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元英雄、薄闇での事に幕を下ろす

 アレン達が村の広場に戻ると、祭りは終盤を迎えるところであった。


 そのせいか、ベアトリスからの説教はなく……ただ、どちらかと言えば後に回っただけとも言えるか。

 こちらに向けられた瞳が、後で覚えておけと告げていたからだ。


 ベアトリスも全てを察しているわけではないだろうが、それでも何となくは分かっているに違いない。

 ベアトリスはリーズのことをよく分かっているし、そうでなくともここ最近のリーズの様子から考えれば、リーズが動くような事柄など一つしかないのだ。

 あまり愉快なことにならないだろうということは分かりきっているので、出来れば詳細は話さずに済ませたいのだが……さて、どうなることやらといったところか。


 ともあれ、そうしてアレン達は、祭りの最後に参加することになった。

 それはある意味で最後らしい締めだ。


 全ての篝火を広場の中央に集めると、その周りで死人も生者も関係なく踊る。

 篝火が燃え尽きるまで踊り続け、燃え尽きたら死者は自らの世界に戻り、生者は明日に備えて眠りにつく。

 それが、この祭りの終わる時であった。


 踊り続けるとはいえ、ちゃんと調整はしてあるらしく、頃合を見計らって燃え尽きるようになっているようだ。

 誰かが躍り疲れて倒れてしまうなどということもなく、その前に篝火は消え去り、皆はそのまま家路についた。


 もっとも、家路と言ったところで、アレン達が向かうのは今日もまた村長宅なのだが。

 三日目ともなれば随分と慣れたもので、薄暗い中でも問題なく辿り着ける。


 だが、そのまま家の中へと入ろうとした二人に対し、アレンはその場で足を止めた。


「……? アレン君、どうかしたんですか?」

「ん? まあちょっと、野暮用が残っててね。二人はそのまま寝ちゃって大丈夫だよ。さすがに時間が時間だしね」

「ふむ……そうか。分かった。アレン殿がそう言うのであれば、そうしておこう」

「うん、リーズへの説教は程々にしといてあげてね?」

「心配するな。説教ならば明日貴殿と合わせてたっぷりとするからな。どうせ移動中は暇になるのだから、良い暇潰しにもなるだろう?」

「……お手柔らかにお願いしたいかな?」

「……わたしからもお願いします」

「善処しておこう」


 そんなことを言って家の中へと入っていく二人の姿を眺め、アレンは苦笑を浮かべた。

 多分バレてるんだろうな、と思ったからだ。


 気を使われたような気もするが……まあ、いいだろう。

 正直なところ、二人、特にリーズには早めに休んでもらいたかったのだ。


 大分普段通りに見える、というか、昨日までと比べれば遥かにいつも通りのリーズに戻っているが、それは多分無理をしてそうしているからである。

 そんなすぐに割り切れるようであれば、そもそもこんな村にまでリーズが来ることはなかっただろう。


 だからどんな形であれ、休んでくれるというのであれば、それで問題はなかった。


「さて、と……それじゃ、とっとと終わらせようか。明日に障るしね」


 言って、振り返ると、そこには一つの人影があった。


 気付いていたから驚くことはなかったし、向こうも気付かれているということが分かっていたのだろう。

 特に驚いている様子はなかった。


「……一つ、お聞きしたいことがあるのですがの」


 その声は、おそらくこの三日の中でアレンが最もよく耳にしたものであった。

 だが、それもまた気付いていた(・・・・・・)のだから、やはり驚きはない。


 その人物――村長の姿を眺めながら、アレンは首を傾げた。


「うん? どうぞ?」

「……いつから気付いていたのか、ということをお聞きしてもよろしいですかの?」

「んー、なんかさっきも同じようなことを聞かれた気がするなぁ……まあ、別にいいけど」


 聞かれて困るようなことではないし、それに答えも容易なものだ。

 何せ、答えもまた、先ほどと同じなのだから。


最初から(・・・・)だけど?」

「っ……それは、具体的には?」

「この村に死人がいるってことには、それこそ村に足を踏み入れた瞬間から。そして、村長が悪魔(・・)でその死人たちを操ってる張本人……所謂死霊術士だってことには、村長に会った瞬間から、かな?」

「なっ……!?」


 今の言葉のどれに驚いたのか、あるいは全てに驚いたのかもしれないが、村長を目を見開くとその驚愕っぷりを顔全体で表してみせた。


 とはいえ、正直なところアレンは別に村長を驚かせるつもりはなかったのだが。

 今のは聞かれたから素直に答えただけであり、そもそも何故そういったことに気付いていながらも黙っていたのかと言えば――


「で、では……何故それを言わなかったのですかの? いえ、それどころか、あなたは関わろうとすらしていなかったように見えましたが」

「うん、そうだね。だってその通りだし。そして理由って言われても、そのままだよ? 関わる気がなかったからだけど?」

「っ……ワシが悪魔で、死霊術士なのだと分かっていても、ですかの?」

「うん」


 死霊術士とは、要するに死人を使役する者達の総称だ。

 禁忌に触れ、忌み嫌われる者達であり、異端裁判にかけられ処刑されることも珍しくない。


 もっとも、悪魔であることを考えると、村長の場合は多少事情が違うのかもいれないが、仮に村長が普通の人類だったのだとしても、アレンは同じ反応を示しただろう。

 この村は平和で、平穏そのものだったからだ。


「これで村人達が夜な夜な生贄として使われてる、とかいうなら考えたけどね。でも、そんなことはなかった。悪魔だろうと死人だろうと、関係なく村で平穏な生活をしていた。そんな平穏をわざわざ乱すような真似を、どうしてする必要が?」


