元英雄、降霊際を眺める
降霊祭というのは、てっきり物真似大会なのかと思っていたが、どちらかと言えば仮装大会の方が近いらしい。
本格的に始まった祭りを前に、アレンはそんなことを思っていた。
「ふーむ……確かにこの姿を遠くから目にすれば、何か勘違いをするようなことがあってもおかしくはない、か?」
「まあ少なくとも、村の人達がそれを有り得るって思うようなことではあるよね」
「ああ、まさか全身鎧や兜まで用意する者がいるとはな。アレでは誰なのか分からない気もするが……皆が笑っているということは、何かそういうことをやった人がいた、ということか」
さすがにアレン達には何故面白いのかが分からないために一緒になって笑うことは出来ないが、色々と興味深くはあった。
夜の闇に包まれる中、死者への導でもあるという篝火に照らされ、薄ぼんやりとしか見えない村人達の笑い声が周囲に響く。
見方によっては不気味にも捉えられそうなものだが、その声が本当に楽しそうだからか不思議とそうは思えない。
「中々稀有な体験だな、これは。確かに残った甲斐があったというものだ。こんな祭りも世の中には存在しているとは……あの女性には後で礼を言っておいた方がいいかもしれんな」
「……まあ、そうだね。確かに、わざわざ残った意味はあったかな?」
言いながら、隣へと視線を向けた。
相変わらずリーズはずっと無言のままだが、その視線は祭りの光景へと向けられている。
だが注視しているというよりは、何処となくぼんやりしているようであり、それは気が抜けたようにも、あるいは落胆しているようにも見えた。
それからベアトリスへと視線を向けてみれば、ベアトリスもまたリーズのことを眺めていたが、その顔には痛ましそうなものが見えながらも、少なくない安堵も見て取れる。
まあ、この祭りを見て、本当に死者が一時的に蘇るなどと考える者はいまい。
リーズが落胆するのも、張り詰めたような雰囲気が薄れたリーズを見てベアトリスが安堵するのも当然のことだ。
そしてたとえそれが望んだ結果でなかったのだとしても、これを見ることでリーズの状態がマシになったのであれば、それは残った意味があったということになるだろう。
「……それにしても、死者と再会するなどという特異なことをするのだから何か特別なことをやるのかと思ったが、そんなことはなかったな」
「そうだね。祭りが始まる時も、村長が挨拶するだけだったし」
この世界では、死者というものはある種禁忌的な扱いを受けている。
死んだ人を粗末に扱うという意味ではなく、軽率に触れてはいけないものとなっている、といったところだろうか。
死者は死者として存在しているべきであり、それはもうこの世界の者とは別の者として捉えられているのだ。
死者と生者は決して交わってはならないとは、種族や地域関係なく根付いている、この世界の常識なのである。
ゆえに、ギフトに魔法とこの世界には様々な『力』が存在しているが、中でも死者蘇生は時間遡行と並んで禁断の行いとして扱われていた。
研究等をすることはもちろんのこと、場所によっては口に出すことすら禁じているようなところもある。
だというのに、この村でやられている祭りは、ある種の一時的な死者蘇生の儀式とも言えるものだ。
実際には違うのだとしても、そう見えるというだけで問題なのである。
辺境の地だからまだよかったものの、これが普通の村であったならば、見つかり次第住人ごと村が焼き払われていたかもしれない。
いや、あるいは、辺境の地にある村だからこそ、こんな祭りが行われているのかもしれないが。
「少し特異な点があるとすれば、この匂いぐらいか? とはいえ、匂いだけでは死者をどうこうは出来んだろうしな」
「さすがにね」
ベアトリスの言う通り、祭りの前と最中とで違いがあるとすれば、それは村中に漂っているこの匂いぐらいのものである。
だが、特に閉鎖されているわけでもない場所であることを考えれば、どれだけの手間がかかっているのだろうかと思うことはあれども、それだけだ。
そもそも、本当にただ匂いがあるというだけなのである。
そこから何らかの力を感じるようなこともなく、これで出来ることと言えば、精々が他の匂いを誤魔化すことぐらいだろう。
あるいは、ある種の酔いに近い感覚を得られたりもするかもしれないが、あってもその程度である。
これが何らかの儀式に関わっているとは思えなかった。
ちなみに、その匂いはアレン達も嗅いだことがあるものだ。
村長の家で嗅いだものと同じなのである。
しかし本当にそれだけであり――
「ところで、騎士としてはこういうのを放っておいてもいいの? さっき稀有な体験って言ったけど、本来はそれで済ませて良いようなものじゃない気もするけど」
「まあ確かにな。私も任務としてここに寄越されていたら、どうしていたかは分からん。だが今は任務は任務でもまったく別のことではあるし、この儀式が誰の迷惑になっているわけでもないからな。ならば、放っておいても構わんだろう」
「……まあ、そうだよね。むしろ僕達も含めて楽しませてるわけだしね」
「ああ。願わくば、これが良い気分転換になってくれればいいのだがな」
