元英雄、再度怪しい人物に遭遇する
相変わらず賑わっている街中を、アレンとノエルは歩いていた。
これから森に行くためであるが、おそらく周囲からはそのように見えてはいないだろう。
アレンも確かに軽装……というか、防具らしい防具を身につけてはいないのだが、ノエルもまた大差ない。
さすがに作業をしている時のものから着替えてはいるものの、むしろ防御力が下がっているように見えるのはどうしたことか。
ノエルにそれなりの実力が備わっているということは分かっているのだが――
「何よジッと見て? あたしの顔に何かついているかしら?」
「いや……これからあの森に行くっていうのに、よくそんな服装で平気な顔してられるなぁ、と」
「服装に関しては貴方に言われたくないのだけれど? リーズも一見軽装に見えるけれど、アレ防御結界を幾重にも張り巡らせている超高級品でしょう? まあ本人の戦闘能力が乏しいから取り囲まれてしまえばどうしようもないでしょうけれど……でも、貴方の着ているそれって本当にただの服よね?」
「まあね」
家から追放された時に防具は持ってこれなかった、というかそもそも持っていなかったし、この街に来るまでは手に入れる手段がなかった。
この街では入手しようと思えば出来ただろうが、必要性が感じられなかった上に実際必要がなかったので、アレンはずっと普段着のままで戦闘などをこなしているのだ。
「まあね、じゃないわよ……まあでも、結局はあたしも貴方と同じよ。必要がないから防具とかは身につけないってだけ。本当はこの胸当ても必要はないのだけれど、リーズ達が何か一つでも防具をって言うから着けているだけだもの。森でエルフが防具を着けるなんて仲間に見られたら笑われるんじゃないかしら……会ったことないけれど」
「森でエルフとの戦闘は避けろとか、エルフは森で迷うことはないとか言われてるのは知ってるけど、それってエルフの住んでる森限定ってわけじゃないんだね」
「他のエルフがどうなのかは知らないけれど、少なくともあたしはあの森の中なら普段の三倍は早く動けるわよ?」
赤というよりは緑というイメージなのに、よくもそんな早く動けるものだ、などと思ったものの、言ったところで通じるはずもないので肩をすくめておいた。
エルフは森霊種などと呼ばれてはいる……というか、厳密には森霊種と呼ばれていた存在がいつしかエルフなどと呼ばれるようになったのだが……まあ、それはともあれ。
その名前からも何となく想像出来る通り、エルフは森の精霊の血を引いていると言われている。
魔法への適性の高さも、森での適応能力の高さもそれがゆえと言われており、また実際に根拠となりそうなものも存在していた。
それは、エルフの寿命が人類種などと比べ遥かに長いということだ。
人類種がどれだけ魔法で寿命を延ばしたところで三百年程度が言われているのに対し、エルフは素で千年を超える。
エルフの王族とも呼ばれるハイエルフはさらに寿命が長いとも聞くが――
「……そういえば、ノエルって何歳なの?」
「何よ不躾に。まあ別に気にしてるわけじゃないけれど……」
「いや、てっきり僕達と同年代かと思ってたんだけど、考えてみたらエルフって成長するのが遅いんだよな、と思って」
「ああ、確かに寿命が長い分幼年期も人類種の十倍ぐらいあるって聞くわね」
「聞く、ってことは……?」
「ええ、お察しの通り、少なくともあたしの記憶にある限りでは、あたしの幼年期は人類種のそれと大差なかったはずよ。あたしの暮らしてた場所の時間が歪んで物凄い速さで流れてた、とかいうことがない限りは」
「もしもそうだったら大発見だね」
だがそうなると、どういうことなのだろうか。
人類種との混血だろうかと思うも、所謂ハーフエルフなどと呼ばれる人達は、確かに寿命などは大分人類種に近付くと聞くが、それでも五百年程度はあると言うし、幼年期も相応に長いという。
エルフの血が薄まれば寿命もさらに人類種に近付くらしいが、その場合は外見も人類種に近付くはずだ。
それにしてはノエルの耳は一目でエルフだと分かる程度にはエルフの特徴を備えたままであるし……何よりも。
――全知の権能:天の瞳。
アレンの目には確かに、【種族:森霊種】と見えるのだ。
ならば彼女が純血のエルフかはともかくとして、少なくともその性質はエルフに限りなく近いはずである。
アレンの持つ全知の権能は、世界に存在する全ての情報を認識するための権能だ。
望めばその力に見えぬものはなく、望めばその力に知れぬことはない。
過去と現在どころか、過去と現在から導き出すことにより、未来すらも見通す事が可能だろう。
アレンの認識によってその機能を制限していはいるものの、その本質が変わることはない。
それはたとえ他の権能を使ったところで同じであり、全知によって得られる情報は、世界がどう認識しているかということだ。
要するに、視える情報そのものは、アレンの認識によって歪むということがないのである。
ノエルの種族が森霊種と視えたのもそれが理由だ。
あくまでも彼女達の種族名は森霊種であり、エルフは俗称なのである。
人類が勝手に名付けたものであるため、どれだけ人々にエルフと呼ばれ、あるいは森霊種という呼び名が忘れ去れたとしても、世界は彼女達を森霊種として認識し続けるし、全知がそれ以外の名を示すことはない。
これは即ち、ノエルが森霊種だと世界に認識されるような存在だということも示しているのだ。
だがそうなると、ではノエルの幼少期についてはどう説明がつくのか、という話に結局はなってしまい……そこでアレンは思考を切り上げた。
そこまで深く考えるべきことでもないな、と今更ながらに思ったからだ。
ノエルに困っている様子はなく、相談されたわけでもない。
