元英雄、少しだけ先のことを憂う
「それじゃ、明日取りに来てちょうだい。何事もなければ朝には渡せるはずよ」
街に戻って来たアレン達は、早速次に向けての行動を開始した。
とは言ってもアレンに出来ることはなく、やるのはノエルだけなのではあるが。
剣の改善点に関しては、アレンがアレと相対してみて感じたことと、全知で『視』た情報を元に算出し、戻ってくるまでの間に伝えている。
結局元とすることになったのは、三本の中で最もアレンが使っていた剣に近しいものだ。
僅かな差異ではあったものの、現物を参考にしたからかそれが最もアレンの手に馴染んだのである。
正直気にしなければ気にならない程度のものだが、あのレベルのものと戦うには最善を尽くしすぎるということはない。
アレンは権能を持ってはいるが、所詮は生身の人間なのだ。
アレンが『視』たところ、『アレ』のレベルは40と、そこだけを見ればあの龍よりも下ではあるが、そこまでいってしまえばもう誤差である。
油断出来ないことに変わりはない。
ともあれ、そういったわけでノエルにはしっかりと情報を伝え、だがとりあえずアレンに出来るのはそこまでだ。
あとは剣が出来上がらなければやれることはなく、では解散となったところでノエルから放たれた言葉が先ほどのものであったわけだが――
「確かに早ければ早いほどいいだろうけど……大丈夫? 大分色々と細かい注文つけちゃったけど」
「別に問題はないわ。むしろその方が楽なぐらいよ。決まっていなければこちらで考えながら調整する必要があるけれど、細部まで決まっているのならばその通りに打つだけだもの」
それは言うほど簡単なことではないはずだが、それだけノエルは自分の腕に自信があるということか。
そしてそれを疑う要素はない。
十日かけたとはいえ、ノエルはアレンの想像以上のものを仕上げてきたのだ。
正直なところアレンは、ここまでのものが出来上がるとは思ってもいなかったのである。
ノエルの打った剣は確かに一流のものではあったが、超一流に迫るほどではなかった。
それが僅か十日でこれほどのものを作ってくるのだ。
その腕、その熱意を認めないなど、それこそが有り得ないだろう。
「そっか……ま、ノエルが大丈夫だって言うんならこっちから言うことは特にないかな。まさかそこまで言っておきながら、明日になったら出来ませんでしたとか言いだしたりはしないだろうしね」
「言ってくれるわね。もちろんその期待は裏切らないわよ?」
そう言って勝気な笑みを見せるノエルに、アレンは肩をすくめる。
それじゃまた明日と告げ、その場から立ち去った。
しかしそうして立ち去ったものも、先ほども述べたようにアレンに出来ることは何もない。
さてどうしたものかと考え――
「あれ?」
「あっ……」
「おや」
街中を歩いている最中、ばったりとリーズ達と出会った。
互いに驚愕の表情を浮かべて見詰め合った後で、ふと苦笑を浮かべ合う。
「奇遇だね」
「ですね。アレン君は試し切りの帰りですか?」
「ある意味ではそうだけど、ある意味では違うかな」
「ふむ? どことなく意味深だが……もしや森の奥にでも行って、そこにいるという何かと遭遇でもしてきたか?」
別に隠すつもりはなかったが、まさか一発で当てられてしまうとも思わずに、反射的に顔の表面に驚きが浮かぶ。
すると何が面白かったのか、リーズ達は顔を見合わせると小さく笑い合った。
「え、っと、なに? そんな変な顔でもしてた?」
「いえ……実はつい今しがた二人でその話をしていたんです。アレン君のことですから、試し切りだけでは終わらなそうですね、と」
「ああ。それで、どこまでやらかすのだろうか、ということを言い合い、まさか森の奥にまで行くようなことはないだろうな、などと言っていたところでちょうど貴殿が現れたのだが……何と言うか、相変わらずさすがだよ」
「何がさすがなのかはよく分からない……っていうのは一先ず置いておくとして、なんか僕かなり失礼なこと言われてない? 特にやらかす、とかいうあたりのところ」
「気のせいじゃないですか?」
「そうだな。私達の身分を忘れたか? 仮にも友人相手に、失礼なことなど口にするはずがないだろう?」
