元英雄、怪しい人物に出会う
すみません、ちょっと遅くなりました
ああ、そういえば普通に考えればこうなるか、とどこか他人事のようにそんなことを考えていたアレンは、しかしそこで首を捻った。
聞き覚えのない言葉を耳にしたからである。
「……考えてみましたら、こうなるのは当然でしたね」
「ああ。アレン殿のせいで麻痺しているが、あんなものを突然出されれば驚いて当然だろう」
「さりげなく僕に責任転嫁しないでくれないかな? というか、僕としては驚かれたもう一つの方について聞きたいんだけど?」
言って視線を向けると、ベアトリスはあからさまに目をそらした。
どうやらあの呼び名は本人的には不本意なものらしいことがその様子からは分かるものの――
「その……正直わたしも気になります。ベアトリスの外見に銀という色は含まれていませんし……」
だが、さすがに主の言葉には逆らえないようだ。
それでもしばらくは迷っていた様子を見せていたが、好奇心に満ちた瞳を二対向けられていることに耐え切れなくなったのか、諦めたように溜息を吐き出すとその理由を語り始めた。
「……それはおそらく、私が冒険者として活動する時に纏っている鎧と剣が原因だろうな」
「鎧と剣?」
「休んでいるとはいえ、私がリーズ様に仕えている騎士なのは変わらないからな。そのことを忘れないよう戒めとして鎧と剣を銀色にしていたのだが……どうやらそのせいで、私と言えば銀、ということになってしまったらしい。まあ常に全身鎧を着て顔まで兜で覆っていたせいもあるのかもしれないがな」
「……なるほど」
人が他人を認識するのに最も重要なのは、やはり視覚だ。
特に色というのは分類しやすく、そこまで目立つ姿をしていれば異名の一つや二つあったところで不思議はない。
「それにしても、休みの時にまで主のことを忘れないようにとか、さすがは近衛だね……いや、さすがはベアトリスさん、って言うべきかな?」
「いや……これは私のアイデアではないからな。そう誇れるようなことではないさ」
「あれ、そうなんだ。騎士団とか近衛の教え的なものってこと?」
「そのどちらでもなく、アルフレッド様――っと、まあ、知人から教わったことだ」
「……へー、そうなんだ」
一瞬ベアトリスが口ごもった直後、リーズへと視線を向けたのにアレンは気付いていたが、敢えてそのことを追求することはしなかった。
その理由を何となく察してはいたからだ。
アルフレッドとは、リーズの叔父だった人物のことだろう。
かつての第一騎士団の副団長で、アレンとは面識がないものの、いい叔父さんだったという話を昔聞いた覚えがある。
その時のリーズの様子を見るに、おそらくはもう一人の父親のように慕っていたはずだ。
全てが過去形なのは、今から五年近く前に亡くなっているからである。
ベアトリスがその名を口にするのを避けるようにしたのは、未だリーズがその死を引きずっているということなのか、あるいは単にベアトリスが気を使いすぎているだけなのか。
どちらなのかは分からないが、敢えて言及する必要もあるまい。
アレンはそのことに気付かなかったフリをすると、話をそのまま続けた。
「それにしても、それだけだったらただの目立つ人ってだけだよね? そんなに大仰な名前で呼ばれず、あそこまで驚くことはないと思うけど」
視線を女性の方へと向けてみれば、未だ驚愕から立ち直れていないのか、どことなく挙動不審気だ。
何を優先したらいいのかとばかりに、鱗とプレートとアレンとベアトリスの間で視線を行き来させ続けている。
「……まあ、自慢ではないのだが、私はこれでもそこそこ腕が立つ方だと自認している。守りだけではなく、攻めの方でもそこらのものには負けないだろう。それでだな……実は王都の冒険者というのはあまり質がよろしくない」
「へえ……? 何でまた? 王都なら色々仕事ありそうだし、腕のいい人が集まりそうなものだけど……ああいや、そっか。騎士団があるから、か」
「なるほど……確かに王都では、誰かが困ったら大抵の場合は騎士団が解決してしまいますね」
「そういうことだ。そのため冒険者は各地に散ってしまい、王都では特に上のランクの者達が不足している。だから私が行くと大抵は塩漬けになってしまっている依頼があるのだが……」
「それを解決してるうちにあんな風に言われるようになった、と?」
「まあおそらくはギルドが意図的に流しているのだろうがな。今も言ったように王都は冒険者が不足気味だ。確かに騎士団も動くとはいえ、さすがに限度がある」
