薄闇の中での再会
村は決して広いと言えるほどの大きさはなかったが、それでも夜の闇の中とでもなれば、隅々まで照らせるほど狭くもない。
特に今は、篝火があるのは村の中央付近だけだ。
そこから遠ざかるとなれば、必然的に闇に身を浸すも同然となる。
視界がほとんど利かない中、リーズは村の外れに立ち……そこには、既に先客がいた。
誰なのかを問う事がなかったのは、誰なのかは知っていたからである。
――否。
より正確に言うのであれば、予測が出来ていた、と言うべきか。
そこは薄闇の中にあったが、相手の姿を何となく捉えるぐらいならば可能だ。
特徴的な姿であることを考えれば、尚更である。
その人物は全身鎧を着込み、兜までを被っていた。
外見からではどんな人物なのかはまるで検討が付かず、だがそれでもリーズに予測が出来たのは、その鎧を見た事があるからだ。
銀色の全身鎧。
銀色というと、最近も耳にした誰かの字にも使われているものであるが……その色が、本当はもう一つの意味を持っていることを、リーズは知っていた。
そもそもかつてであれば、銀とは彼を意味する色だったのである。
そしてベアトリスが彼に憧れに似た感情を抱いていたことを、リーズは知っていた。
彼女が銀を纏うようになったのはアレ以来であるし、きっと彼に敬意を表す意味合いもあったのだろう。
だというのに、この鎧を見てもベアトリスが何の反応も返さなかったのは、ここにまで漂っているこの匂いのせいなのかもしれない。
ずっと思案に耽っていたリーズは、この匂いに思考を鈍くさせるような効果があることに気付き始めていた。
そのことをアレン達に伝えなかったのは、それよりも先にこの人物のことに気付いてしまったからだ。
それを伝えれば、きっと二人は警戒してリーズがこの人物と会う事を見逃しはしなかっただろう。
それはとても困ることであった。
だから、まずいかもしれないと頭のどこかで思ってはいても、リーズは何も告げることはなかったのである。
顔も分からない全身鎧の人物と、村の外れで二人きり。
中の人物が誰か予測出来ているとはいえ、多少は身の危険を感じるのが普通ではあるのだろうが、不思議とリーズはそういったものを感じることはなかった。
そして――
「……一人でこんな場所に来るなんて、あまり感心出来たことじゃないぞ?」
その声を聞いた瞬間、リーズは泣きたくなった。
様々なことが頭に浮かび、だが言葉にならずに消えていく。
結局笑みを浮かべることにしたのは、泣き顔よりも笑った顔の方が好きだと言われたことを思い出したからであった。
「……そうですね、確かに少し無用心だったかもしれません。ですが、お父様と会うのに警戒は必要なんですか?」
「……懐かしいな、その呼ばれ方。いつぶりだったか……」
言いながら、その兜がゆっくりと外されていく。
中から現れたのは、リーズと同じ銀色の髪。
その顔立ちは、最後に見たあの日から、何一つ変わっていない。
あの時と違いがあるとすれば、そこにあったのは苦笑であり、懐かしそうな目だということか。
アルフレッド・ベーヴェルシュタム。
予測していた通り、リーズの叔父で間違いなかった。
お父様と呼んだのは、ある種の冗談だ。
ただ、かつては本気でそう思っていたというのも事実である。
実の父と疎遠だったわけでなければ、冷たくされていたというわけでもない。
しかしリーズが生まれた時から父は王であり、王の責務を優先させなければならなかった。
結果的にとはいえ、リーズはあまり会うことは出来ず、代わりとばかりにちょくちょく会って優しくしてくれたのがアルフレッドだったのだ。
幼い頃のリーズには、父親が王だということの意味がよく理解出来ておらず、実際にアルフレッドのことをお父様と呼んだこともある。
その時は今浮かべているような苦笑と共に、自分は叔父だということを告げられたわけだが――
「そういや、俺がお父様って呼ばれたことをあの人に教えたら、随分と嘆いてたっけなぁ」
「そうなんですか? そういえば、お父様がよく会いに来てくださるようになったのは、アレ以来でしたね……」
「自分こそが本当の父親だと教えなければならないと張り切っていたから、そのせいだろうな」
「お父様らしいですね……」
そんなことをしているうちに、さすがにリーズも本当のことを理解していったわけだが、それでも時折冗談めいてアルフレッドのことをお父様と呼ぶ事があった。
父に抗議するためであったり、アルフレッドに懇願するためだったりと、理由は様々ではあったが……その時のことを思い出して、リーズもまた懐かしげに目を細める。
それから、『あの時』のことも思い出してしまい、唇を小さく噛む。
「……叔父様、色々とお聞きしたいことはあるのですが、一つだけ、どうしてもお聞きしたいことがあります」
「ああ、分かっているさ。どうしてお前があの人に殺されるのか、ということを知りたいんだろう? あの時はそれを伝えるだけで精一杯だったからな」
「はい。お父様がわたしを殺すとは思えない……いえ、そもそもそんなことをする意味があるとは思えないのですが……」
