元英雄、得られぬ平穏を嘆く
翌朝、村では軽い騒動が起きていた。
何せ村長が祭りの翌日に、行方不明となったのである。
騒ぎにならないわけがなかった。
しかしそうなると、明らかに怪しいのはアレン達だと思うのだが……疑われることすらなかったのはどういうことなのか。
というか、それも結局は軽い騒動なのであり、起こったことというのは村長が行方不明だということが村中に伝えられ、次の村長はどうするのか、という話が出たというだけなのだ。
犯人探しどころか、誰かがどうにかしたのではないかという話すらも出なかったのだが――
「それだけあの村が平和だってことか、それともここが辺境の地だからそういうことも有り得ると皆思ってるのか……どっちも、かな?」
「まあ、そんなところだろうな。何となくだが、それで騒ぐのよりも、平穏を保つことを優先していたようにも見えたな」
「それは……良いことなんでしょうか?」
「さてね。それがどうなのかを判断するのは、僕達の役目ではないんじゃないかな?」
「……確かに、そうかもしれませんね」
あの村の人達がそれでいいと思ったのであれば、それでいいのだろう。
外野がとやかく言うようなことではない。
まあそれに、都合がよかったのも事実である。
そのおかげで、今こうしてあの村を後にしてのんびりと馬車に揺すられていることが出来るのだから。
軽い騒ぎが即座に終わったその朝、アレン達はあの村を後にしていた。
元からその予定だった上に、あそこでやるべきことは全て終わったのだ。
むしろ出て行かない理由の方がないとすら言っていいだろう。
旅立ちの挨拶はあっさりと済んだ。
元々村人と大した交流があったわけでもないのである。
あの女性に達者でやりなと声をかけられはしたものの、その程度であり、本当にあっさりとアレン達は村を後にしていた。
村長の件では微塵も疑われている気配はなく、逆にこちらがそれで大丈夫かと心配になるぐらいだったが……まあ多分あの村はあれでいいのだろう。
あのまま是非とも平穏な村として続いていって欲しいものだ。
ちなみに、村長が黒幕(?)だったということは、リーズ達に朝のうちに伝えておいてある。
二人ともそれとなく察してはいたのか、特に驚く様子もなく、そうかと頷いただけであった。
ともあれ、そういうわけでアレン達は今、こうして日の光を浴びながらあの街へと戻る旅路の途中にいるというわけであり――
「……あ」
「ん? どうかしたか? 何か忘れ物でも……と言ったところで、そもそも忘れるような物は持ってきていないと思うが……」
「いや、そういえばお説教はどうなったのかな、と思って」
朝はしている暇などはなかったし、それから今までは何だかんだでのんびりしていた。
すっかり忘れかけていたが、ベアトリスから説教を頂戴していないのである。
だがそう告げれば、リーズから恨みがましい目を向けられた。
「……どうしてアレン君はそれを口に出してしまったんですか? 忘れているのならばそれでいいじゃないですか。それとも、そんなにベアトリスからお説教を受けたかったんですか? お説教で喜ぶ変態さんなんですか?」
「なんか誤解が生じてるようだけど、もちろん僕だって説教は受けたくないよ? だけど、どう考えても僕達が悪かったのは事実だからね。なら、お説教は甘んじて受けないと」
「うぅ、それはそうかもしれませんが……」
リーズがここまで嫌がるとは、ベアトリスの説教とは余程怖いのだろうか。
そんなことを考えながら視線を向けると、ベアトリスは苦笑を浮かべていた。
「いや、私も忘れていたわけではないぞ? ただ……私に説教をする資格があるのかと、そんなことをふと思ってしまってな」
「説教をする資格?」
「ああ。前回……あの街でもそうだったが、今回も私は結果的に騙されてしまっていたというわけだ。あの祭りが行われるまで……いや、その最中ですら、私は村長が怪しいなどと考えもしなかった。そんな者が貴殿達に偉そうに説教する資格があるのか、とな」
「んー……考えすぎなだけな気がするけどね」
少なくとも、アレン達がやったことは、怒られるべきことだ。
そもそもの話――
「確かにベアトリスさんは騙されたかもしれないけど、だからってそれを理由に他人を叱る資格がないとかいうのは、それこそが間違ってるでしょ。そんなの騙した方が悪いだけなんだから」
「……そうですね。それに、村長さんに騙されていたのはわたしも同じです。わたしだって、騙されていたことに気付いたわけではないんですから」
「……普通ならば、そう言えるかもな。だが、私はリーズ様に仕えている身の上だ。騙されたせいで主を危険に晒したとなれば、むしろ責めを受けるべきは私になるだろう」
そう言って神妙な表情を浮かべるベアトリスに、アレン達は思わず顔を見合わせると、苦笑を浮かべ合った。
相変わらず妙なところで責任感が強いというか、頑固というか。
普段はそれが良い方向に向かう時も多いのだが、こういう時は困ったものである。
「まあ、それはそうなのかもしれないけど……僕はそれでいいと思うけどね。主に仕える騎士としては間違っちゃったのかもしれないけど……それでも人としては間違いなく正しい」
騙されているかもしれないなどと考えることなく、人のことを素直に信じることが出来る。