「そういえば、冒険者に助けを求めることもあるんだっけ?」
「騎士だからこそ出来ることもあれば、騎士だからこそ出来ないこともあるからな。そういったこともあって、まともな冒険者が増えるのであればこちらも助かるため、一応放っておいてはいるのだが……」
それでも不本意であることに変わりはない、というわけか。
まあ、プロパガンダとして利用されているわけだから、当然ではあるのだろうが。
と、そんなことを話している間に、ようやく女性は復帰を果たせたようだ。
「…………はっ!? も、申し訳ありませんであります……! さすがにこれは私だけでは判断が付かないため、上と相談させていただきますであります……!」
何か先ほどから言葉遣いが妙だが、それだけ混乱しているということか。
対応は出来るようになったものの、混乱から抜け出せたというわけではないらしい。
鱗とプレートを、腫れものでも扱うような手つきでそっとつまむと、そのままギクシャクした動きで女性は後方へと退いて行った。
おそらくはそっちに上役がいるのだろう。
しかしそれはそれとして、ぶっちゃけ暇になってしまった。
さてどうしたものかと、何となくその場を見渡す。
「……それにしても、人の少ない時間帯だったのが幸いだったな。これで人が多かったら色々と大変なことになっていただろう」
「ガラの悪い人に絡まれたり?」
「あとは四方八方から好奇心に満ちた視線を向けられたり、な」
先ほどの意趣返しなのか、そんなことを言ってきたベアトリスに肩をすくめて返す。
だが実際のところ、そうなってもおかしくはなかったのだ。
さすがに不用意すぎたかと反省する。
ちなみに今更言うまでもないだろうが、アレンが出した鱗はあの女性が言った通り龍の鱗だ。
この街の様子を見た時点で金が必要になるのは予想が出来ていたので、馬車を預ける際に鱗の一枚だけを取ってきていたのである。
一応あの中の三分の一ほどはアレンのものだということになっているため出来たことであった。
ともあれ、平穏を望むのであれば、こうした厄介事に繋がるようなことはなるべく避けるべきだ。
これからはそういうこともしっかりと考えていくべきだなと、そう思い――
「もし、少しよろしいですかな?」
そんな声をかけられたのは、その時のことであった。
これは反省するのが少しばかり遅かったかと思いながらも、さすがに無視するわけにはいかない。
さてどんな人物がどんな用件で話しかけてきたのやらと思いつつ、振り返り……そこでアレンが目を見張ったのは、視線の先にいた人物の姿が、想像していたどんなものともかけ離れた外見をしていたからだ。
シルクハットに燕尾服、口元に髭を蓄え、右手にはステッキを持っている。
紳士、とでも呼ぶべき姿ではあるが、間違いなくこの場に相応しい姿ではなかった。
そもそも、こんな目立つ姿がギルド内にいたら気付かないわけがない。
アレンが思わず訝しげな目で見てしまったのも、仕方のないことだろう。
だがそんな全身から怪しげな気配を醸し出している紳士然とした男は、それをどう解釈したのか……あるいは、分かった上で無視しているのか、どことなく親しげな笑みを浮かべた。
「おっと、不躾に申し訳ありません。ですが、先ほどの話……といいますか、叫び声が聞こえてしまって、それでつい気になってしまってですな。それに、連れも気になったようですし」
あの叫びのことを考えれば、これは相手を責めるわけにもいくまい。
むしろあの女性が戻ってきたら文句を言った方がいいのではないかと思いつつ、連れと言いながら振り返った男の視線を辿る。
そこにいたのは一人の少女であり、その姿を目にした瞬間、驚きの声がベアトリスの口から漏れた。
「あれは……アマゾネス、か?」
「珍しい……というよりも、初めて見ましたね」
「ああ、私もだ。ということは、貴殿は南の方からやってきたのか?」
少女の肌は、この周辺では非常に珍しいことに、褐色の色をしていた。
というか、この世界でその肌の色を持つ種族は一つだけであり、それがアマゾネスである。
エルフなどのように特定の場所から出てこない、というわけではないのだが、主に大陸の南の方に住んでいるため、この国との間に交流はない。
それでも二人の態度が見るからに軟化したのは、アマゾネスの性質を知っているからだろう。
アマゾネスは何故か女性しか生まれないという特殊な種族であり、それが理由かは定かではないが警戒心が高く好戦的だ。