「意味はあるさ。そんな素振りはなかったと思うかもしれないが、あの人は王だぞ? 必要があると思えばいくらでも仮面を被る事が出来るし、実の娘を殺すことだって出来る」
「っ……それは……」
それは、否定出来ないことであった。
確かに、あの人は王らしい王だ。
それが国のためになると思えば、血を分けた自分の子供であろうとも容赦はすまい。
ただ――
「……それはそうかもしれませんが、理由がありません。わたしを殺したところで……」
「意味ならばあるのさ。お前が知らないだけでな。というか、心当たりはあるんじゃないか? 何故お前は、こんな場所に来ている? いや、来る事が出来た? そこにどんな理由があろうとも、王女が辺境の地に来るなんてことを、あの人が許すわけがない」
「……いえ、本来ならばそうであったかもしれませんが、今回は事情が事情でした。ですから――」
「あとは、こっちの方が重要なんだが……お前、ここに来る途中で、命を狙われたことがあるんじゃないか?」
「っ……!?」
こちらの言葉を被せるような言葉に、リーズは驚きに目を見張った。
確かにそのことは、リーズ達は予め予想していたことではあるが、それはリーズ達がリーズ達しか知らない事実を知っていたからである。
アルフレッドに分かるわけがない。
「どうして分かったって顔だな? まあそのことは後で話すとして……命を狙ってきた相手のことは分かってるのか?」
「いえ……分かってはいませんが……」
「百歩譲って、お前がこの地に来れたのはいいとしよう。だがそうなれば、お前の身の安全は確実に保証されるような形になるはずだ。最低でも騎士団の小隊ぐらいなら、余裕で護衛につくだろう。実際昔お前が外に出るときはいつもそうだっただろう?」
「それはそうですが……今回は極秘でしたから……」
「なら、別の形でお前の安全は保障されるはずだ。行き先を誰にも分からないように誤魔化すとかな。もちろん盗賊とかに襲われるのはどうしようもないが……そうだったのかどうかは、お前が一番よく分かってるんじゃないか?」
確かに、アレが確実に自分の命を狙っていたということは、リーズにも分かっている。
盗賊などでは有り得ないことも。
だが。
「お前を秘密裏に王都の外に出し、秘密裏に始末する。どうしてもお前じゃないと駄目だった任務を言い渡し、その途中だった、とか言えば完璧だな。あの人は誰にも疑われることなく、お前を殺す事が出来る。そうだろう?」
「それは、そう、かもしれませんが……いえ、あくまでもそれは、そう捉えることも出来る、というだけのことです」
「まあな。だがそこで、さっき後回しにしてた話が関わってくる。何故俺がお前の命が狙われたことを知っているのか……これは言ってしまえば、お前達の命が狙われる理由を知っているからだ」
「達、ですか……?」
そこで疑問の声を発したのは、ベアトリス達を含めた言葉ではないように思えたからだ。
もっとも別の……そう、それこそ、リーズ達しか知らないはずのあのことのことを言っているようにも――
「ああ、つまりは、お前達先天系ギフトの所持者ってことだな」
「っ……それは、どうして……!?」
先天系ギフトの所持者の命が狙われている。
それはリーズ達しか知らないはずのことであった。
正確にはそれは予想ではあるものの、将軍が殺された時点でほぼ確信していたことである。
将軍はリーズと同じ、生まれた時からギフトを授かっていた先天系ギフトの所持者だ。
そして先天系ギフトの所持者はこの国では確認出来ているだけで五人いる。
その命が狙われていると予想したのは、将軍が死ぬよりも前、ここ半年から一年ほど前から、将軍を含む全員がずっと誰かに見られているような感覚を覚えていたからだ。
厳密には、一人だけ確認を取る事が出来なかったのだが、四人が同じようなことを感じ、他には該当する人物がいなかった時点でほぼ間違いないと考えて間違いないだろう。
そうして将軍が殺されたとなれば、そのためのものだったのだと考えるのだ自然だ。
もちろんと言うべきか、父である王には相談済みである。
だがいくら調べても何も分かりはしなかったのだ。
リーズが王都を出たのには、それを確かめる意味もあった。
つまりは、自分を撒き餌にしたのである。
襲われたということはやはり予想は正しかったということであり……しかしそのことに確証を持てるのはリーズ達だけのはずだ。
「ま、何故それを知っているのかと言えば、お前の知らないことを俺が知ってるからなんだが……とりあえずはそれを教える前に、お前に一つ提案がある」
「提案、ですか?」
何を言われるのかが分からず、首を傾げる。
いや、それを言ったら、分からないことだらけではあるが。
何故生きているのか。
何故それを知らせてくれなかったのか。
何故こんな場所にいるのか。
しかし、そんな疑問をアルフレッドが理解していないわけがない。
その話をせずにこんな話をしているということは、きっとこの話がそこに繋がるということなのだろう。
だからリーズは、分からないながらもアルフレッドの話へと耳を傾け――
「ああ。俺と一緒に王国を――いや、王を、倒さないか?」
そんな言葉を、放ってきたのであった。




