薄闇の中の話し合い
「……叔父様? 一体、何を……」
一瞬、何を言われたのかが分からず、リーズは呆然と問い返していた。
王を、倒す?
それはつまり……父を――すということではないのか。
「そんなに驚くようなことか? 少なくとも、俺が王家を恨んでるってことはお前に伝えてたと思うが」
「それは……確かに、聞いてはいましたが……」
『あの日』、ベアトリスと分断されてしまった後で、自分が父に殺されるという話と共に聞いた話だ。
厳密にはその話を聞いてから父に殺されるという話をされ、その直後に魔物に襲われたのである。
話に夢中になっていたからか、普段のアルフレッドからは考えられないほど無防備にその魔物の強襲を受けてしまい……そして、身体を食い千切られた。
呆然と話を聞いてたリーズもまた、何も出来ずにアルフレッドの血を全身に浴びてしまい――
「っ……」
「いや、すまん。嫌なことを思い出させたか。だが俺は見ての通りだ。もう気にする必要はないんだぞ? そもそもアレは俺にだけ原因があったんだからな」
「いえ、ですが……」
「まあ、その話は後でいいか。それよりも、どうして俺がそんな提案をしたのか、ってことの方が気になるだろうしな」
「それは……はい、確かにそうですね……」
アルフレッドが王を倒そうとしているということは、まだいい。
何らかの理由があるんだろうと、納得は出来なくとも理解は出来る。
だがそれにリーズを誘うというのが、まるで意味不明であった。
「わたしはお父様を憎いと思ったこともありませんし、そんなことをする理由がありません」
「理由ならあるさ。さっきから言っているだろう? そうしなければお前は殺されてしまうんだから、それ以外にお前が生き残る方法はない」
「……叔父様の言葉とはいえ、とても信じられるものではありません。そもそも、どうしてお父様がわたし達を殺そうとするんですか?」
「……まあ、そうだろうな。お前がそう思うのも無理はない。これはそのぐらい、理不尽な話だからだ。お前は、お前達先天系ギフト保持者が一部で何と呼ばれてるか知ってるか?」
「一部での呼ばれ方、ですか? ……いえ、申し訳ありませんが。と言いますか、何か特別な呼ばれ方といったものが存在しているということそのものが初耳ですから」
そもそも、先天的にギフトを持っているという者の話自体が、ほとんど聞いた事がないのだ。
それに先天的だろうと後天的だろうと、ギフトというものを持っていることに変わりはない。
そのため、取得時期が違うというだけであって、両者に違いはほぼないと言われているし、別の呼び方をする意味などはないのである。
そのはず、なのだが――
「――神の操り人形。お前達は、そう呼ばれている」
「神の、操り人形、ですか?」
どう考えたところで、それは良い呼ばれ方ではなかった。
しかし、眉をひそめるよりも先にリーズが首を傾げたのは、そんな風に呼ばれる意味が分からなかったからだ。
一体何を思ってそんな呼び方をしているというのか。
「……まあ、そうだろうな。お前達は生まれた時からそうであるために、その自覚がない」
「あの、それはどういう意味でしょうか……?」
「ギフトというのは、神から与えられるものだ。ならば少なからずそこには、神の意思というものが含まれている。これに異論はないな?」
「そうですね……常識ですから」
ギフトが神から授かり、それが無作為ではない以上、そこに神の意思が含まれているというのは明らかだ。
とはいえ、だからどうしたという話でもある。
意思といったところで、それは啓示にも似た何かだ。
こういった方面が向いていると示してくれるだけで、それでどうなるわけでもない。
そういう意味では、ステータスと同じだ。
ステータスは確かに才能の方向を示してはくれるものの、それに従う必要はない。
やりたいことが他にあるのであれば、そうすればいいだけだからだ。
「まあ、そうだな。お前の意見は間違ってない。だが、正しくもない。あくまでもお前の意見は、王族……いや、精々が貴族の側に立った者の意見だからな」
「他の人達にとっては違う、ということでしょうか?」
「少なくとも一般市民からすれば、ギフトっていうのはもっと大きい。それこそ、将来に関わるほどにな。ギフトがあってもそれを活用しないなんて道は、一般市民にはないのさ。ま、とはいえそれは見方によっては本人達の責任だからな。そこに神が関わってるとまでは言わない。だが、お前達は別だ」
