元英雄、出来上がった剣を確認する
立てかけられている三本の剣へと意識を移すと、アレンは興味深げに目を細めた。
まずは、この三本しかないというのが非常に興味深い。
先日見た時百本ほどの剣は、ノエルが一月――三十日で打ったという話であった。
しかしその三分の一の時間が経っているにも関わらず、ここにはその三十分の一以下の数の剣しかないのだ。
つまりは、一本にそれだけの時間をかけたということである。
もちろん時間だけをかければいいという話ではないし、あの時もノエルは全てを全力で打ったと言っていた。
だがそれにも関わらず、あの時とは同じ本気でも気合の入れようが違う、とでも言いたげなものがこうしてここにはあるのだ。
期待に心が逸ってしまうのも仕方がないというものだろう。
とはいえ、いくら自分のために作られたものであったとしても、本来ならば勝手に見ていいはずがない。
しかし許可を取ろうにも、それらを作り出した本人はおそらく夢の中だ。
さてどうしたものか……と思ったのと、視界の端でもぞりと『それ』が動き出したのはほぼ同時であった。
「っ……リーズ……? そう……眠ってしまっていたのね。ようやく出来上がったと一瞬気を抜いてしまったからかしら。あなた達が来る前に倒れてしまうなんて、久しぶりすぎてすっかり身体が倒れるタイミングというものを忘れてしまったみたいね」
「そもそもそんなの覚えておくものじゃありませんからね……!? もうっ、本当に変わってないんですから……と言いますか、なに起き上がろうとしているんですか? 私はさすがに疲労を取り除いたり睡眠不足を解消したりすることは出来ないんですから、ちゃんと休まないとまた倒れますよ?」
「今更言われるでもなく、ちゃんと覚えているわよ。でも客が来ているっていうのに、出来上がった商品の説明もせずに寝ているわけにはいかないでしょう? 出来るだけ早く確認したいだろうし」
別に出直せば済む話ではあったが、アレンは敢えて何も言わなかった。
早く見たいと思っていたのは間違いないからだ。
「むぅ……」
その言葉に一理あるということと、こちらの考えていることが分かったからだろうか。
リーズは半目でノエルとアレンを交互に睨みつけるように見たものの、軽く唇を尖らせるだけで、それ以上は口にしなかった。
そのことにアレンは苦笑を浮かべるが、今すぐ見たいという気持ちはどうしようもない。
ゆっくり立ち上がるノエルの足腰が意外にしっかりしていることに、感心に似た吐息を漏らしながら、その背を視線で追う。
先ほどのリーズの言葉は謙遜だったのか、それとも無理はして欲しくないから控えめに言っていたのかは分からないが、疲労や睡眠不足に対してもある程度の効果はありそうだ。
あの子供の手足を再生させていたことといい、どうやら単純な治癒というわけでもなさそうだな、などということを思考の片隅で考えながら、立てかけられていた三本の剣を纏めて持ってこちらにやってくるノエルの姿を待ち構えた。
「さて……というわけで、待たせちゃったわね」
「別にそれほど待ってはいないけどね。で、それが……?」
「ええ。正真正銘、今のあたしが打てる最高の剣よ」
「三本とも?」
別に最高だからといって一本とは限らないが、少し接しただけとはいえノエルの性格は何となく掴めている。
最高とノエルが言うのならば、一本だけを出すのかと思っていたのだ。
「……そうね。最高って言うんだから、本当なら一本だけを出すべきなんでしょうけれど……打ち始めて気付いたんだけど、あたし貴方のこと何も知らないのよね。どんな剣を使うのを得意としてどんなスタイルで戦うのか、とか。あの剣は見たけれど、愛用していたからといってそれが最も手に馴染むものかは別だもの」
「ああ……まあ、確かに」
後で微調整するのだとしても、大雑把なくくりは必要だ。
細剣を最も得意とする者に大剣を与えたところで調整どころではないように、せめてどんな剣をどんな形で使うのか、ということぐらいは聞いておく必要がある。
てっきり聞くまでもなく把握したのかと思っていたのだが、単に忘れていただけらしい。
「……ノエルって、意外なところで抜けていたりしますよね」
「……うるさいわね。その分他のところで挽回すれば問題ないでしょ」
「なるほど、だから三本、と」
確かによく見てみれば、三本とも刃幅や厚さ、それどころか柄なども僅かに異なっているように見える。
話を聞けなかった分はバリエーションを増やし実際に試すことで補おうというわけか。
「数は増えても、手は抜いてないわよ?」
「そこは最初から疑ってないって。この前の時から腕が確かなのも、そこに込められている想いが真剣なのも分かってたし」
「……ふんっ、当然ね」
「ノエル、すまし顔をするのはいいですが、口元が喜びを隠しきれていませんよ?」
「う、うるさいわねっ。そこは分かってても黙ってなさいよっ。と、とにかくはいこれっ」
口早に言いながら、剣を押し付けるように渡してくるノエルに、苦笑を浮かべる。
そっぽを向きつつも、その頬が赤く染まっているのは見えていた。
だがそれに関しては触れることなく、渡された剣の方へと視線を移す。
ざっと眺めると、ふとあることに気付いた。
「んー……これ元になってるのは僕の使ってたあの剣、かな?」
