想定外の邂逅
不審な人物を見つけた、という報告を受けたのは、エドワードが捜索隊に合流すべく城の外に出た直後のことであった。
これはもしかするとただの取り越し苦労だったのかもしれない、などと自嘲しながらエドワードが向かったのは、城から程近い路地裏だ。
視界に真っ先に入ったのは騎士団の者達であり、その三人が取り囲むようにして、何者かの周りに立っている。
その者が一体どんな人物なのか分からなかったのは、黒いローブを羽織り全身を隠していたからだ。
これはまた分かりやすい不審人物だな、などと苦笑気味に思いつつそこへと向かっていく。
「ご苦労だったな、お前達」
「いえっ、私達は自分の責務を果たしただけですから。それよりも、わざわざ団長にお越しいただき申し訳ありません」
「それは構わんが……確かに、何故わざわざ俺を呼んだのかは気になるな。そもそも、ここで取り囲んでいる意味もあるまい」
そう、エドワードがここに来たのは、不審人物発見の報告と共にその場所へと呼び出されたからであった。
しかし当然と言うべきか、普通そんなことはあるようなことではない。
相手がエドワードでなければ取り押さえることが出来ないほどの手練だったとかいうのならばともかく、特に暴れたりしている様子などはないのだ。
それに、あからさまに怪しいのは確実なのである。
駐屯所にまで連れて行くとは言わないまでも、少なくともここに留まっている意味はないはずであった。
「それが……我々もそうしようとしたのですが、それよりも先に団長を呼べとこちらがおっしゃいまして……」
「……ふむ?」
不審人物が自分のことを呼ぶ意味も分からないが、それに素直に従った意味もまた分からない。
相手はこんな有様で、状況が状況なのだ。
聞く意味はないと思うが……。
「その、申し訳ありません。団長をお呼びした方がいいと提案したのは自分です」
そう発言したのは、三人の中で最も歳若い男であった。
もっとも、若いとは言っても今年で三十になったはずだが……その精悍な顔付きがこちらへと向けられる。
「実はそう言われた際、その声に聞き覚えがあったのです。それで、下手なことをするよりも、団長を呼んだ方がいいだろう、と判断しました」
「ふむ……」
この三人は、実はエドワードの部下でもある第一騎士団の者達である。
そして第一騎士団とは、騎士団の中でも精鋭のみで構成された部隊だ。
そこに配属された者は例外なく優秀であり、エドワード自ら手ほどきをしたこともある。
精鋭という言葉が嘘ではないと胸を張って断言出来るぐらいには、皆自慢の部下達だ。
数が限られていることもあってエドワードはその一人一人の顔と名前をしっかりと覚えており、それはもちろんこの三人も同様である。
彼らは派手さはないが堅実な行動を得意としている者達であって、この程度のことで判断を誤るとは思えない。
ということは、実際にそこの怪しげな人物は騎士団長が対応をした方がいいだろうと思えるような相手である可能性が高いということだ。
まさか将軍などということはあるまいが――
「……とりあえず、分かった。まあその判断が正しかったのか否かは、すぐに分かるだろう」
そう言うと、エドワードはその不審人物へと改めて視線を向けた。
どう見てもそんな大層な人物には見えないが、それをこれから確かめるのだ。
だが。
「ふっ……その者の判断に助けられたようじゃのぅ。儂を問答無用で連れて行ったとなれば、色々と問題が起こっていたじゃろうからな」
「っ……!?」
瞬間エドワードが息を呑んだのは、その声にはエドワードも聞き覚えがあったからだ。
そして確かに、あの人物であれば自分が対応せねばなるまい。
まさか――
「大司教様……!?」
「ふっ……正解じゃ」
言って、ローブのフードを取ると、中から現れたのは白髪の老人であった。
だがその姿、見間違えるわけがない。
教会のナンバーツーにして、実質的な全権代理者。
大司教その人で間違いなかった。
「何故大司教様が、こんな場所でそんな格好で……?」
平時だって、こんな格好で路地裏をうろついていたら話を聞かせてもらおうとするだろう。
現在の状況を考えれば、問答無用で連れて行かれたところで不思議はなかった。