だがその分人を見る目は確かであり、共にいることを許すのは誠実で信頼に足ると判断した者だけだという。
二人はそのことから、この男が少なくともあの少女にとっては信頼に値するような人物なのだろうと考え、警戒を緩めた、というわけである。
アレンは正直そこまで楽天的にはなれなかったが、ちょうどいいかもしれないと思い直す。
アレンが男を疑い、二人が男を信じれば、バランス的にはピッタリだ。
「ええ、まあ、そのようなものです。こう見えて私、冒険譚とかいうものに目がなくてですな。実は彼女もなのですが……その、こういっては何ですが、南の方ではそういうものはあまりお目にかかれないのですよ」
「ほぅ……? そうなのか? アマゾネスの屈強さは有名だと思っていたが……」
「ああ、それは間違いないのですが、どうにも彼女達は屈強に過ぎると申しますか……身も蓋もない言い方をしてしまいますと、彼女達は基本的に猪突猛進なのです。そのため、冒険譚などというのとは程遠くなってしまい……ついそれを求めて旅などを始めてしまった有様です」
「それで、わざわざ交流のないようなこの国にまで、ですか?」
「お恥ずかしい話ですが……」
「いえ、そんなことはないと思いますが……しかし、少し意外だったのは事実ですね」
「そうだな。アマゾネスは基本的に話に聞くよりも自分でやろうとするものだと思っていたが……」
「それもまた、基本的に間違っていないですな。ですが、実のところ彼女はアマゾネスとしては少々非力でしてな……」
「だから自分にないものを外に求めた、と?」
いかにも、とばかりに男が頷いたのを横目に、アレンは少女の方へと視線を向けると目を細めた。
とりあえず、男の言葉に矛盾はないようだ。
確かに少女のステータスは『力』などが軒並み低い。
反面『器用さ』などは突出して高いが、これでは話に伝え聞こえてくるアマゾネスの中では相当に生きづらかっただろうことは容易に想像が出来た。
「つまり気になったことというのは龍の鱗のことであり、だが同時にそれそのものではない、といったところか」
「話が早くて助かりますな。ええ、龍の鱗などというものが容易く手に入るわけがありませぬ。ということは、そこには相応の冒険譚があったことでしょう」
「その話を聞きたい、ということですか……」
「もちろん、詳細に教えろ、などとは申しません。ですが、そうですな……二つほどお聞きしたいことがあるのですが、いかかでしょうか?」
「それは……」
言葉に詰まりながら、リーズがアレンへと視線を向けてくる。
その目から、出来れば教えてあげたい、という言葉が聞こえてくるようで、苦笑を浮かべた。
肩をすくめる。
「まあ、内容次第じゃないかな?」
「それもそうですな。……では、まずその内容を言ってしまいますが、私がお聞きしたいのは、あの龍の鱗は誰かから手に入れたものなのか、それとも自らの手で手に入れたものなのか、ということです。それが一つ目であり、二つ目はその答え次第ではあるのですが、仮に後者であった場合は、あなた方だけでそれを成したのでしょうか?」
その言葉にアレンは少し考え、再び肩をすくめた。
その程度ならば教えてもいいのではないかと思ったからだ。
どっちにしろ龍の素材は最終的にはこの街でどうにかするつもりではある。
ということは、そう遠くないうちにアレン達が龍を倒したという話は街中に広まってしまうはずだ。
量的に考えてそれ以外に有り得ないし、そうなればここで教えたところで大差はない。
そんなアレンの考えが伝わったのだろう。
ベアトリスが一つ頷くとその口を開いた。
「ふむ……その疑問に答えるのはいいのだが、二つ目について聞いてもいいだろうか? 疑問の形を取りながらも、まるで私達以外に誰かがいたと確信しているような口ぶりであるような気がするのだが……?」
「そうですな……それは確かに間違っていませんな。銀の戦乙女、という名は私も聞いたことがございます。ですが、失礼ながら……」
「私だけでは龍に敵うわけがない、か」
男は肯定も否定もしなかったが、それこそが何よりも明白な答えそのものだ。
そしてベアトリスもそのことを自覚しているのか、怒るようなことはしなかった。
ただ、その代わりとばかりに苦笑を浮かべ――
「……そうだな。的確な分析だと言っておこうか。実際私だけでは倒すことなど出来なかっただろうからな」
