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元英雄、冒険者ギルドに向かう

 さて、やることが決まったわけだし、早速行動……というわけにはいかなかった。


 別にそれでも構わないと言えば構わないのだが、少なくともこの街に十日はいることが確定しているのだ。

 まずは拠点とすべき場所、即ち宿を決めるべきである。


 だがここで一つ、問題が発生した。

 アレンは現在無一文なのである。


「あー、まあ……当然そうなる、か」

「ここでお金が必要になるなんて思ってもみなかったしね」


 辺境の地とは、ある種無法者の集まりである。

 だからてっきり貨幣経済など存在していないのかと思っていたのだが、さすがにこの規模となればそんなことはないらしい。


 あるいは、冒険者ギルドがあるからだろうか。

 さすがに依頼の報酬を現物で渡すわけにはいかないだろうし、かといって金を渡したところで使えなければ意味がない。


 そして基本的に冒険者というのは金遣いが荒く、商売人側にしてみれば金づるだ。

 ついでに言えば、国が密かにとはいえ支援しているらしいことを考えれば、金を物に変える仕組みというのがどこかにあっても不思議はない。


 そういった様々な要因により、ここでは貨幣経済が成り立っているのだろう。


「ちなみに、本来はどうするつもりだったんですか?」

「物々交換だろうなぁ、と思ってたから、適当に動物なり魔物なりを狩って、その肉を使えば何とかなるかな、と」


 ならなくとも、最悪その肉を食っていれば餓えることはないし、野菜に関しては全知の権能を使えばやはりどうとでもなる。

 こういう使い方をすると本来の持ち主に怒られそうな気もするのだが、全知の権能を使えば食えるものと食えないものを判別する事が可能なのだ。

 水に関しては理の権能で幾らでも作り出すことが出来るし、少なくとも餓死する心配はなかった。


 ここでもそうして生きていくことは可能と言えば可能だ。

 この街からそれほど離れていない場所には森があるようだし、今は冬ではないので外で寝ていても凍死してしまう心配もない。

 金を使わなくとも十分に生活は可能だ。


 とはいえ、折角街にいるのにサバイバル生活をするのはどうかと思うし――


「手伝ってもらうわけですし、お金ならばわたし達が出しますよ?」

「そうだな……ここまでの道中でのことも考えれば、相応の代金は支払うべきだろうしな」

「いやいや、さすがにそこで甘えるわけにはね」


 アレンはあくまでも平穏に暮らしたいだけであって、働きたくないわけではないのだ。

 ヒモになるのは勘弁したい。


 それに金は確かに持っていないが、心当たりがないわけではないのである。


「っ……それは」

「……なるほど、抜け目ないな」


 他からは見えないように気をつけながら『それ』を見せた瞬間、一瞬驚き、直後に苦笑を浮かべたリーズ達に肩をすくめる。

 とりあえずこれで多分、金は何とかなるはずだ。


 というわけで。


「んー……さっきチラッと見た時も思ったけど、思ったよりもちゃんとしてるっていうか、もっと殺伐としてるかと思ってた」

「あ、正直わたしもそう思っていました。もっと怖い場所かと思っていましたが……」


 そんなことを言いながら周囲を見回しているアレン達の視界に映るのは、幾つかの木製のテーブルに椅子、壁にかけられたコルクボードとそこに貼り付けられた数枚の羊皮紙、受付カウンター。

 人の姿はまばらであり、そのせいかカウンターの向こうに立っている女性は暇そうで、こちらのことを興味深げに見ている。


 冒険者ギルドであった。


「ふむ、そうか、二人は来るのは初めてか……まあ、貴族が来るような場所ではないが」

「そう言うってことは、ベアトリスが来た事が?」

「騎士団学校に在籍している間は、ちょくちょくとな。鍛える事が出来る上に金も貰えるということで、大体の者は登録していただろう。騎士になってからも冒険者の力を借りる必要がある時は行ったりもしていたものだ。リーズ様に仕えてからも、休みの時には稀に行っているしな」

「休み? そんなのあるんだ?」

「……アレン君、それはどういう意味ですか? わたしはベアトリスを休みなくずっとこき使ってるように見える、ということですか?」

「そういうわけじゃないけど、近衛にそういうイメージがあるってのは否定しないかな? 特にベアトリスってリーズの専属の護衛だし」

「確かに私は専属だし、リーズ様の専属は私だけだが、リーズ様は常に出かけるわけじゃないからな。城の中で過ごしている時には他の近衛に任せられるし、そういう時は私も休みを貰えるというわけだ」