「別、ですか……?」
「ああ。それは、お前達のギフトを見れば分かるだろう? 他のギフトと比べて、お前達のギフトはあまりにも周囲に対する影響力が大きすぎる」
言われ、考えてみる。
だが首を傾げたのは、やはりそうとは思えなかったからだ。
確かに将軍のギフトに関してはそう言えるかもしれないが――
「将軍に関しては言うまでもないな? アレはほぼ自軍を勝利に導くためのギフトと言っても過言ではないほどだ。しかもあのギフトは、自分自身は疲弊しない、というのが一番まずい。やろうと思えば、この国は周囲の国全てを従えるどころか滅ぼすことすら出来るだろう」
「っ……そんなことは――」
「もちろん、するかどうかは別だが、それでもやろうと思えば出来るのは事実だ。そうだろう?」
それは確かに、否定出来ないことだ。
将軍のギフトであればそんなことも出来ただろう。
だからこそ、他国は下る以外の道を潰されてしまう前に、早々に友好の道を取ったのだ。
しかしそれを考えれば、やはり父が自分達を殺そうとするとは思えない。
それは逆に自らの国を危険に晒す行いだろう。
「まあ、判断するのは全てを聞いてからにしておけ。それで、大司教に関しても、言うまでもないだろう」
「そう、ですか? 確かに影響力は小さくはないでしょうが、祝福の儀を行うことが出来る人達は他にもいますよね?」
「そうだな。それだけならばその通りだろう。だがアレがいなければ、どうなると思う? 本来なら優秀なギフトを持っている者達が、揃って無能扱いされるんだぞ?」
「っ……」
言われて、そうだったと思い出す。
大司教はクラス5のギフトを唯一鑑定出来るのだ。
彼がいなければ、クラス5のギフトを持っているというのに、ギフトを授からなかったということになってしまう。
そうなれば、不当な扱いを受ける可能性だってある。
その実例をリーズは目の当たりにしているのだから、そんなことは有り得ないなどとは口が裂けても言えなかった。
「まあそういうわけで、アレもまた影響力は大きく、勇者に至っては人類全体に影響を与えるんだから大きいとか大きくないとか以前の問題だな」
「それほど、ですか?」
「本来人類では討伐不可能な龍まで倒すんだぞ? 人類に敵対する魔物を狩ることが出来る時点で、その影響は人類全体に及ぶと言っていいだろう。聖剣もあるしな」
聖剣と言われ、先日のことを思い出す。
確かにアレも、本来ならば勇者でもいなければどうにもならない類のものだ。
それをどうにか出来てしまうのだから、アレンの非常識さを再認識すると共に、ノエルもまたそこに片足を突っ込んでいると思い――
「あとは妖精王だが……これは推測に過ぎないものの、多分アレは精霊やそれを起源とする存在に対して影響力を発揮するんだろう。まあ、超一流の武器を作り出せるって時点で、十分影響力は大きいがな」
「妖精王……?」
それは聞き覚えのない名であった。
だがそれがノエルのことを意味しているのだということが分かったのは、彼女もまた先天系ギフトの所持者だからだ。
確認することの出来なかった一人とは彼女のことであり、あの街を訪れたのは実はその辺のことを確認するためだったのである。
ただ、彼女がそんな名で呼ばれたことは今まで一度もなかったはずであり、エルフであることと関係があるのだろうかと思ったものの、その疑問を口にすることは出来なかった。
それよりも先に、自分の名が告げられたからだ。
「そして、リーズ。聖女であるお前も同じだ」
「っ……どうして、それを……」
国が聖女を探しているというのは、確かにブラフだ。
王家はそのことを知っており、しかし他への影響力が分からないために、他の者達には漏らしていないはずである。
噂を流し、各地の村に行ったりしていたのは、それを確認するために行っていたことなのだ。
アルフレッドは確かにそのことを知る事が出来るような立場にはいたものの、あくまでもアルフレッドがいた時にその話があったならばである。
リーズが聖女としての力を得たのは、アルフレッドがいなくなった後だ。
リーズが聖女であると知ることなど、出来るわけがなかった。
いや、確かにアレンも何も言わずとも予測出来ていたようではあるが……。
「まあ、俺にも色々な情報網があるってことだ。それに、それはどうでもいいことだろう? 問題は、お前の影響力の大きさだ。ある意味ではお前が一番大きいんだからな」