さて、それに関してはどうなることやら、などと思っていると、祭りの場に変化があった。
祭りの会場となっている場所は、村の広場だ。
その中央に一人の人物がいて、その周辺を村人達が囲んでいるというのが先ほどまでの光景であった。
その一人はその時々で変わり、銀色の全身鎧を着ていたり、変な仮面を被っていたりと、要するに死者である誰かだ。
そんな仮装のような状態で、さらには芸のようなものをして、それを皆で囃し立てたり笑いあったりする。
それが、先ほどまでの祭りだったのだ。
そんな村人達をアレン達はさらに外側から眺めていたのだが……気が付けば、中央にいる人が一人ではなくなっていたのである。
二人、三人、四人と増えていき、その全ては見覚えがあった。
先に芸を終え引っ込んでいった者達だ。
その者達全員……いや、ほぼ全員が中央に集まり、はてどうするのだろうかと思っていると……村人達がその者達の手を取り、踊り始めた。
「これは……ああなるほど。そういえば、この祭りは交流をするためのものだったか」
「だね。そういうことらしい。言ってみればさっきまでのは自己紹介だったってわけだ」
「ということは、ここからが本当の意味での本番、か」
そんなことを言っていると、踊っていた村人の中から一人外れこちらへとやってくる人がいた。
見覚えのあるその姿は、あの女性であった。
「どうだい、楽しんでくれてるかい?」
「ああ、十分にな。残っているよう助言をいただき、本当に感謝している」
「よしとくれよ、そんな大仰な言い方。さ、それよりも、さっきまではあんた達も何が面白いのか分からなかっただろうけど、これなら分かるだろ? あんた達もこっちに来て踊りなよ。適当でいいからさ」
「ふむ……私達が混ざったら邪魔にならないかね?」
「別にそんなの気にするやつなんていやしないよ。むしろあんたなんかは別嬪さんなんだから、村のすけべえ共が放っておかないだろうさ。ほら、見てみなよ。うちのロクデナシだって鼻の下伸ばしてこっち見てる。後で折檻だね、ありゃ」
「ははは、それは恐ろしい。やはり行かない方がいいのではないか?」
「なに、変なことしようと思ったらアタシ達が黙っちゃいないさ。ま、あんたがその気になってくれるんなら、アタシ達も歓迎するんだけどね」
なるほど、どうやら引き留めようとしたのは、そういう目的もあってのことらしい。
まあ、ただでさえ特殊な村なのだ。
村人を増やす機会があれば逃さないのは普通だろう。
それに乗る事があるかは、ともかくとして。
「ふむ……まあ確かに、こういうのは参加してこそ意味があるか。折角誘ってくれたのだしな」
「ま、そうだね。いつまでも見てるだけってのもアレだしね。リーズはどうする?」
返答はないかもしれない、とは思ったものの、ちゃんと返答はあった。
ただし。
「……いえ、すみませんが、わたしはここで見ているとします。あまり体調もよくありませんし」
「ん? 確かに、あんたあんまり顔色よくないね。無理せず休んだ方がいいんじゃないかい?」
「……はい、ありがとうございます。無理そうならそうしたいと思います」
「ああ、そうしときな。それで、あんた達はこっちに参加するってことでいいのかい?」
「まあ、リーズももう子供じゃありませんしね。それにこの村の中ならばリーズ一人でも安心でしょう?」
「確かに、ロクデナシ共はアタシ達が目を光らせてるから、何かしでかす心配もないか。分かった、じゃ行こうかね」
ベアトリスはリーズの様子を気にしているようではあったが、最終的には一人にしておいた方がいいと思ったのだろう。
後ろ髪を引かれるような顔をしながらも、歩き出した女性の後についていった。
アレンもまた、その後に続く。
しかしリーズへと視線すらも向けなかったのは、リーズの顔色が悪いのも、それが体調不良によるものではないのも、アレンは知っていたからである。
先ほどベアトリスが、図らずも口にしたことと同じだ。
誰の迷惑になっているわけでもないのであれば、放っておいても構わない。
そういうことである。
女性の後をついていきながら、アレンはふと星が散りばめられたような空を眺め、一つ息を吐き出したのであった。
アレン達が村人達がいる場所へと向かう姿を、リーズは一人眺めていた。
早速とばかりに踊りに誘われている二人の顔には、仕方ないとでも言いたげな苦笑が浮かんでいるが、それは楽しげでもある。
ベアトリスも何だかんだ言いながらもそれなりに楽しんでいるようで、遠目からでも、オイタをしようとした男性の腕を捻り、楽しげな笑みを浮かべているのが分かった。
それをよかったのと思うのと同時に、自分が置いていかれてしまったような、寂しさにも似た感情が沸き上がり、自嘲の笑みが浮かぶ。
「……わたしは勝手ですね、本当に」
二人に心配をかけて、それを分かっていながらもどうにかしようとせず。
そしてまた、心配をかけるような真似をしようとしている。
「……ごめんなさい。でも、どうしても……」
呟きながら、ゆっくりと立ち上がる。
もう一度だけ二人の姿を眺めるも、意を決したように視線を外すと、そのままリーズは夜の闇に紛れるように、村の外れへと姿を消すのであった。