何かは分からないが、何らかの理由はあるのだろうな、程度に思っておけばいい話であって――
「おや? これは奇遇ですな?」
と、不意に聞こえた声に、視線を向けた。
それは前方から届いたものであり、聞き覚えはあるのだが誰だっただろうか、などと一瞬思ったが、それは本当に一瞬のことだ。
シルクハットが目に入った瞬間に、ああ、と納得したからである。
その一見紳士にも見える人物に向けて、肩をすくめた。
「奇遇も何も、ここはそれなりに大きいとはいえ、限りある場所なわけだしね。適当に道を歩いてれば顔を合わせるのは珍しいことでもないんじゃない?」
「なるほど、確かに言われてみればその通りでもありますな。いや、すみません、ここ十日ほど姿を見掛けもしませんでしたから、つい」
「まあ、珍しくもないとはいえ、歩いてる時間帯が被らなきゃそもそも合わないだろうしね」
「……なに、知り合い? 話すようなことがあるのなら、先に行っているけれど?」
「ああいや、知り合い……と言えばそうだろうけど、以前ちょっと話した事があるってだけだしね」
「そうですな……いや、申し訳ありません。邪魔をするつもりではなかったのですが……」
別に邪魔というほどではなかったが……まあ驚いたというのは確かだ。
ノエルのことに思考を向けていたとはいえ、姿を捉えていなかったどころか、気配も感じ取れていなかったのである。
なのにそんな予想もしていなかった人物から話しかけられたとなれば、さすがのアレンでも驚くというものであった。
「さて、それではこれ以上邪魔になる前に私は去りますかな」
「あら、いいの? 別に急かすつもりはなかったのだけれど……」
「いえいえ、私が邪魔なのは事実でしょうからな。特に用件があったわけでもありませんし。それでは、また機会がありましたら」
そう言って男は頭を下げると、本当にそのまま去っていってしまった。
そのすぐ後をアマゾネスの少女が無言で歩いて行くのを、何となく眺める。
ノエルも同じようにその背を視線で追っていたが、その顔には何とも言えないような表情が浮かんでいた。
「……なんていうか、変な人と知り合いなのね」
「まあ変わった人達ではあるよね」
それは格好の時点で何一つ否定出来るものではあるまい。
この街では意外とあんな格好でもおかしくないのかと思ったものの、やはりそんなことはなかったようだ。
「ともあれ、僕達は森に向かうとしようか。真面目にやらないとリーズ達に申し訳が立たないしね」
リーズ達が共にいないのは、アレンが森に行くのはいつも通りだからということで、彼女達もまたいつも通りの行動をするということになったからである。
要するに、街で調査を続ける、ということだ。
確かにアレンは森に行くものの、調査に行くわけではないのだから今日ぐらいはいいのではないかとも言ったのだが、どうも彼女達は自分達が行うべき調査なのに何の手掛かりも得られていないことに心苦しさを感じてしまっているらしい。
何処で情報を得られるかなどは、半ば運の要素も関わってくるのだからあまり気にする必要はないと思うのだが……まあ、それで気が済むというのならば、やらせてしまっても問題はないだろう。
実際こうして歩いているだけでも、少しずつ街の雰囲気が変わってきているというのは感じるのだ。
今日こそ何かを得られたところで不思議はなかった。
「ところで、貴方達って要するに怪しい人を探してるのよね?」
と、不意にノエルからそんなことを聞かれ、アレンは首を傾げた。
ノエルもこの街の住人ではあるため、ある程度のことは話し、聞いている。
というか、ノエルならば問題ないだろうとリーズ達が判断した結果、将軍が暗殺されたあたりのことも話しているのだが、ノエルはそう解釈したらしい。
それは確かにそうではあるのだが――
「身も蓋もない言い方だなぁ……」
「なによ、分かりやすくていいでしょう? それで、なのだけれど……怪しいって言うのならば、今の人なんかとても怪しかったと思うのだけれど?」
「あー、まあ、それもそうなんだけどね……」
決定的な場面を押さえたりするならばともかく、さすがに怪しいというだけでは斬りかかったりするわけにもいくまい。
苦笑を浮かべならば、後方を振り返る。
もうすっかり見えなくなったその姿に向けるように、アレンは肩をすくめるのであった。
人ごみの中で足を止めた男は、ふと後ろを振り返った。
すっかり人に紛れて見えなくなってしまったその先を見つめるように、目を細める。
「ふむ……あの周囲を嗅ぎまわってることを考えれば、てっきり私達のことに気付いたのかと思ったのですが……特に反応はありませんでしたな。さて……どうしたものか」
足を止めた男は、考え事に集中しているのか、まるで周囲に気を配っていなかった。
街中の一角だ。
普通に考えれば誰かにぶつかってしまうはずであり……だが、不思議なことに誰もその身体にぶつかりはしない。
そのことを男は気にすることもなく、ふむともう一度呟くと、虚空へと向けていた視線を戻し、そのまま自身の傍らに佇む少女へと向けた。
「ここはやはり、お前に頼るべきでしょうかな? どういう目的だろうと、それが最も確実でしょうからな」
その言葉にか、その視線にか、一瞬だけ少女は身を強張らせるが、それも本当に一瞬だけだ。
顔にすら現れることのないそれに満足したように、男は一つ頷く。
「まあ、気にする必要はないとは思いますが……やはり、万全は期すべきでしょうな。でなければ……こんなことで失敗してしまったなど、悪魔の風上にも置けませんからな」
そんな言葉と共に、男はその口元に笑みを携えながら歩き出す。
少女もまたその後を無言で続き、そのまま二人の姿は、風に紛れたように消え去ったのであった。
とりあえず更新。
更新優先なのであとで改稿するかもしれません。




