確かに今の格好よりも凄いのを目にしたことはあるけど、それはノエルが鍛冶に夢中になった挙句、暑いとか言い出して上着脱ぎだしたからだしね」

「その言い方は少し心外なのだけれど? あたしだって誰彼構わず肌を見せるわけではないわよ?」

「はいはい、それは光栄なことで」


 適当に返しながら、アレンは肩をすくめる。

 ノエルの言っていることが本気なのかそうでないのはともかくとして、今はその話に乗っている場合ではない、ということだけは確かだ。


「で、話を戻すけど……」

「戻すのはいいのだけれど……何の話をしていたんだったかしら? ……ああ、そうそう、あなたの好みはこれよりももっと露出の激しいもの、という話だったわね」

「うん、そんな話をした記憶はないかな?」

「えっ、そ、そうなんですか、アレン君……!?」

「うん、リーズも乗らなくていいからね?」


 この状況の恐ろしいところは、たまにリーズが本気で信じる時があるところだ。

 この元王女様は、割と天然気味なのである。


「それで、準備の方は?」

「さすがにそれは終わっているわよ。というよりも、昨日それをしていたからこそ今寝不足なのだけれど?」

「それに関しては別にノエルだけが一方的に不利ってわけでもなくて、全員条件は平等な気がするけど?」

「全然違うわよ。ここから工房まで、凄く遠いじゃないの」


 確かに、ノエルの()家兼工房は元々街の端の方に位置している。

 そして、この家(・・・)も街の端にあるが、ノエルの工房とは逆の端だ。

 その二つの間を移動するとなれば、相応の時間と手間がかかるだろう。


 だが。


「その割には、そっちに全然眠そうじゃない上に準備万端な様子な娘がいるけど?」

「……ミレーヌのこと?」


 そう言ってこてりと首を傾げる褐色の少女にノエルは一瞬だけ視線を向けるも、すぐに視線を戻し肩をすくめた。

 そこには相変わらず悪びれた様子の一つもない。


「あたしはこの娘と違って繊細なのよ。寝床が変わったら寝つきが悪くなるとか、よくある話でしょう?」

「うん、とりあえず、ミレーヌに凄い失礼なことを言ってるってことを自覚しようか? あと、半年経っても慣れないってのは繊細とは別の何かだと思うよ?」


 むしろ慣れてるからこその豪胆さに見えて仕方がない。

 まあそんなことはこの半年で嫌というほど思い知らされたわけだが。


 さて、今更と言えば今更ではあるが、今アレン達がいるこの家は、宿屋ではない。

 先に述べたように、街の端に位置する場所に建てられている一軒の家だ。


 アレンの持ち家であった。


 約半年前、この街へと戻って来たアレンは、まずは宿屋暮らしを止めることを選択したのである。

 この街にはしばらくいるつもりであったし、王都での一件で実はかなりの報奨金を貰っていたため、懐に余裕だけはあったのだ。


 ならば宿屋でも問題ないと言えば問題はなかったが、金の問題というよりは安心の問題である。

 やはり宿屋はどこまでいっても、どれだけ高級な作りだろうと他人の家であり、そういう意味で安心しきることは出来なかったのだ。

 そういったわけで、どうせならばということで一軒屋を買ってしまったのである。


 それがこの家、ということであり……では何故リーズやノエルがここにいるのかと言えば、実のところアレンにもよく分かってはいない。

 何か気付いたらそういうことになっていた、という他なかった。


 家を買ったことを一応リーズ達にも報告し、ならば見たいと言われたので案内し、無駄に広いからアレン一人では持て余すのではないかと言われ、それに確かにと頷いたところまでは覚えているのだが……そこで何故か、ではわたし達がここに越してきても問題はないですね、とか言われたのだ。

