元英雄、周囲の探索をする
明けて翌日、村長の家を後にしたアレン達は、村の周辺を歩いていた。
噂に繋がるような何かがないかを確かめるためである。
「少なくとも、噂があったというのは事実だ。そして最近になって再び同じような噂を聞くようになった。ならば何か原因のようなものはあるはずだろう……たとえそれが、人々の注目を集めたいがための嘘であったとしても、な」
「まあそうだね。唐突に思いついたにしては突拍子もなさすぎるし、何かの切っ掛けみたいなのは少なくともあるだろうね」
話によれば、最初にその噂を耳にしたのは一年ほど前だそうだ。
そして噂はあくまでも、とある村の周辺でその姿を目撃した、というものである。
ならば周辺にその痕跡か何かがあると考えるのは自然なことだろう。
ちなみに他の村人にも少しだけ話を聞いてみたが、やはりと言うべきか特に手がかりらしいものを得ることは出来なかった。
そういうこともあって尚更村の周辺を歩いて調べたりしているわけだが――
「とはいえ、村の周辺に広がってるのは草原だけ、か。まあ散歩するには良い感じなんだけど」
「ああ。あとは畑か。さすがに畑に何かあるとは思えない……というか、畑を調べさせてくれと言ったところで確実に調べさせてはくれんだろうからな」
「まあ最悪村から追い出されるよね」
別に構わず敢行しようと思えば出来るものの、その価値があるかと言えば間違いなくないだろう。
どうせただ村人を怒らせるだけで終わるだけだ。
「ま、しかし、何もないというのならば、それを知るということにこそ意味はあるからな」
「まあね。原因はやっぱり中にある可能性が高いってことになるし。それと……」
敢えてその先は口にしなかったが、ベアトリスには言うまでもなかったようだ。
一瞬後方を眺めた後で、神妙な顔をして頷いた。
アレンもベアトリスにならうように後方に視線を向ければ、そこでは今日もまたリーズが俯きながら歩いている。
ただし昨日よりも落ち込んでいるように見えるのは、村長から何の手掛かりも得られなかったからだろう。
何だかんだ言っても、そこが最も可能性が高かったのは事実なのだ。
そんなリーズを見てベアトリスも何かを考えるような顔をしているのは、何となくではあるが察している。
リーズの様子を見る限りではリーズはまだ何かを隠しているようだが、どうやらベアトリスもそれは知らされていないようなのだ。
昨日はアレンは二人とは別々の部屋で寝たものの、二人は一緒だったはずである。
そこで話を聞こうとしないわけがなく……しかしこの様子では教えてもらえなかった、といったところか。
アレンも気にならないわけではないが、聞いたところで教えてはくれないだろうことは想像が付く。
リーズが話してくれるようになるのを気長に待つしかなかった。
ともあれ、今回の探索はそんなリーズの気分転換も兼ねているということだ。
正確には気分転換になればいい、といったところだが……さて。
そんなことを考えながら、アレン達は草原を進み行く。
周囲を見渡しながらではあるも、何かあればすぐに気付くような状況だ。
正直何かないかを探しているフリのようなものだが、それでも何もしないよりはマシだろう。
だがどれだけ進んだところで、やはり何処までも草原が続いているだけであった。
とりあえず一時間ほどは歩いてみたものの、変化の一つもない。
「んー……そろそろ戻ろうか?」
「……そうだな。これ以上歩いたところで同じだろうし、そろそろ周辺という場所でもあるまい。ここまで歩いて何もないということは、こちらは無関係だと考えて構わないだろうな」
探索というよりはただの散歩でしかなかったが……まあ、仕方のないことである。
半ば以上最初から分かりきっていたことではあるが、それを確認するのもまた大事なのだ。
決してのんびり出来てちょうどいいなどとは思っていない。
その場で反転すると、アレン達は今来た道を戻り始めた。
「……それにしても、ここまで本当に何もないというのは、さすがに少し予想外だったな。まさか魔物にすら遭遇しないとは」
「……そうだね。そういった場所に村を作ったんだろうとはいえ、痕跡すら見つからなかったからね。つまりはこの近くに寄り付きすらしていないってことだし」
「安全で長閑な村、か……アレン殿が望んでいるのは、ああいった場所なのか?」
「ん? んー……そうだね、近いと言えば近い、かな?」
「ほぅ? あの村ならば平穏に暮らせそうな気がしたが……何か不満でもあるのか?」
「一つだけね。それだけは、どうしても見過ごせそうにないし」
「ふむ……アレン殿がそこまで言うようなことがあの村にあったか?」
「ま、それは秘密ってことで」
そんなことを話しながら村へと戻り、そこから方向を変えて探索再開。
この調子では歩いていても意味はなさそうだと悟ったため、預けていた馬車に乗ったものの、結局やったことは同じだ。
違ったのは自分の足で歩いていないというだけであり、周囲を眺め、何もないのを確認しつつ雑談を交わし……そんなことを繰り返すこと、三度。