しかしその時には、かなり面倒なことになっていたはずだ。
教会はこの国の中に存在してはいるものの、他の国にも沢山の支部を持っており、世界中に数多の信者が存在している。
迂闊に教会の者達を軽んじればその者達が黙っておらず、実際そのせいでかつては小国が滅ぼされてしまったこともあるほどなのだ。
しかも教会は、ギフトを管理している。
神官は全て教会に所属しているし、教会がそうさせているからだ。
つまりは教会に逆らうということはギフトを今後授かれなくなるということであり、それをよしとする者などいるわけがあるまい。
幸いにもと言うべきか、教会の関係者は皆善人なため余計な心配をする必要はないのだが……ともあれ。
そんな教会の、ほぼ頂点に位置する人物を問答無用で騎士団の者が連行してしまうなど、果たしてどんなことになるか想像も付かない。
状況を考えれば間違いなく大司教が悪いということは分かるだろうが……そんな融通を果たして教会や信者達がきかせてくれるだろうか。
少なくとも、避けられるのならば避けるべき事態なのは間違いなかった。
「とりあえず、お前の判断は正しかったようだな。監視に留めたことも含め、何も言うことはない。さすがは俺の自慢の部下だ」
「はっ、ありがとうございます……!」
「ふむ……まったくじゃな。少しでも判断を間違っておれば大変なことになっておったじゃろうに……相変わらずお主の部下は優秀じゃのぅ」
「……大司教様」
一体何のつもりだと問いかけるように、視線を向ける。
まさか大司教ともあろう人が、現在の状況を理解していないとは思えない。
だがそれにしては、こんなことをする意図がまるで分からなかった。
まるで自分達をはめるつもりのようにも見え、そんなはずはないとは思いながらも、つい睨むような目になってしまう。
「おお、怖い怖い。老人をそんな目で見るものではないぞ? 怖くて心臓が止まってしまうわい」
「……ご冗談を。まだまだお若いでしょうに」
「ほっほ、まあ若造をからかうのはこの辺にしておくかの。なに、儂は単なる撒き餌じゃよ。引っかかったら御の字、といったところじゃ。もっとも、実際にはそんなことはないだろうと思っていたがのぅ」
「……大司教様?」
何やら意味深な言葉を呟く大司教に、エドワードは眉をひそめる。
反射的に腰の剣に手が伸びていたのは、何となく嫌な予感がしたからだ。
「だからそう怖い目をするでないと言っているじゃろうに」
「……では、結局のところどうして私を呼んだのですか? 何かしらの用があったのだと思いますが……」
「ふむ……その推測は正しいが、間違ってもいるの。お主に用があったのは儂じゃないのじゃよ。言ったじゃろう? 儂はあくまでも撒き餌。お主を釣りだすための道具でしかないのじゃよ」
「何ですって? では一体誰が……」
大司教をそんなことのために顎で使える人間がいるとは思えないが、ここで大司教が嘘を吐く理由もない。
その顔をジッと見つめていると、大司教はその場でくるりを背を向けた。
「気になるならば、付いてくるがよい。ああ、ただしお主だけでじゃぞ? まあもっとも、こんな老いぼれのためにいつまでも人手を割いていられるほどお主達は暇ではなかろうがな」
「分かっているのでしたら、出来れば最初からその辺のことを考慮していただきたいのですが……まあ、分かりました。というわけで、俺はこれから大司教様に付いていく。誰が俺のことを呼んでるのか気になるし、そもそも大司教様を一人で放っておくわけにもいかないだろうからな」
「……分かりました。では、我々は通常の任務に戻ります」
「ああ、頼んだぞ」
「はい。……団長、御武運を」
「別に戦いに行くわけじゃないぞ?」
そう言って苦笑を浮かべたものの、それは本心ではなかった。
エドワードもまた、このまま何事もなく終わるなど思ってもいなかったからだ。
昨日は将軍が現れ、今日は大司教。
その二つを無関係だと思えるほど、エドワードは楽天的な性格をしていなかった。
部下達と一つ頷き合い、エドワードは歩き出した大司教の後を追い始める。
さて、一体何が待ち構えているのだろうかと、その背に向ける目を細めるのであった。




