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村長との話し合い

 扉をノックすると、中からは即座に反応があった。


 少々早すぎるのではないかと一瞬ベアトリスは思ったものの、考えてみたらここまで馬車で移動してきたのである。

 村の中なのでほぼ歩くのと同じぐらいの速度しか出ていなくはあったが、どうしたってある程度の音は響く。

 それが自分の家の前で止まったのだから、ある程度は察して当然なのかもしれない。


 ともあれ、そうして開かれた扉から姿を見せたのは、一人の老人であった。

 髪は白く染まり、顔は皺だらけではあるが、意外なほどに姿勢はしっかりとしている。

 その顔に人の良さげな笑みを浮かべながら、老人はベアトリス達を出迎えてくれた。


「おやおや、誰が来たのかと思えば……こんな老いぼれの家に、若い人たちが何の用ですかの?」


 老人の言葉に、ベアトリスとアレンは一瞬目配せを交わし……口を開いたのは、ベアトリスであった。


 家の中に他の人の気配は感じられないため、普通に考えればこの老人が村長ということになる。

 そして先ほどの女性はああ言っていたものの、この老人が便宜的にだろうともこの村の中で最も偉い人物なのは確かなのだ。


 となればこちらも相応の人物が対応すべきであり、だがこちらの中で最も身分が高いリーズは御者台からは素直に降りたが、それからは再び俯き続けている。

 さすがにこの様子では対応を任せることなど出来ず、公的な身分が存在しないアレンは少し厳しいだろう。

 場所が場所なため気にする必要はないのかもしれないし、自分達のことを先導している人物は誰かと問われればベアトリスは間違いなくアレンと言うだろうが、ここは敢えてそういったことにこだわる必要はない。


 そういうわけでベアトリスが対応することになった、というわけであった。


「突然の訪問で申し訳ありませんが、貴殿にお聞きしたいことがありこうして訪問した次第です。よろしければ我々の話を聞いていただけますとありがたいのですが……」

「ふうむ……聞きたいこと、のぅ」

「はい。迷惑は承知の上ですが……」

「いやいや、見ての通り老い先短い老いぼれですからの。暇を持て余していましたし、こんな老いぼれでよければ喜んであなた方のお役に立ちましょうぞ。もっとも問題があるとすれば、この老いぼれの話があなた方のお役に立てるかどうか、というところですがの」

「ご謙遜を。そもそも老い先短いなど、まだまだこれからでしょうに。しかし、そう言っていただけた、ということは……」

「ええ、お聞かせ願いますかの、あなた方の話を。とはいえ、ここでは何ですからな、どうぞお上がりくだされ」


 そう言ってこちらに背を向け、歩き出した老人のことを視線で追いながら、再度アレンと目配せを交わし合う。

 正直あまりにもトントン拍子に話が進んでいるというか、こちらに都合が良すぎるような気もするものの、とりあえずは話を聞いてもらわないことには始まるまい。

 一つ頷き合うと、老人の背を追って歩き出した。


 そうして案内された先は、居間のような場所であった。

 意外にも、と言ってしまうと失礼ではあるが、それでも外から比べると中はしっかりとしており、調度品なども置かれているようだ。

 示されたソファーに座れば身体が軽く沈みこみ、なるほどやはり一応は権力者なのだなということを再認識させられる。


 だがそれよりも気になったのは、部屋に充満している匂いであった。

 それ自体は特に嫌な感じがするようなものではないのだが――


「これは……何かを焚いていたりするのですか?」

「ああ、気になりますかの? すみませんな、ワシの好きな香りでして、この香りが満ちているととても安心出来るのです。ああそれと、改まった口調は不要ですぞ? こんな老いぼれ相手に畏まる必要などありませんからの」