「仮にとか言ってる時点で語るに落ちてる気がするけど?」
そんなことを言い合って見つめ合い、ほぼ同時にぷっと吹き出す。
「はは……とりあえずは、ここで立ちながらするような話ではないな」
「だね。二人はこれから聞き込みの続き?」
「いえ、そろそろ戻ろうかと話していたところです。それでアレン君達はどうしているんでしょうか、といったところから先ほどの話に繋がったので」
「なるほど……ところで、ノエルのことは聞かなくてもいいの? 本当に大丈夫だったのか、とか」
「本人がそう言っていましたし……何よりも、アレン君が一緒でしたから。実はそれほど心配はしていませんでした」
「さよけ。まあとりあえず、そういうことなら一緒に戻ろうか」
そうして共に宿への道を歩きながら、互いに分かれてからあったことを話していく。
とはいえ、リーズ達の方は相変わらず手掛かりが見つかる気配すらないとのことだが――
「手掛かりに関しては相変わらずですが、わたしとしては街の雰囲気が気になりました」
「街の雰囲気?」
「ああ。確かに私も気になったな……私達が来た時よりも、明らかに活気が少なくなっているからな。森の件の影響は思っていた以上に大きいのかもしれん」
「ふーむ、そっか……まあでも、それに関してはもうあんま気にしないでいいと思うけどね」
「そういえば、アレン君は森の奥に行ったんですよね? ……もしかしてですが、もう原因を倒してしまった、とかいうことでしょうか?」
「いや、あとで詳しいことは話すけど、どうもその魔物は超一流の武器を使わないと倒せないみたいでね。生憎とノエルの作った剣じゃそこまでに至ってなかったから一旦引き返してきたってわけ」
「それはまたでたらめな存在だな。そんなものがいるなど聞いた事がないが……うん? いや、以前何処かで似たような話を……?」
「…………アレン君」
首を捻るベアトリスの隣から聞こえた声に、思わずアレンが瞬きを繰り返したのは、それがあまりにも硬かったからだ。
まるで感情を抑えるような声であり、俯いた顔が何かを堪えているように見えたのは、決して顔にかかった影のせいだけではあるまい。
だがアレンはその声に、敢えて軽い調子で返した。
「うん? どうかしたか?」
「……超一流の武器ということは、それこそ聖剣などならば、ということですよね?」
「うん、そうだね」
「そう、ですか……その、アレン君は、ノエルがどうして聖剣を超えた剣を作りたいと思っているのかを聞いていますか?」
「それに関しては、さすがにどこまで踏み込んでいいものか分からなかったからね。聞いてはいないけど?」
聞いてはいないが、明らかに事情があるということぐらいは分かる。
おそらくは、ノエルが何かを敢えて隠しているということも。
あまりにも多くの事が符合しすぎていたからだ。
だが。
「そうですか……では、わたしが勝手に喋ってしまうわけにはいきませんね」
「まあ、やめといた方がいいだろうね。それに、色んな意味で心配はいらないだろうし」
「ほぅ……? それはつまり、あれらの剣を鍛え直すことで超一流に届く、ということか?」
「少なくとも僕はそうなると思ってる。そしてノエルは、明日には出来るって言ってたからね」
「なるほど……つまりは、明日になればその魔物の討伐も可能になるというわけか。それは確かに、もう解決したようなものだから気にする必要はないな」
「いや、そこまで断言出来るかはまだ分からないけどね。武器が通じても討伐出来るとは限らないわけだし」
「討伐はアレン殿がするのだろう? ならば出来ないわけがあるまい」
そう言ってくれるのは嬉しいのだが、さすがに苦笑を漏らすしかない。
勝てると断言出来るような相手ではないのだ。
負けるつもりがないとはいえ、どうなるかは結局戦ってみなければ分からないものだし……それに、どうやらそのことだけを考えていればいいわけでもなさそうであった。
こちらに向けられているリーズの瞳が不安げに揺れているのは、きっとアレンの身を案じているからばかりではないのだろう。
ふと、何となく空を見上げ、眺める。
その先を見通すように目を細めながら、さてどうなるものやらと、アレンは小さく息を吐き出したのであった。