それは簡単に見えてとても難しいことであり、騎士などというものになっていながらもそれが出来る人など、きっとそうはいないことだろう。
得がたい資質なのだから大事にして欲しいと、心の底から思う。
それは多分、アレンが二度と持つことは出来ないものだから。
「そういう意味では、人として失格なのは僕だろうね。色々な意味で」
自然と自嘲したような言い方になってしまったが、それはアレンの本心でもあった。
だが。
「――そんなことはありません」
「……リーズ?」
「少なくとも、他の誰が何と言おうとも、わたしはアレン君は正しいと思います。だってわたしは、そんなアレン君に助けられたんですから」
そう言ってこちらを見つめる瞳は、とても真摯なものであった。
心の底からそう思っている、ということが分かる目であり……思わず、笑みと共に噴き出した。
「あっ、何で笑うんですか……!? むぅ、わたしは真面目に言っているんですよ……!?」
「いや、ごめん。真面目に言ってるのは分かってるんだけど……うん。ありがとう、リーズ」
「……? どういたしまして、でしょうか……?」
よく分かっていない様子で、リーズは首を傾げていたが、それを見てアレンは小さく笑みを零す。
まったく……相変わらず無自覚に、こちらの救いとなるような言葉を口にしてくれる少女である。
まあだからこそ、何だかんだ言いながらもアレンはこんなところにいて、こんなことをしているのだろうが。
「ま、ともあれそういうわけだから、ベアトリスさんは容赦なくリーズに説教をどうぞ」
「あっ、ですからどうしてそうやって蒸し返すようなことを……と言いますか、わたしだけではなくアレン君もですよね!?」
「いや、僕は今リーズから僕は正しいってお墨付きをいただいたからね。となると、説教を受けるのはリーズだけになるよね?」
「ずるいです……!?」
「ふむ……やはり私は自分の過ちを許せる気にはなれないが……まあ確かにそれとこれとは話が別か。では、早速リーズ様にお説教をするとしようか」
「えっ、本当にわたしだけなんですか……!?」
そんなことを言い合い、笑みを浮かべながら……ふとアレンは、懐にしまってある『それ』のことへと想いを馳せる。
さて、ところで『これ』の話は、いつどうやって切り出そうか、と。
それは、あの時倒した村長の懐から転がり出ていたものであり、見覚えのあるものに似ている塊であった。
あの森であの男が懐から取り出した、あの塊である。
一見すると鉱石のようにも見えるが、そうではないのだということは『視』てみたらすぐに分かった。
どうやらこれは一種の力ある道具の一つのようであり、これで死人を操っていたらしいのだ。
そしてアレンはこれのことを、二人にはまだ伝えていない。
どう伝えるか迷っているからだ。
死人を操っていたという事実。
首から上しか本人のものでなかったアルフレッド。
首から上が失われ死んでいたという将軍。
どうやら、予想外のところで予想外の当たりを引いてしまったらしい。
アルフレッドの話なども合わせて考えれば、大体のところは見えてきた。
のんびりしようと思ってここまでやってきたのにどうしてこんなことに、といったところだが、言ったところで仕方があるまい。
この一連の出来事に、リーズが深いところで関わってしまっているのは確かなのだ。
ならば、放っておくことなどアレンには出来なかった。
とはいえ、ここは辺境の地でもさらに奥地であり、あの街に辿り着くのさえまだまだ時間はかかるのだ。
何をするにしても、一先ずはあの街に戻ってからである。
それからどうなるかは分からないが……分かっていることがあるとすれば、また平穏が遠退きそうだということか。
正直それを考えれば辟易とはするものの、全てが終わったら今度こそ平穏が訪れると信じるしかないだろう。
だがそれもまだ、もう少し先のことだ。
だからそれまでは、この一時の平穏を享受するとしよう。
――と、そう思っていたのだが。
「あっ、ちょっと待ってください、ベアトリス!」
「ん? どうした? 時間稼ぎをしても結局やることに変わりはないぞ?」
「いえ……真面目な話です。通信が届きました」
「ふむ? こちらからではなく向こうから来るとは……何か急ぎの用件でも出来たのか?」
「分かりませんが、とりあえず確認を…………え?」
リーズが呆然とした声を上げた瞬間、アレンは反射的に嫌な予感がした。
そしてまるでその予感が現実となるかのように――
「どうした? 王都で異変でもあったのか?」
「……ある意味では、そうとも言えるかもしれません。――王都に、将軍様が現れたらしいです」
「……は?」
リーズからの報告にベアトリスは唖然とした声を漏らし、アレンは溜息を吐き出す。
どうやら、一時の平穏を享受することすら出来なそうであった。
ちょっとさらっとやりすぎたかな、という感じもしますが、ある意味前哨戦的な感じなので、一先ずこんなところで。
というわけで、ようやく次から決着に向けての話が始まります。
ただ、話の展開上主人公達の出番がしばらくありませんが、必要なことですのでご了承いただけましたら幸いです。
また、さすがに毎日更新は厳しくなってきましたので、そろそろ隔日更新にしようかと思っています。
申し訳ありませんが、引き続き応援していただけましたら幸いです。