「そんなことはないと思いますが……」

「いえいえ、ワシがそうして欲しいのです。老い先短い老人の戯言を聞き入れてはいただけませんかの?」


 そう言われてしまったら受け入れざるを得ないし、何よりも実際のところその方が楽ではある。

 頷けば、老人はさらに相好を崩した。


「っと、申し訳ありませんの。これから話をしようというのに飲み物も用意しないで。ちょっと待っていただけますかの?」

「ああ、いや、時間も時間だし、長居をするつもりはない。長話をするつもりもないから、気にしないでくれ」

「ふむ、そうですかの……分かりました。では、早速ですが聞きたいこととやらを聞くといますかの」


 そうして聞く体勢を取った老人に、ベアトリス達は先ほどの女性に言ったこととほぼ同じ事を話した。


 行方不明になっているリーズの叔父の姿をこの村の近くで見たという噂話を聞いたということ。

 その叔父が行方不明になったのは五年近く前だということ。


 ついでに、先ほど女性には話さなかったが、つい最近もそういった話を聞いたことと、その人物の名がアルフレッドだということもだ。


「ふうむ、アルフレッド、ですか……年の頃はどれぐらいですかの?」

「そうだな……確か三十ぐらいだったか?」

「……生きているのでしたら、今年で二十八のはずです」

「リーズ様……?」


 ここに至っても何の反応も見せなかったリーズが突然反応したことに、ベアトリスは驚きの声を漏らした。

 こうなったら、もう何か決定的な情報でも得られないと反応しないのではないかとまで思っていたのだが、俯いていた顔は上げられ、真っ直ぐに老人へと向けられている。


「お願いします、どんな話でもいいんです……何か知っていましたら、教えていただけませんか……!?」


 その声を聞くだけで、リーズの切実な想いが伝わってくるようであった。


 ただ、正直ベアトリスがそこに覚えたのは意外さだ。

 リーズがどれほど思い悩んでいたのかを一番よく知っているのは、おそらくはベアトリスである。


 傍でずっと見てきたのだ。

 知らないわけがない。

 だがそれにしても、切実過ぎる(・・・)気がしたのだ。


 目の前で失ってしまった、救えなかった命。

 それがたとえ父親同然に思っていた叔父であり、万が一にも生きている可能性があるのだとしても、果たしてこれほどまでになるものだろうか。

 やはり(・・・)それ以外の何かがあるということなのかもしれない。


 実のところベアトリスは、アルフレッドが崖下へと転落していってしまったという場面を目にしてはいなかった。

 いや、それどころか、アルフレッドが魔物に下半身を食い千切られたという場面すらも見てはいない。

 近衛としては失格も同然なのだが、魔物と戦っている最中にリーズと分断させられてしまったのである。


 それでも数名の騎士はリーズの近くに残っていたし、何よりもアルフレッドがいた。

 アルフレッドは当時第一騎士団の副団長ではあったが、実力では団長にも引けを取らないとまで言われていたのである。

 そんなアルフレッドがやられるなどと思えるはずがなく……しかし結果は、知っての通りだ。


 ベアトリスが何とか合流した時には、全てが終わった後であり、そこには血塗れで(・・・・)呆然としているリーズがいた。

 その姿を見た時には物凄く焦ったものの、リーズ本人には傷一つなかった。

 話を聞くに、アルフレッドはリーズを庇う形で下半身を食い千切られてしまったらしく、リーズが血塗れになってしまったのはそのせいらしい。


 そしてリーズを庇ったとはいえ、アルフレッドにそんなことを出来る魔物がその場にいなかったのは、アルフレッドが必死で抵抗したからだ。

 その結果として足場が崩れ諸共に崖下へと転落してしまったが……おそらくはそれがなければリーズ達は殺されていただろう。

 リーズ達が生き延びることが出来たのは確実に彼のおかげなのだ。


 ともあれ、そういったわけでベアトリスは本当の意味で全てを知っているわけではなく……実のところ、そのことで気になっていることがあった。

 その後のリーズの落ち込みようが、過剰だった気がしたのだ。


 しかも、その時リーズの傍に残っていた騎士達に話を聞いてみると若干話に食い違いがあったのである。

 それは些細と言えば些細なことではあり、たとえば魔物に食い千切られる瞬間、アルフレッドは咄嗟にリーズを突き飛ばしたと言う者がいれば、咄嗟に後ろに庇ったという者もおり、どうにもアルフレッドが食い千切られてから崖下に転落するまでの間の話にほんの少しだけ違いがあったのだ。