「……そんなことはないと思うんですが」
影響力が不明とはいえ、それは主に錬金術師に対してのものだ。
ポーションを主な収入源としている彼らと敵対するのはよろしくないため、それを探るのが主だったのである。
他の人達のように人類への影響だとか、そんなものがあるとは思えなかった。
「……やはり分かっていなかったか。いいか? お前は、人類の誰もが成し遂げることの出来なかったことを出来る奇跡の存在だ。しかも他のやつらと違って、そんなことが出来るのは歴史上お前だけだ。お前がそれだと分かれば、その影響は計り知れない。それこそ、他の国のやつらは血眼になってお前を手に入れようとするだろうな。この国に戦争を吹っかけてまで、な」
大袈裟すぎると思ったが、アルフレッドの目はどこまでも真剣であった。
まさかとは思いつつも、反射的に息を呑む。
「……仮にそうだったとしたら、確かにお父様はわたしを殺そうとするかもしれませんね。この国にとって、わたしの存在は有害すぎる。ですが、他の人達はむしろ有益ではないかと思いますが?」
「いいや? 言っただろう? 影響力が大きすぎる。少なくともそれらは、一個人が持っていていいようなものじゃない。というか、この話の発端を忘れたか? お前達が何と呼ばれているんだと俺は言った? その上で、お前達全員の影響力が大きすぎるという事実を加えれば……さて、どうなる?」
「……まさか」
「そのまさかだ。お前達は、神に操られている。いや、その言い方は正しくないかもしれんが、少なくともお前達は神の意図する通りに動いているのだろうな。それ以外に、神が一個人にそんな強大な力を生まれつき与える理由があると思うか?」
リーズは、これまでの全てを自分の意思でやってきたつもりだ。
だが本当にそうかと言われてしまえば……それに自信をもって頷くことは出来ない。
特にリーズには、啓示もあるのだ。
神の意思が関わっていると言われれば、否定は出来なかった。
しかし。
「……啓示を受ける方は他にもいますし、それは全て人の不幸を防ぐためのものです。ならば、たとえわたし達がそうなのだとしても、同じことなのではないですか? 人の不幸を防ぐため、人が幸せになるためなのでしたら……少なくともわたしは、それでも構わないと思います」
「…………そうか。だが、お前がどう考えていようとも、そうは思わない人もいるぞ? あの人のようにな」
「……では、わたし達を殺そうとしている、というのは?」
「ああ。あの人はそれを気に入らない……いや、人類のためにはならないと思っているらしい。神の庇護下に置かれているんじゃなくて、それこそ神に操られているように思えるんだろうな。だから、お前達を殺すことにしたんだ。世界を神から人の手に取り返すために」
「……そんな」
「だが、だから俺は、いや、俺達はお前に提案するんだ。俺達と一緒に、あの人を倒そう、と」
そう言ったアルフレッドの目は、本当に真摯なものであった。
リーズは今の話を自分の頭の中で何度も繰り返し……そして――
「……ごめんなさい、叔父様」
「……そうか。やはり突然こんなことを言われても、信じるのは難しいか」
「いえ……それもないとは言いませんが、やはりわたしはお父様を信じていますから。たとえそれが事実なのだとしても、話し合えば分かってもらえるはずだと信じているんです。それに、叔父様が言ったことですよ? どんな時でも人を信じることこそが、最も大切なことだ、と」
「…………そうか。そういえば、そうだったな」
「はい。ですから――」
「――ならばまあ、仕方がないか」
瞬間、アルフレッドの声質が変わった。
いや、本当はそんなことはなかったのかもしれないが、少なくともリーズにはそう思えたのである。
薄闇の中にあるからだけではない、はっきりとした闇が、アルフレッドの瞳から感じられた。
「とはいえ、ある意味では予定通りではあるか。むしろ手間がかかわらないことを考えれば、こっちの方がよかったとも言えるな」
言葉と共に、澄んだ音がその場に響いた。
それは、アルフレッドが腰から剣を抜いた音だ。
頭上に掲げるように、そのまま振り上げられる。
「……え? 叔父、様……?」
突然のことに、リーズは呆然とした声しか出す事が出来ない。
どういうことなのか、まるで理解が追いつかず――
「ああ、心配するな。お前の遺体は、ちゃんと有効活用をしてやる。だから――安心して、死ね」
刃が、振り下ろされた。