 そして気が付けばあれよあれよという間にリーズ達もここで暮らすことになっていた、というわけである。

 特に分からないのが既に家を持っていたノエルがどうしてここに住む必要があるのか、というところなのだが……まあ、文句があるのかと言えば特にはない。


 実際一人ではどう考えても持て余す家ではあったし、一人よりも大勢で暮らした方が楽しいに決まっている。

 というか、見目麗しい美少女が三人も一緒に暮らしてくれるとか言われて反対する男はいないだろう。


 もちろん、楽しいだけではないことは分かっていたものの、そんなのは人と付き合う以上は当然のことでしかない。

 何か問題があればその時に考えればいいだろうということで、とりあえずアレンはそれを受け入れたのであった。


 そうして何だかんだありながらも、こうして現在へと至っている、というわけであり……ともあれ。


「ま、とりあえず顔を見せに来てくれたっていうのは分かってるから、さっさと着替えて来るように。でないと、わざわざ早起きした意味がないでしょ?」

「そうですね。まあ、わたし達はほぼいつも通りですが」

「はいはい、分かってるわよ。じゃあ、ちょっと着替えてくるわね。……置いていったら、承知しないわよ」


 最初からそんなつもりなどなかったというのに、わざわざそんな言葉を残していくノエルの姿がおかしく、思わずリーズと顔を見合わせる。

 互いに苦笑のような笑みが口元に浮かんだ。


「やっぱりこの半年で一番印象が変わったのはノエルだなぁ」

「そうですか? わたしとしては、ノエルはやはり変わっていない、ということを実感出来た半年でしたが。妙に自信家で、意地っ張りで、頑固で……時折素直だったり、寂しがりやだったりで。ノエルは、そんな普通の女の子ですよ?」

「分かってるよ。いや……この半年で分かった、って言うべきなんだろうけど」

「まあ、変わっていない、ということを実感出来たのは、アレン君もですが」


 それはこちらの台詞でもあったので、肩をすくめて返した。

 以前からそう思ってはいたが、やはりリーズも昔から変わっていないんだということを実感出来た半年であった。


「……ミレーヌは?」


 と、自己主張をするようにそう言って首を傾げるミレーヌの姿に、今度ははっきりとした苦笑を浮かべる。

 ミレーヌに関しては、ノエルよりもよりはっきりと断言することが可能だ。


「そうだね、ミレーヌの印象はここ半年である意味一番変わらなかったんじゃないかな?」

「ですね、わたしも同感です」

「……良い意味?」

「もちろんだよ」

「はい、良い意味で、です」

「……ん、なら良かった?」


 最初こそ若干の警戒はあったものの、そんなものが必要ないと分かったのは、さていつのことであったか。

 少なくともここで一緒に暮らすようになる前だったのは確実で、その頃からミレーヌの印象は本当にまるで変わっていない。


 ミレーヌは口数の少なさや表情の変化のなさで分かりにくいが、実際にはかなり素直な性格をしていると言える。

 というか、おそらくはこの家の中で最も素直だ。

 リーズもこれで結構頑固なところがあったりするので、間違いないと思われる。


「さて、と。二人の準備……に関しては今更言うまでもないだろうし、あとは完全にノエル待ち、か」

「……ミレーヌ、手伝う?」

「いえ、おそらくは何だかんだでノエルは急ぐと思いますから、必要ないと思います」

「……分かった」


 頷くミレーヌを横目に、アレンは息を一つ吐き出す。

 改めて考えてみるとどうしてこうなったのだろうか、と思わなくもないものの、言っても仕方のないことだろう。


 だがそれでも、ふと思わずにはいられない。

 どうして皆で行くことになったのだろうか、と。


 そう、これまでの流れから敢えて言う必要もないだろうが……これからアレン達は出かけるつもりなのであった。

 しかも外出ではなく、それは旅と言えるものである。


 四人で揃って、この国から出て行くのだ。


 とはいえ、厳密に言えばそれは旅行のようなものでもある。

 皆それぞれに目的があるのだが……アレンの場合は要するに、とりあえず周辺によさそうな場所はなさそうだったから、別の国に行ってみよう、ということだ。

 本当の意味でこの国から出て行くことを決めたわけではない。


 もっとも、そっちで理想の場所を見つけたらそのままそこに移住するつもりもあるのだが……同時に、その可能性はあまり高くはないだろうと思っていたりもする。

 これから行こうとしている国は、そういう場所だからだ。


 ノエルのことを待ちながら、アレンはその国についてふと思いを巡らせる。

 アレンも正直、その国についてはそれほど知っているわけではないのだが――


「帝国、か……」


 天井を見上げながら、何となくその名を口にするのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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