 とはいえ、彼らは近衛でこそないもののベアトリスとはそれなりに知った仲であり、割と気心の知れた連中である。

 彼らが嘘を吐く理由はなく、あのアルフレッドがやられてしまうという衝撃的な状況だったのだ。

 多少の記憶違いぐらいはあるかもしれず、それにリーズはリーズでその時はちょうどアレンと会えなくなってしまった時期でもあった。

 そういったことが重なった結果なのではないかと思い、その時は一応納得したのだが……この分ではやはりベアトリスの知らない何かがあった、ということなのかもしれない。


 だがとりあえず今は、それを追求すべき時ではない。

 リーズの様子が気になりつつも老人へと意識を向ければ、老人は難しい顔をしていた。


「ふうむ……そうですな、教えて差し上げたいのは山々なのですが……さすがに心当たりもないことは教えられませんからの……」

「そう、ですか……」

「……別にアルフレッド殿に関することに限定する必要はない。他にも何か、行方不明となった者の姿が近隣で見つかったとか、そういう話はないのか?」

「うーむ…………生憎と、ですが、そういった話も聞いたことはありませんのぅ。そもそもご覧にもなったとは思いますが、ここはただの寂れた村ですからの。そういったことがあれば自然と耳に入ると思うのですが……」

「そうか……」


 元々それほど期待していなかったとはいえ、やはり何も分からないとなれば、多少の落胆をしてしまう。

 つい吐き出しそうになってしまった溜息を飲み込み、そこでふと気付いた。


 そういえば、先ほどからアレンが一言も喋ってはいないのだ。


「アレン殿からは何かないか?」

「ん? 僕? んー……特にはない、かな」

「ふむ……まあ、確かに今ので分からないとなれば、これ以上聞けるようなこともない、か」

「申し訳ありませんの……わざわざ来ていただいたというのに、何のお役にも立てず」

「いや……こればかりはどうしようもないからな」


 見るからにリーズは落ち込んでしまっていたが、本当にこれはどうしようもないことだ。

 ではあの噂はどこから来たのだろうか、とは思うものの、それをこの老人に言ったところで分かることではないだろう。


「お詫びに、というわけではありませんが、本日はこの家に泊まられては如何ですかの?」

「……いいのか?」

「ええ、見ての通り老いぼれ一人で住むには少々広い家ですからの。あなた方を泊めるぐらいならば可能ですし、不快にはさせないかと思いますぞ? それに、もう日も沈みます。こんな村ですから旅人を泊めるような場所はありませんから、遠慮なく泊まっていってくだされ」


 それは確かに、ありがたい話ではあった。

 ここまでそうしてきたように、最悪野宿すればいいことではあるが、暖かい場所で眠ることが出来るのならばそれに越したことはないのだ。


 リーズは落ち込んでしまったまま反応がまたなくなってしまったが、アレンに視線を向けてみれば頷きが返された。

 ならば――


「……では、お願いしてもいいだろうか?」

「ええ、もちろんですとも。一人寂しくしていたところですし、歓迎いたしますぞ」


 笑みを浮かべた老人に、ベアトリスもまた笑みを返す。


 色々と考えなければならないことはあり、これからどうするのかも話し合う必要はあるが……何をするにしても、まずは疲れを癒してからか。

 何だかんだで疲れは溜まっている。


 それを考えれば、ここに泊めてもらえるのは本当にありがたいことだ。

 それだけでもここに来た意味はあったと言えるだろう。


 そんなことを考えながらも、さてどうしたものか、などと思いつつ、ベアトリスは小さく息を吐き出すのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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