 むしろアレンとしては、本当に羨ましかったぐらいなのだ。

 混ぜて欲しかったぐらいである。


 アルフレッドに告げたことと同じだ。

 どう考えても厄介事が埋まっているようにしか見えなかったのでここで生活することは考えられなかったが、皆が平穏に過ごしているというのであれば、それを邪魔するようなことなどするわけがなかった。


「……悪魔でも、ですかの?」

「そこ拘るね? 僕としては、それもやっぱり、だから、って感じなんだけど。だって僕は悪魔だからどうだって断言出来るほど、悪魔のこと知らないからね」


 確かに前回出会った悪魔はアレではあったが、悪魔だから全員悪い人物なのだと考えてしまうのは短絡的に過ぎるだろう。


 少なくともアレンは、この村長から害されたことはなく、むしろ世話になっていたぐらいなのである。

 そんな人物相手に何かしようと考えるなど、それは恩知らずというかただの人でなしでしかないのではないだろうか。


 まあ、とはいえそれも、祭りが始まる前までは、なのではあるが。


「……正直なところ、僕は本当に何もするつもりはなかったんだよ? リーズのことを視てたのだって、あくまでも万が一のためでしかなかった。仮にリーズがあの話を受けたんだとしても……村長や彼にどうこうすることはなかっただろうね。さすがにリーズが何かを実行に移そうとしたら止めただろうけど。ちょっとツッコミどころが多すぎたしね」


 だが、それだけだ。

 それはつまり、友人が間違ったことをしようとするのを止めるだけであって、それだけのことでしかない。


 あとは、あるいは少しだけ文句を言いに行くかもしれないが、それでも平穏を乱すようなことをすることはなかっただろう。

 自分がやられたら嫌なことをしないというのは、基本なのだから。


 けれど――


「ま、とはいえ結局は仮定の話であって、今となっては無意味なことなんだけどね。あるいは、先にそう考えてるってことを伝えるべきだったのかもしれないけど……それはそれで無用な緊張を与えそうだったから止めといたんだけどなぁ。失敗だったかな? まったく以て、難しいことだよねえ」

「……ええ、まったくですのぅ。短絡的な判断をしてしまったせいで、優秀だった()を失ってしまったんですから、悔やんでも悔やみきれませんよ。ですがまあ……そのおかげでそれ以上に優秀な駒が手に入ったと考えれば、悪くはないですの」


 言った瞬間であった。

 その場の気配の数が、瞬時に数十にまで膨れ上がったのである。


 闇に紛れていたわけではなく、確実に今発生したものだ。

 おそらくは地面に予め細工をしておいて、合図一つでそれが即座に死人となるようになっているのだろう。


「……なるほど。どう考えても死人の数が多いから、どこに匿ってたんだろうと思ってたけど、地面だったのか。まあ、考えてみれば、それが一番最適だよね。地面から這い出てくるって姿は、まさにゾンビっぽくもあるし」

「……随分と余裕ですのぅ。確かにあなたは相当な実力をお持ちのようですが、この数を相手にしてどうにかなるとでも? しかも、あの駒は力を発揮させるために意識を残していましたが、これらは残していません。つまりは、首を切り落とした程度(・・)のことでは壊れはしないのですぞ?」


 確かに、アルフレッドが首を落としたことで死んだのは、自壊によるものである。

 自らを人と定義しているからこそ、首が落とされたことで死んだと認識し、実際に死ぬこととなったのだ。


 その認識するための意識がなければ、まさにゾンビのように首を破壊したところで構わず動き続けるに違いない。

 それが、死人というものだ。


 もっとも――


「痛みを感じることはなく、四肢が粉々になろうとも襲い掛かり続ける。さあ、我らの力の前にあなたはどれだけ――」


 ――理の権能パラレル・パラドックス:領域掌握・スペルブレイク。


 あまりにも話が長いため、アレンは出し抜けに前方へと左手を突き出すと、そのまま握り締めた。


 もちろんと言うべきか、その手には何の手応えもない。

 だが確実にとあるものを掴んで破壊しており……直後に、その結果が目の前に示される。

 アレンの周囲を囲んでいた数十という死人が一斉に地面へと倒れ伏し、さらにはそのまま土くれへと変わっていったのだ。


「…………は?」


 あまりに唐突過ぎる展開についてこれなかったのか、村長の口から間抜けな声が漏れた。

 その様子もまた、呆然としているようであり……しかしアレンには、律儀に村長が我に帰るのを待つ理由はない。


 というか、そもそもの話――


「ああ、そういえば、ごめん。一つ最も重要なことを言い忘れてたんだけどさ……今の僕は、酷く機嫌が悪い。容赦とかそういうのは、期待しない方がいいよ? まあ、色々な意味で手遅れなんだけど」


 ――剣の権能ワールド・エンド:一刀両断。


 果たして呆然としたまま最後を迎えた村長は……あの老人の姿をした悪魔は、最後に何かを考える事が出来たのだろうか。

 真っ二つに両断された死体を横目に、そんなことをふと思い、だが溜息と共にそれも押し流される。


 血払いをするように一度だけ剣を振るい、鞘に仕舞う。

 瞬間響いた澄んだ音が、少しだけ荒んだ心を慰めてくれたような気がした。


 何となく見上げた先には、当然ではあるが先ほど眺めたのと似たような光景が広がっている。

 そこに向かって、一つだけ息を落とし……そうして、アレンがこの村ですべきことは、色々な意味でようやく終わりを告げたのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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