覚悟と決意
騎士団の者達の答えは、非常に単純なものであった。
即ち――
「で? それがどうかしたか?」
各々色々思うところはあれども、結局のところはその一言に集約される。
それがどうかしたのか、だ。
「……何だと?」
「まあ、仮にそれが真実だとして、どうしたのかって話だよね。というか、騙したー、とか言ってるけどさ、俺達は騎士だよ? その正否を問うべき立場にはない」
「ガキじゃあるまいしな。国が正しいことだけをやってるわけじゃない、なんてこたー今更過ぎる話だろ」
「それによって国民が不幸になっている、という話ならばまた別だがな。だが実際のところは、そのギフトによって我らの国は支えられている。周辺の国々と表向きとはいえ友好な関係を築けているのもそのおかげだ。ならば……何故それに否を唱えねばならない?」
それが言っていることには、なるほど確かに一理あるのかもしれない。
神々は自分達の人生に干渉してきているのかもしれない。
しかし、それはそれ、これはこれだ。
たとえ神々が勝手に自らの行く先を決めていたのだとしても、実際にそれをどうするかを決めたのは自分達である。
ギフトが違っていたら、ギフトがなかったら、違った道を選んでいたかもしれない。
だがそれはそれとして、今ここにいることを決めたのは、自分自身なのだ。
「改革をしたいと言うのであれば、勝手にするがいい。だが……その前に立ちはだかる我々を打ち倒す事が出来れば、の話だがな」
言葉と共に、強い視線が向けられる。
そこにあるのは強い意思であり、確固とした信念だ。
そしてそれは、その場にいる者達全員の総意であり……それを確認した黒尽くめの人物が、これ見よがしに溜息を吐き出した。
「やれやれ……そういったところを含めてアイツらの思惑通りだという話なんだが……まあ、複雑すぎて君達には理解出来る話ではなかったか」
「うるせえよ。確かに俺達はあんま頭よくねえけどな……信じるべきことぐらいは分かってるっつーの」
「いや、俺達って一括りにしないでくれないか? まあ同感ではあるがな」
「そもそもこんな胡散臭い人に何を言われたところでね……何でその姿でそんなことを言って信じてもらえると思ったのか、逆に聞きたいぐらいだよ」
皆が好き勝手に言い合い……ピタリと一斉に口を閉ざしたのは、その場の雰囲気が変わったのを素早く察したからだ。
黒尽くめの人物から溢れてくる殺気に、反射的に構える。
「私の役目は、本来君達をここに閉じ込め邪魔を出来ないようにしておくことだったのだが……気が変わった。君達には私達の素晴らしさをよく教え込んであげるとしよう。そうすれば、死んだ後もきっと私達によく従ってくれるだろうからな」
「おいおい、どうすんだよ。お前らがあんまり煽るから奴さんついにぶち切れちまったじゃねえか」
「怒るということは図星だったということだろう? それを俺達のせいにされても知らんよ」
「まあ、逆ギレされても困るよね。ならば最初から余計なこと言わなきゃ良いのにって話だし」
そうやって暢気に、気楽な調子で言い合っている彼らだが、実のところ余裕があるわけではなかった。
彼らは精鋭であり、その自覚も自負もあるが、だからこそ彼我の戦力差を見誤るということがない。
結論から言ってしまえば、この人数差を以てしても勝ち目はなさそうだということであった。
しかしそれでも、彼らが悲観することはない。
どうにかなると思っているわけではなく、死ぬ覚悟など騎士となったその時に済ませているからだ。
精鋭などと呼ばれていようも、所詮騎士は騎士。
いつかは国のため、ひいてはそこに住む人々のために礎となるべき存在だ。
今日がその時であるという、それだけのことであるからこそ、何一つ躊躇う理由はないのである。
「この状況でも希望を失わない、か。それは君達の間では尊いものとして扱われるのかもしれないが、残念なことに愚かでしかないな」
「はっ、好きに言ってりゃいいさ。俺達なんざ所詮はその他大勢の一部だ。俺達全員がここで死んだところで、きっと誰かが……団長が仇討ってくれるに決まってるからな」
「……やはり愚かだな。その団長もまた、君達と同じところに行くというのに。……アレがあれほど強くなるなど、こちらとしても予想外だったからな。だがおかげで、確実に仕事は遂行してくれるだろう」
「ごちゃごちゃ訳分かんねえこと言ってねえで、いい加減顔の一つも見せやがったらどうだ? それとも人に見せられねえほど不細工だってのか?」
「……やれやれ、顔を晒してしまえば君達は恐れ戦いてしまうだろうから折角気を使って隠してやっていたというのに……本当に愚かなことだ」
そんな言葉と共に、その人物のフードが取られ……そこから現れた角に、しかし彼らは誰一人として驚くことはなかった。
その顔にあるのは、やはりという納得だ。
「おや、驚かないのだな」
「今の話を聞いてれば馬鹿でも予測出来ることだろう? ……いや、馬鹿には無理かもしれんが」
「おいなんでこっち見た。俺だって分かってたっつーの!」
