元英雄、穏やかな雰囲気の村に辿り着く
辿り着いた村は、アキラと出会ったあの村と似たような雰囲気の場所であった。
あそこは少々特殊ではあったが、やはり辺境の地にある村というのはこういう場所だということなのだろう。
しかしあの村がやはり特殊だったのだということは、村を進んでみて改めて分かったことであった。
外には畑なども見られたが、とうに今日の分の仕事は終わったということなのだろう。
そこには誰の姿もなく、決して多いとは言えない家々からは、夕食が近いか、あるいはまさにその最中なのだろうということが窺える湯気が上がっている。
そして村の中には幾人かの村人の姿があったのだが、その村人達から向けられた視線がまさにあの村との違いであった。
彼らはアレン達の姿を……というか、馬車を見ると一様に驚き、だがそれだけだったのだ。
物珍しげな視線こそ向けてきたものの、そこに拒絶の色合いを見ることはなかった。
まあそんなものは村どころか人によっても違うと言ってしまえばそれまでなのだが、本当に彼らの様子は穏やかなのだ。
辺境の村と言えばやはりこういった雰囲気でなければ、などと勝手に思いながら、周囲を眺める。
だが生憎と今回のアレン達は、移住先を探しに来たわけではないのだ。
「さて、と……とりあえず、どうしようか? 誰かに話を聞くのが一番なんだろうけど……」
「ふむ……まあこういう場合は、情報を最も持っていそうな者……こういった場所の場合は村長などに話を聞きに行くのがセオリーではあるが……」
「村長の家か……どれだと思う?」
「正直なところ、分からない、というのが本音だな」
「だよね」
同意を示しながら、苦笑を浮かべる。
以前に行ったあの村は、見るからに立派な家があったために誰に聞くまでもなく村長だろう家の場所が分かった。
しかしどうやらこの村にはそういった差異はないようなのだ。
というか、下手をすれば村長などというものはいないという可能性もある。
ここに来る前にいたあの街のことを考えれば分かりやすいが、意外と長という立場の者はいなくとも何とかなるのだ。
さすがにまとめ役がいる必要はあるが、要するにそれは何かで揉めた時にその仲裁役や決定権を持つ者がいればいいということである。
必ずしもその者が人々の上に立っている必要はないのだ。
とはいえ、そこで困ることがなかったのは、あの村とは違いここは誰かに聞けばそのあたりのことを教えてくれそうな雰囲気があったからである。
困った時は誰かに頼る。
それは当然のことであり――
「そこの立派な馬車に乗った方々。何か困っているように見えるんだけど、どうかしたのかい?」
と、どうやら幸いなことに、こちらから声をかける必要はなさそうであった。
聞こえた声に視線を向ければ、そこにいたのは人の良さそうな恰幅のいい女性だ。
「あ、はい。実は少々お聞きしたいことがありまして……出来れば村長か、この周辺のことに詳しい方の家を教えていただけませんか?」
「おや、こんな辺鄙なところでわざわざ調べものかい? 物好きな人達もいたものだねえ」
「確かに辺鄙と言えば辺鄙ではありますけど、僕は結構良いところだと思いますけどね」
「そうかい? そう言ってくれると嬉しいけど、本当に何もない場所だよ?」
「だが貴方は好んでここにいるのだろう? 貴方と同じように、私達もここに価値を見い出したというわけさ」
「そうだね。こんな綺麗なお姉さんがいる場所だってことを考えれば、きっと僕達が知らないような魅力がまだまだあるんだろうしね」
「おやおや、やめとくれよ、こんなババア捕まえてそんなこと。だけどまあ、世辞と分かっててもそんなこと言われちゃ、何でも教えてやろうって気になっちまうね。それで、何だって? 村長の家に行きたいのかい? ならアタシが案内してやるよ。どうせすぐそこだしね」
そのありがたい申し出を断る理由はなく、アレン達は女性の案内に従い先に進んでいくことになった。
もっともそうは言っても、本当にすぐそこらしいが――
「ところで、その娘さんはどうかしたのかい? さっきから一言も喋っちゃいないけど」
「あー、いえ……」
何と言ったものかと思いながら、視線を真横に向ける。
村に辿り着くまではジッと村のことを見つめていたリーズは、村に入るなり俯いたまま微動だにしていなかった。
その横顔を見るに、何かずっと考え事でもしているのだろうことは分かるものの、喋っていないということだけは共通した事実だ。
傍から見れば何かあったのだろうと思うのも当然だろう。
その疑問に答える必要があるのかと言えば、もちろんない。
だが特に隠すようなことでもなく、また都合もよかった。
一応ベアトリスと目配せをし合い、言っても問題ないだろうということを確認した上で、アレンは口を開いた。
「実は先ほども言いました、お聞きしたいことというのに、彼女が関わっているんです。行方不明になってしまった彼女の叔父の姿をこの村の近くで見たという話を聞いて、いても立ってもいられなくなってしまってここまで来てしまった、という次第なのですが……何か知っていたりしませんか?」
「はー、なるほどねえ。でも、叔父、ねえ……この村に住んでるのは昔からの知り合いばっかりだからねえ。そういったことは聞いた事がないんだけど……ちなみに、その叔父ってのが行方不明になったのはいつ頃なんだい?」
「そうだな……五年近く前だ」
「となれば、アタシが力になれることはなさそうだね。確かに余所から来たやつもいるけど、それでも十年は前だからね。少なくともこの村に住んでいるやつじゃないんだろうよ」
「そうですか……」
まあ、さすがにまさか村に堂々と住んでいると思ってはいなかったので、予想通りではある。
だからこそ、村の人達に聞くのではなく、真っ先に村長や周囲の情報に詳しそうな人の場所を求めたのだ。
「それにしても、五年も前のことだってのにこんな場所にわざわざ自分で来たり、そんなにまでなるってことは、余程仲が良かったんだねえ」
「そうだな……周囲の者に本当の親子のようだなどと言われるぐらいだったからな」
「そりゃ羨ましい話だねえ……っと、着いたよ。ここが村長の家さ」
「ここが……ですか?」
その家を眺め、アレンが戸惑ったような声を上げたのは、本当に普通の家にしか見えなかったからだ。
周囲と何も変わらないどころか、むしろ若干みすぼらしいようにすら見える。
案内されていなかったら、本当にここでいいのかと悩んでしまったかもしれない。
「ま、確かにぼろっちい家だけど、そもそも村長とか言ったところでこの村に一番古くから住んでるってだけだからね。形ばかりの村長ってやつさ」
「なるほど……」
先に述べたように、こういった場所ならばそういうことも珍しくはない。
それでも実際に目にしてしまうとなると驚いてしまうわけだが……ともあれそういったわけであれば納得だ。
「わざわざ本当にありがとうございました。助かりました」
「なーに、大したことなんざしてないし、家に帰ったところでどうせうちのロクデナシが早く飯にしろってうるさいだけだからね。この村には若い子はいないから、たまに若い子と話せてアタシが得したぐらいだよ。じゃ、頑張ってね」
そんなことを言うと、女性はあっさりと去っていってしまった。
恩着せがましくするのでなければ、対価を要求するのでもない。
善意で何かをするのは当然とでも言うような、そんな態度であった。
「……良き御仁だったな」
「うん。そんな人がいるんだから、やっぱりここは良い村なんだろうね」
そんなことを言いながら、グルリとその場を一周見渡した後で、村長の家へと視線を向ける。
そうして、さてどうなるやらと思いつつ、アレン達はそこへと向かうのであった。




