抵抗の兆し
「――断る」
手を差し出したクレイグに向けて、エドワードははっきりとそう告げた。
そこには微塵の躊躇いもなければ、揺らぎもない。
これ以上ないほどに明確な拒絶であった。
「ふんっ……そうか。貴様はもう少し賢いかと思っていたがな。大方俺の言う事が信じられないとでも言うのだろう?」
「……いや? 少なくともお前の言うことは一理あると思っているし、あるいは正しいのかもしれないと思ってもいる」
「……では何故だ?」
「簡単な話だ。お前の言っていることが全て真実なのだとしたら、何故最初から全てを告げなかった?」
「……なに?」
そう、もしもクレイグの言っている事が正しいのだとすれば、そもそもエドワードに問答無用で襲い掛かってくる必要はないのだ。
それよりも先にやらねばならないことは、対話だったはずである。
「それをしなかったということは、おそらくお前は何かを隠しているのだろう。それにお前はさっき言ったな? 全てが終わったらお前は死ぬつもりだと」
「……それを疑っているというのか? 俺は本当に――」
「ああ、お前は死ぬつもりなのだろうな。だがそれはつまり、ギフトを持っている自分が邪魔になる可能性があるからだろう? ならば、ギフトを持つ者は全て同じなはずだ。それどころか……お前の話を真実とするならば、先天的にギフトを授かっている者達は真っ先にお前にとって邪魔な存在となるはずだな。彼らを一体どうするつもり……いや。彼らをどうした?」
その言葉に、すぐに返答はなかった。
エドワードはクレイグのことを真っ直ぐに見つめ、クレイグもまたエドワード真っ直ぐに見つめ……不意に、クレイグの鼻が鳴らされる。
向けられている瞳は、完全に敵を見るものへと変わっていた。
「……相変わらず、よく回る頭だ。それで戦っている時が一番楽だなどと、よく嘯いたものだな」
「戦っている時が楽なのは事実だ。ただ、何も考えずに戦っていられる程度の立場に俺はいない。そうしていればある程度は頭を使えるようになる、というだけのことだ」
「ふんっ……その頭がもう少し鈍いか、あるいはもっと回っていたのならば、死ぬこともなかっただろうにな」
「それはつまり、将軍と大司教様に何かをしたという自白と見ていいのだな?」
「違う、と言えば貴様は納得するのか? どうせ自分の中で既に答えは出ているのだろう?」
それは確かに、その通りであった。
クレイグがあの二人に何かしたということを、エドワードはほぼ確信している。
それはきっと、エドワードがクレイグという男のことを、ある程度理解しているからでもあった。
「お前は偽悪的に振舞うことがよくあったが、その性根は意外と素直だからな。都合が悪いことは嘘を吐いて誤魔化すのではなく、そもそも喋ろうとしない。どうやら表情を誤魔化すことは出来るようになったようだが、そういうところは変わっていないようだな」
「……ちっ」
舌打ちと共に繰り出された剣を、身体に届く直前のところで受け流す。
こうくるだろうというのは、予測出来ていたことだ。
しかもクレイグにとって今の言葉は予想外だったのか、先ほどまで比べると随分と動きが荒い。
相変わらず突発的な出来事には弱いようだなと思いながら、そのまま前に一歩を刻む。
振り抜いた一撃が、ようやくその身に届いた。
「っ……調子に乗るなよエドワード……!」
「ごっ……!?」
叫びと共に放たれたのは、技術も何もない、荒々しいだけの一撃であった。
だがあまりの速度に、エドワードはろくに反応することすら出来ない。
何とかその寸前に剣を割り込ませるだけで精一杯で、そのおかげで身体が両断されることだけはなかったものの、それだけだ。
代わりとばかりに剣が折れ、エドワードの身体が壁にまで吹き飛ばされる。
叩きつけられ、血の塊を吐き出した。
「ごほっ……!」
「はぁっ……はぁっ……! ふんっ……愚かな。力の差などとうに分かっているのだから、大人しく従っておけばいいものを。ああ、確かにお前の言う通りだ。アレらは既に死んでいる。アレらも貴様と同じで愚物だからな」
「っ……死霊術士、か。……まあ、悪魔がいるのならば可能だろうな」
「言うほど簡単ではないのだがな。ただの死体ではなく、首から上が無事でなければならないだの、その頭に合わせるための身体がさらにまた必要とかな。そしてお前もその一員に加えてやろうかと思ったが……ふんっ、少しやりすぎたか。まあ、死兵としてならばまだ使えそうだが……」
「……生憎と、外道の手先になるつもりはない」
「貴様の意思など関係ないのだがな。そもそも、外道だと? ふんっ……だから貴様は愚かなのだ。この程度のことは大事の前の小事だ。この程度のことを気にしていて、世界が変えられるものか……!」