「おお……ということは、やはりあなた方が龍をお倒しになられたのですな? そのお話を是非ともお聞きしたいものですが……いえ、ここは無理は申しますまい。ところで、二つ目の答えをお聞きする前に、一つ推測していることがあるのですが……あなた方の他にもおられたという方は、もしやあの勇者殿ではございませんかな?」
「へえ……良い勘してるね。やっぱり色々な冒険譚を知ってるとそういう嗅覚が働くようになるのかな?」
「どうやらそちらも正解だった、ということのようですな。いや本当に詳しい話をお聞き出来ないのが勿体ない……しかし、これ以上あなた方の迷惑になることは出来ませんし、それにその話だけでも十分色々な話が想像出来ます。それだけで私は満足ですし、きっと連れも喜んでくれることでしょう」
「こんなことだけで喜んでくれるんなら、こっちとしても話した甲斐があったかな?」
「はい、本当にありがとうございました。……さて、さすがにこれ以上あなた方の邪魔をするわけにはいきませんから、私はそうそうに失礼させていただくといたしましょう。それでは、また何かのご縁がありましたら」
そう言って男は、どこか胡散臭くも見える笑みを浮かべながら、本当にあっさりと去って行った。
その姿を何となく視線で追っていると、男は少女のところへと戻り次第、少女に何かを囁いたようであった。
その途端に少女が立ちあがり、こちらへと頭を下げてくる。
リーズ達も男達の様子を伺っていたのか、少し慌てたように会釈を返す。
男も頭を下げ、上げると、少女共々ギルドを去って行った。
その背が見えなくなるまで、アレンは目を細めて追っていき……ふと視線を感じると、リーズが少し訝しげな目で見ているところであった。
「どうかしたの?」
「いえ……何であんな言い方をしたのかと思いまして」
確かに、アレンの言い方では、まるで龍を倒したのはアキラだったように感じられたことだろう。
だがそれでいいのだ。
アレンの役目は、疑うことだったのだから。
しかし敢えてそれは言葉に出すことなく、アレンはただ肩をすくめてみせたのであった。
冒険者ギルドを後にした男は、笑みを浮かべたまま通りを歩いていた。
その姿はさすがにこの街にあっても目立つ。
しかもアマゾネスを引き連れているとなれば尚更だ。
だが不思議なことに、男はまるで周囲から注目を集めてはいなかった。
否、それどころか、誰からも一瞥たりとてされていない。
まるで誰の目にも映っていないかのように悠々と足を進めながら、男はその口を開く。
「ふうむ……正直なところ、少々期待外れでしたな。我らの計画を邪魔したという話でしたからどれほどのものかと思えば……あの程度の者達に龍が負けたというのですか? 正直信じられませんな」
それは独り言というには少し大きめの声ではあったが、やはり誰も視線を向けることはない。
人のざわめきの中にあって、そこから切り離されたように男は勝手気ままに言葉を並べる。
「それほど勇者が強力ということなのか……あるいは、龍に期待しすぎていただけ、ということでしょうかな? やはり一度見に行くべきでしたな……まあ、今更言ったところでどうにもなりませんが」
アマゾネスの少女もまた、その言葉にピクリとも反応を返さない。
男の後を迷いなくついていっているところから男のことが認識出来ていないわけがないのだが、男が少女のことを気にしていないように、少女もまた男のことをまったく気にすることなくその後ろを歩く。
そこにあるのは、ただ男の呟きだけだ。
「何にせよ、アレらは放っておいても問題はなさそうですな。聞いていた話よりも一人多かったですが……まあ、所詮はレベル1。何の障害にもならないでしょう」
言いながら、そこで初めて男が後ろを振り返った。
少女の姿を眺めながら、その笑みを深くする。
「それにしても、あなたの力は想像以上に使えますな。ええ、これはいい拾い物をしたというものです。おかげさまで予定を早める事が出来そうですしな」
しかしそれに対しても、やはり少女の方からの反応はなかった。
俯きがちなままで、男の後ろに従うだけだ。
「ふふ、これは何か褒美でも与えねばなりませんかな……? こう見えて私、働いた物にはきちんと報いを与えるべきだと考えていますからな。まあといっても、あと十日ほどはまだ忙しいでしょうが。しかしその後でしたら、望むもの次第では与えても構いませんぞ?」
その言葉にも反応はなく、だが男はそれでいいとばかりに笑みをさらに深める。
そうして奇妙な二人組は、結局誰からも注目の一つも浴びないまま、何処かへと去って行くのであった。