日が沈み始めた村に戻って来たアレン達の顔に浮かんでいる辛気臭い顔が、ある意味での今回の探索での成果であった。
「おや、あんた達。どうだったんだい……ってのは、聞くまでもなさそうだね」
と、そんなアレン達に声をかけてきたのは、この村に来た時に村長の家へと案内してくれたあの女性であった。
快活な笑みが不思議とこちらの心を癒してくれるようで、アレンは思わず苦笑を浮かべる。
「ええ、まあ、見ての通りですね」
「そうかい、それは残念だったねえ……。それで、どうするんだい? 明日もまた続けるのかね?」
「んー……どうしようか迷ってる、といったところですかね」
「そうだな……また村長殿の世話になるのも迷惑だろうし、このまま帰るべきかもしれんな」
「おや、そうなのかい? それは勿体無いねえ」
「勿体無い、ですか……?」
確かにこのまま帰ったら、ここまで来た時間も含めて全てが無駄になってしまうだろうが、そういう意味で言っているのではなさそうだった。
どちらかと言えば、惜しい、とでも言っているような感じであり――
「ああ。明日はちょうど降霊祭だからね。まあ、所詮こんな村でやることだから、残ってまで見る価値があるものだとまでは言えないけどねえ」
「降霊祭……?」
それは始めて聞くものであった。
ベアトリスに視線を向けるも、首を横に振ったあたり知らないようだ。
「おや、知らないのかい? っと思ったけど、そういやアレはここ独自のものだったね。やだねえ、アタシも始めて聞いた時は驚いたってのに、すっかり忘れちまってたよ」
「それで、降霊祭とはどういうものなんですか?」
「ああ。降霊祭ってのは、死んじまった誰かに会える祭りのことさ」
「――死んでしまった人に会える、ですか……?」
その言葉に、リーズが反応した。
今まで人形のようにずっと俯いているだけだったリーズが喋ったことが意外だったのか、女性は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに元の快活な笑みに戻る。
「ま、正確には、そう言われてる祭りってだけだけどね。年に一度、死んじまったやつらはこの世に降りて来る。そんなやつらと交流する祭りだから、降霊祭ってわけさ」
「そう、ですか……実際に会えるというわけではないんですね」
「でもそれがどうして勿体無い、ということになるんですか?」
「ああ、確かに今の話を聞いただけじゃピンと来ないかもしれないねえ。まあでもちょっとその祭りの内容ってのが変わっててね。交流するための祭りだから、村の連中が二つに分かれるのさ。あの世から降りてくる側と、それを出迎える側に、ね。しかも降りてくる側はそれっぽい準備をしてくるから、中々愉快なことになるよ」
詳しく話を聞いてみると、どうやら一種の物真似大会のような感じになるらしい。
降りてくる側は、故人を真似た格好と言動をする決まりとなっており、誰なのか分からなければブーイングが、分かれば笑いが飛び交うとの話だ。
下手をすれば湿っぽくなってしまいそうだが、そうならないように気をつけるのもまた決まりなのだとか。
「あくまでも村人達が楽しむための祭り、ということか」
「最初は違ったのかもしれないけどね。少なくともアタシがここに来た時はそんな祭りになってたよ。っと、そうだ、もしかしたら、あんた達の言ってたことはこれなのかもしれないねえ」
「え、どういうことですか?」
「故人を模すって言っただろ? 本当に格好とかも真似ようとするんだけど……中には体型とかの問題で似ても似つかない姿になることがあるからね。時折こっそりと村の連中が練習してることもあるし、そういうのを見れば、行方不明になったような誰かがこの村の近くにいた、みたいな話になるかもしれないよ?」
「ううむ……それは有り得る……のかもしれないが……」
「ま、どうせただのババアの思い付きさ。気にしないどいてくれよ。ま、そういうわけで、村のことを知らないあんた達にはちょっと分かりづらいこともあるかもしれないけど、楽しいってのは分かると思うからね。よければ見といてやってくれよ」
それだけを言い残し、女性は去っていった。
残されたアレン達は、思わず顔を見合わせる。
「どうする?」
「そうだな……確かにここまで来たらあと一日ぐらい残っていても違いはないだろうが……」
「……残りましょう」
結論を出したのは、意外なことにリーズであった。
そもそも話に加わってきたのが意外であり――
「残って、その祭りを見せてもらいましょう。折角誘っていただきましたし……それに」
もしかしたら、本当に死んだ人に会えるかもしれない。
口には出さなかったものの、リーズがそんなことを思っているのは明らかであった。
ベアトリスから視線が向けられ、アレンは肩をすくめる。
そういうことならば、否やはなかった。
そういったわけで、アレン達はもう一日をこの村で過ごすことを決めたのであった。