その行動の是非はともかくとして、クレイグが本気で事を成そうとしていることは確かなのだろう。
その姿にも、言葉にも、間違いなく覚悟があった。
しかし、それはそれだ。
ならばこそ、余計にエドワードはクレイグのことを止めなければならなかった。
たとえその行動への理由が正しかったのだとしても、クレイグのしていることは、確実に間違いだ。
変革には痛みが必要だとはよく言われることだが、人の死まで利用し、あまつさえ辱めるような真似をする行いに、正義があるわけがない。
そんなものは、ただ破滅に向かっているだけだ。
「俺はお前を止めるぞ。亡くなった友の変わりに……何よりも、お前の友としてな」
「ふんっ……その有様でか? 無理だな、諦めろ。貴様では……いや、この国に俺を止めることの出来るやつなどいるわけがない」
「――そうか? 意外といる気もするけどな。たとえば、このオレとかな」
「――なに!?」
聞こえるはずもない第三者の声に、クレイグが驚きと共に声の方へと顔を向けた。
驚いたのは、エドワードも同じだ。
そしてそこには、別の驚きもある。
その声は聞き間違いでなければ、知ったものであり――
「よう、おっさん。まーた派手にやられてやがんな。つーかやめてくれよな。おっさんはオレが倒すつもりだったってのによ。こんな誰とも知らないやつにやられそうになってんじゃねえよ」
「馬鹿な……何故貴様がここに……勇者がここにいる……!?」
視線を向けた先にいたのは、やはり見知った顔であった。
そう、それはクレイグが叫んだように、間違いなく勇者その人である。
「あん? そんなの勘に決まってんだろ?」
「勘、だと……?」
「何かこっちの方から嫌な感覚がしてたからな。他にもそんな感じのところはあったんだが、そっちはオレが行く必要なさそうな予感もしてたしな」
「っ……馬鹿な、ここは人が近づけないような結界が張ってあるはず……いや、それよりも貴様は死んだはずでは……!」
「あぁ? なに勝手に人を殺してんだよ? まあ確かにさっきは死んだかと思ったけどな」
「……ふんっ、なるほどな。子供を見捨てて自分だけが生き残ったか。判断としては間違いではないのだろうが……やはり勇者などと呼ばれていようとも、所詮は神の操り人形だな……」
「はぁ? だから勝手に決め付けんなっつってんだろ? 誰が見捨てるかよ。……まあ、オレが助けたってわけでもねえんだけどな。ったく、あいつはどこまで読んでやがったんだか……」
「……なに?」
「まっ、テメエにゃどうでもいい話さ。つーかそれを知ってるってことは、やっぱテメエはアイツらの仲間ってことでいいんだな?」
「……だとしたらどうした?」
「ぶっ潰すに決まってんだろ。まあそうじゃなくても結局は変わんねえけどな」
不敵な様子でそこに立っている勇者――アキラの顔が、直後にエドワードの方へと向けられた。
一見隙だらけではあるが、実際には隙がまるで見当たらない。
なるほどこれは今戦ったら負けそうだなと、エドワードは苦笑を浮かべた。
「つーわけでおっさん、割り込むことになるけどいいよな?」
「……そうだな。俺は見ての通りだ。助太刀してくれるというのなら、正直助かる」
それは本音であった。
クレイグのことを止めようと思い、止めたいと思ってはいるが、厳しいだろうことは自分でも分かっていたのだ。
アキラが助太刀してくれるというのならば、これ以上ない援軍であった。
「……ふんっ、まあいい。ある意味では手間が省けたとも言えるか。神の操り人形をこの手で屠ることの出来るまたとない機会でもあるのだからな」
「さっきから人形人形うっせえな……誰が人形だっつの。まあ確かにこの力は神とやらが与えたもんらしいけどな……オレはオレだ。オレのやることはオレが決める。それに文句を言うってんなら、神だろうが何だろうがぶっ飛ばしてやるよ」
「……その通りだな」
たとえギフトが神の意思によるものなのだとしても、最終的にどうするかを選ぶのは自分自身だ。
ならば全てを神のせいにしてしまうのは、ただの逃げでしかない。
あるいは、そんなことはとっくの昔に気付いているのかもしれないが……ならば尚更止めなければなるまいと、ゆっくりと身体を起こす。
折れた剣を捨て、予備の剣を引き抜き構えた。
「ふんっ……来い、神の手先共。俺は貴様らを殺し、俺が正しいということを証明してみせる」
「はっ……やってみせやがれ……!」
アキラが吼え、クレイグがそれを迎えうつ。
完全に自分は脇役だなとエドワードは思うも、そんなことは最初から分かっていたことだ。
だが脇役には脇役なりの意地と意思がある。
それを通すため、エドワードもまたクレイグへと向かっていくのであった。