「ええ、ずっと使ってたってことは、少なくとも使いにくかったってことはないでしょう? 長さに関しては、成長するのを見越して作ってたみたいだから、今の貴方に合わせて調整してはいるけれど」
「ふむ……剣身を見るまでもなく、良い品だということが分かるな。相変わらずさすがだ……腕は鈍っていないどころか益々冴え渡っているようだ」
「あの頃よりもずっと好きに打っているもの。当たり前よ。で、どうかしら?」
言葉と共に、挑戦的な目が向けられる。
それに応えるように、三つの中の一振りを選ぶと、おもむろに引き抜く。
現れた剣身を鈍い光が照り返し、隣から感嘆とも溜息ともつかない声が漏れた。
「……これは本当に見事だな。私が譲って欲しいぐらいだ」
「あげないわよ?」
「分かっているさ。私では貴殿の目に適わなかったということは理解しているからな」
それでも隣から向けられる嫉妬交じりの視線に、アレンは苦笑を浮かべる。
やはり騎士であるからか、良い武器というものは喉から手が出るほどに欲しいものであるらしい。
とはいえ、これを見たら騎士でなくとも、それこそ普段は剣を使わないような者ですら欲しがるかもしれないが。
アレンが手にしているものは、それほどの剣であった。
ただ――
「んー……正直なところ、何とも言えないかな?」
「えっ……わたしの目にも凄い剣だっていうのが分かるんですが……それでも駄目なんですか?」
「ああ、いや、駄目っていうわけじゃなくてね」
確かに紛らわしい言い方だったかもしれないと思い、苦笑を深めると共に肩をすくめる。
そう、そういう意味で言ったわけではないのだ。
むしろ逆である。
「見ただけじゃどれほど良いか判別出来ない程の出来だって意味だよ」
以前目にした百の剣は、使ってみるまでもなかった。
良い剣には違いなかったが、見るだけで限界が見て取れたからだ。
しかしこれはそうではなかった。
だから、実際に使ってみなければ何とも言えない、と言ったのである。
「っ……やりましたねっ、ノエル……!」
「……ふんっ、当然よ」
先ほどと似たようなことを言い、そしてその顔も似たようなものであった。
すまし顔をしているというのに、その口元ははっきりとにやけている。
だが今回はわざとだということが分かっているのか、リーズも敢えて指摘することはしなかった。
「……ま、真面目な話をすると、本番はこれからだもの。使ってみての感覚が一番重要よ。というわけで、これからそれ使ってみてくれないかしら?」
「別にいいけど……三本とも?」
「ええ。重心とかも微妙に変えているから、それぞれどれが最も使いやすかったか、ってのを聞かせて欲しいのよ」
「分かった。じゃあ色々なことに気をつけながら、三本とも使ってみるよ。で、それっていつ伝えにくればいい?」
「ああ、別に伝えに来る必要はないわよ? あたしも今から一緒に行くから」
「へ……?」
反射的にノエルの顔を見てみると、明らかに冗談で言っている目ではなかった。
しかしアレンが何か言う前に、リーズが声を上げる。
「……ノエル? さっきわたしが言ったこと聞いていましたか? 休まないと、本当に倒れますよ?」
「分かっているわ。でもお願い。剣も鍛冶師も一緒なのよ。熱いうちに叩いておかないと、より良いものは出来ない」
「………………はぁー。分かりました。ですが、次倒れたらさすがにわたしはもう力を貸しませんからねっ」
「大丈夫よ。あたしを信じなさい。貴女がいなくてもこの二年無事にやってこれたのだからね」
「わたしが来た途端に倒れるまで頑張ってた人の何を信じろって言うんですかっ」
そんなことを言い合っている二人を横目にベアトリスへと視線を向けると、ベアトリスは肩をすくめていた。
おそらくは、これもまたよくあることと言いたいのだろう。
ノエルがこれで倒れたら倒れたで、文句を言いながらも癒そうとするリーズの姿が目に浮かぶようだ。
ベアトリスも同じことを考えているのか、その口元には苦笑が浮かんでいた。
「ま、もしノエルが倒れても僕が運んでくるから大丈夫だよ」
「確かにアレン君がいれば大丈夫でしょうが……それは問題ないと言ってしまっていいんでしょうか……?」
「いいんじゃないかしら? 少なくともあたしは気にしないわよ?」
「貴殿はむしろ気にすべき側だと思うのだが……」
「まあ一応倒れる前に戻って来るようにするってことで。ところで、実際に使ってみるってことは、やっぱり実践でってことだよね? 具体的にどの辺の魔物と戦ってみるって指定とかあるの? もっとも、この周辺の地理とかよく分かってないから、何処とか言われても分からない可能性のが高いけど」
「その心配はいらないわよ。言ったようにあたしがついていくんだし、そもそも分かりやすいところだから分からないってこともないと思うわ」
「分かりやすいということは……街のすぐ傍、ということですか?」
「ふむ……得物を計るには相応の相手と戦う必要があると思うが、そんな魔物がこの街の周辺にいたか?」
皆の視線を受け、ノエルはにっこりと笑みを見せる。
そして。
「何を言っているのよ。そもそもあたしの種族が何か忘れたのかしら? エルフが向かう場所なんて、森に決まっているでしょう?」
自信満々にそんなことを言ってのけたのであった。