「……そうやって普段通りを装うことで自らを鼓舞する、か。その時点で勝敗など決しているも同然だろうに。無駄な足掻きなどやめて素直に首を差し出せば、苦しませることはないと約束するが?」
返答はしなかった。
する意味がないからだ。
各々が武器を取り出して構え、それが答えである。
「ふぅ……本当に愚かな。まあ、いい。――精々が、後悔しながら死ぬといい」
言ったのと同時、その姿が掻き消えた。
あれだけ溢れていた殺気も同時に消え去り……それはまるで、その場からいなくなったようだ。
「……どういうことだ? 逃げた?」
「わけねえとは思うけどよ……気配一つ感じねえぞ?」
「何らかのギフト……いや、悪魔はギフトじゃなくて別の力使うんだっけ? まあそれだって考えるべきか……」
「ならば、単純に見えなくなってるってこ――」
言葉の途中で、騎士の一人の身体が吹き飛んだ。
脈絡も何もなく、また攻撃されたということさえ気付けなかった。
「なっ……ど、どうなってやがる……!?」
「姿と気配を消すだけじゃなくて、そのまま攻撃も出来るだと……!?」
「っ……攻撃の瞬間すら捉えることが出来なかった。これじゃ……」
「……さて、これで君達と私との力の差が分かっただろう? どうだ、今ならばまだ考え直す機会を与えるが?」
「っ、そこか……!」
声が聞こえた場所へと剣が繰り出されるが、空を切るばかりで手応えはなかった。
舌打ちを鳴らし周囲を見回すも、やはり気配の一つも感じられない。
こうなったら、闇雲に剣を振り回すしかないのか、と考えたところで、再び騎士の一人が吹き飛ばされた。
「ごっ……!」
「ふむ……本当に愚かだな。声から居場所がバレるなど、そんな初歩的な失敗をするわけがないだろう?」
最初から勝ち目がないのは、承知の上であった。
だがこれはそれどころではない。
そこにあるのは、抵抗することなど無意味と言わんばかりの、圧倒的な差だ。
単純な力量の差であればまだ一矢程度ならば報いることも出来たかもしれない。
しかしこの様子では、どう考えてもそれすら不可能であった。
これがある意味では、ギフトを持つ者と持たない者の差である。
そして確かにこういったことが出来るのであれば、自分達がギフトを持たずとも周囲の国に対抗する事が出来るだろう。
とはいえそれは、国防の何割か……いや、それどころか、本当に重要なところを悪魔に任せるということだ。
そんなことを、騎士である自分達が認めるわけにはいかなかった。
そもそも、意にそぐわないとなればこんな風に実力行使することを躊躇わないような連中なのだ。
そんな連中に背を預けることを、どうして良しとすることが出来ようか。
「さあ……これで私達の言っていることが十分説得力を持つということを証明出来ただろう?」
「ああ、そうだな……それと共に、やっぱりお前らを信じることは出来ないってこともな」
「そうか……つくづく愚かだな、君達は」
「うるせえよ……これが騎士ってもんだ」
「なるほど……つまりは、騎士とは愚か者の代名詞ということか」
「――確かに、それは否定出来んな。私もそうだが、騎士など愚か者がなるものだと言われてしまえば、その通りではあるのだろうからな」
「――なに?」
瞬間、驚きの声が上がり……だが、驚いたのは、騎士達も同じであった。
声に視線を向ければ、決して出られないはずの出口の一つに、人影があった。
いつの間にそこに現れたのか……いや、それよりも何よりも――
「ベ、ベアトリスさん……!?」
「久しいな、皆。息災なよう……とはまあ、いってはいないようだが」
そう言って苦笑を浮かべたベアトリスに、騎士達は驚きと共に訝しげな視線を向けた。
何というか……妙な違和感を覚えたからだ。
第一騎士団とベアトリスは旧知の間柄である。
ベアトリスは王女専属の近衛だが、訓練等をしないでいいというわけではない。
しかもベアトリスの実力は王国の中でも最上位だ。
そのため第一騎士団と時折訓練を共にすることになっており、その姿は見慣れている。
なのに何故違和感を覚えるのだろうかと思い……そこでふと気付いた。
そうだ、その姿があまりにも見慣れたものであったからだ。
この状況に不釣合いだったのである。
まるでその姿は、この状況など意に介す価値もないと言わんばかりであった。
「さて、まあおそらくは互いに色々と言いたいことはあるのだと思うが……それは後回しにしておこうか。私にはまず、やらねばならぬことがあるのだからな」
「……っ!?」
そう言ってベアトリスが視線を向けたのは、何もない空間にであった。
だがその瞬間確かに、僅かに息を呑む声が聞こえる。
それはつまり――
「まさか……見えているのか!?」
「口に出すまでもないと思うが?」
「馬鹿な、何故……いや、そもそもどうやってここに……!?」
「別にそれに答えてもいいが……それよりもまずは、私の質問に答えてもらおうか。その力――貴様が将軍を殺した人物ということで相違ないか?」
「え……!?」
将軍を、殺した?
どういうことだと皆の視線がベアトリスへと向くが、ベアトリスはただ何もない空間を凝視していた。
しばし、緊張感に満ちた時間が続き……やがて、失笑のようなものが響く。
「ふっ……だとしたら?」
「そうか……ならば、これでようやく任務完了というわけだな。予想外のところから予想外の形でここに至ることになったが……まあ、完了したのだから良しとするか」
「……随分と余裕なようだが、まさか私の姿が見えただけで勝てると思っているわけじゃないだろうな?」
「逆に聞くが、姿を消して暗殺することしか出来ないようなやつが、私に勝てるつもりでいるのか?」
「……いいだろう、ならば私の力を――ごっ!?」
その瞬間に何が起こったのか、よくは見えなかった。
分かったのは、一瞬でベアトリスの身体が移動したことと、気が付けば先ほどの悪魔が壁に叩きつけられていたということである。
それはつまり、自分達も、あの悪魔も反応出来ないほどの速度で攻撃をしたのだということであり……その圧倒的な実力の程に、さすがだと溜息が漏れた。
共に訓練をしていたとはいえ、ベアトリスは自分達よりも遥かに実力が上だったのだ。
王女の護衛をすることを考えればその程度の力は必要なのかもしれないが……つい嫉妬めいた目で見てしまう。
「馬鹿、な……この、私が……!?」
「ふむ……やはりと言うべきか、何故そこまで自信があったのか分からない、という程度の実力しかなさそうだな。姿さえ見えていればそこの彼らだって遅れは取らなかっただろうに。……まあもっとも、自分の力で対処できたわけではないのだから、私も偉そうなことは言えんのだがな」
「っ……何故私に対処出来たのかは分からんが、まあいい。どうやら確かに、私では君に勝ち目がなさそうだ。業腹ではあるが、ここは一旦引くこととしよう」
「逃がすとでも思っているのか?」
「君では私のことを捉えることは出来んよ。私の力が姿を消すだけのものだとでも思っていたのか? では、さらばだ――」
そう言って――しかし、悪魔の身には何も起こらなかった。
咄嗟に飛び掛ろうとしていた騎士達は訝しげな視線を向けるも、それ以上に驚いていたのは悪魔だ。
愕然とした表情で自らの身体を見下ろしていた。
「ば、馬鹿な……何故この空間に干渉できない……!? この空間は私が作り出したものだぞ……!?」
「……それは、ミレーヌが制御権を奪ったから?」
「なに……!?」
新たな声に視線を向けると、先ほどベアトリスがいた場所に、さらに一つ……いや、二つの人影があった。
それは両方とも少女のようであり――
「こら、何でわざわざ出るのよ。危ないんだから下がってないって言われたでしょう?」
「……言われたけど、もう大丈夫そうだったから? ……それに、聞かれたから答えた」
「その精神は立派なのだけれど、それは店の中でだけ発揮してくれないかしら? まあ、確かにもう大丈夫なようではあるのだけれど」
それはエルフとアマゾネスの少女のようであり、珍しい組み合わせに目を見張る。
だがそれ以上に驚いていたのは、やはり悪魔だ。
「制御権を奪った、だと……? 馬鹿な、私と同じ力を使えるというのか……!?」
「……さっき見て覚えた?」
「覚え、た……? そんなことが出来るはずが……いや、まさか貴様、あいつが従えていた奴隷か……? 何故ここに……!?」
「ところで、さっき見て覚えたとか、結構貴女も貴女で出鱈目よね」
「私からすれば貴殿もだがな。自身の力の一部を一時的に他人に貸し与えるなど……しかもそれが非常に強力なものだというのだからな」
「それに関してはむしろあいつに言うべきだと思うのだけれど? あたしだってそんなことが出来るって知ったのは、あいつが言ってきたからなのだから」
各々好き勝手に言っていて何が何だかは分からないが……とりあえず分かった事が一つ。
どうやら、すっかり形勢は逆転したらしかった。
「さて……それで、他に何か手は残っているのか? 残っていないのならば大人しくしてくれると助かるのだが? 色々と聞きたいこともあるからな」
「っ……舐めるなよ……! 私を一体誰だと――」
「――そうか。残念だ」
――一閃。
一瞬で距離を縮めたベアトリスが、そのまま悪魔を切り伏せた。
とはいえ地面へと倒れたその身体からは血は流れておらず……不思議に思って見てみると、ベアトリスの握っている剣には鞘が被さったままであった。
あれであのまま斬った、ということらしい。
それでも確実に意識は刈り取れたようなので、やはりさすがといったところだ。
「さて……これで多少は汚名返上が出来たか? まあ、私の本来の役目から考えればここにいるのは間違っているのだが……彼がいる以上は万が一すらないだろうからな。ともあれ、とりあえずこちらはこれで問題なさそうだが……」
周囲を眺めたベアトリスが、一つ息を吐き出す。
色々と聞きたいことはあったが……それでも、騎士達は互いに顔を見合わせると、どうやら生き延びる事が出来たようだと、安堵に似た息を吐き出すのであった。