 それで冒険者ギルドに行くとか休みになってないんじゃないかと思ったが、まあ休みの過ごし方は人それぞれか。

 身体を動かすのはもう趣味のようなものなのだろう。


「ちなみにそこもこんな感じなの?」

「いや、少なくとも王都のギルドはもっと煩雑的だな。アレン殿たちが考えているように、荒くれ者と大差ないような冒険者が暴れていることもよくある」

「ということは、ここは随分としっかりしているんですね」

「あるいは、単に今はそういった冒険者がいない、というだけなのかもしれんがな」


 何はともあれ、まずは金策だ。

 しかしその場をもう一度見渡してみたところで、カウンターは一ヶ所しかない。

 どうやらあそこだけで全てをまかなうようだ。


 冒険者ギルドの役割は多岐に渡っており、依頼者との仲介、依頼品の納品の代行や依頼料の支払いの代行、魔物から取れた素材の換金などなど、冒険者としてやっていく上で必須の場所である。

 ただし依頼者との仲介などはともかくとして、実は他のことは冒険者として登録していなくとも可能だ。

 アレンは実際にギルドに来たことはなくとも話は色々と聞いたことがあるのでそのことを知っていたのだが……てっきり分業されているものだと思っていたのである。


 あるいは、ここが特殊なのかもしれないが……一先ず聞いてみれば分かることだろう。

 そう思い、アレンはカウンターへと向かった。


「いらっしゃいませ、冒険者ギルドリベラ支部へようこそ。本日のご用件はどういったものでしょうか?」


 そんなアレン達の対応をしてくれたのは、妙齢の女性であった。


 その姿にアレンが若干の面白味を覚えたのは、女性の頭部に犬の耳が生えていたからだ。

 飾りではなく本物であり、つまりは獣人だということだが、当然のように獣人が面白かったわけではない。

 獣人がこうしてこんな場所で普通に働けているということが、この街の特殊性を示しているようで面白かったのである。


 まあそれはともかくとして、視線をその耳の下へと向けてみれば、そこには若干過剰ではないかと思ってしまうほどに優しげな笑みが浮かんでいた。

 先ほどの対応も随分丁寧な対応ではあったが、おそらくはそういう教育をされているからなのだろう。


 慣れていると思わせる態度であるし、丁寧に対応されて悪い気分がする者はいない。

 荒くれ者のような者が多いからこそ、そうしているに違いなかった。


「えーと、とりあえず素材の換金(・・・・・)をしたいんですが……ここでいいんですよね?」

「あ、はい、大丈夫ですよ。ですが、そうお聞きになられるということは、冒険者ではない、ということなのでしょうか?」

「はい、別に冒険者じゃなくても素材の換金は出来るんですよね?」

「それは問題ありませんけれど……手数料が通常の倍になってしまいますが、よろしいでしょうか?」


 これは知っていた。

 そもそも冒険者ギルドとは名前の通り冒険者のためのものなのだ。

 他の者でも利用出来るとはいえ、冒険者に利点があるのは当然である。


 しかし、このためだけに冒険者になるのはなんだし、そもそもアレンは明らかに平穏から遠いような冒険者というものになるつもりはない。

 それに『これ』のことを考えれば、多少手数料が多くかかっても問題はないし――


「いや、私が冒険者だから、私を介すということでお願いしよう」

「ベアトリスさん……いいの?」

「いいも何も、しない理由の方がないだろう? アレン殿は手数料が安くなり、私は渡す手数料の半分がギルドへの上納になるからな。それに……正直『それ』の手数料が倍だというのは、かなりの額になると思うぞ?」

「んー……個人的には問題ないと思うんだけど、まあ安く済むに越したことはないか。ありがとう、じゃあ遠慮なく」

「ああ、どうしたしまして。というわけで、そういうことで頼む」

「はい、かしこまりました。それでは素材の方をお願いします」


 女性の言葉に頷くと、アレンは懐から『それ』――手のひらサイズの赤い鱗(・・・)を取りだした。


 一見大きく見えるものの、これでも最小のものである。

 そして何の鱗であるかは、言うまでもないだろう。


「じゃあ、これでお願いします」

「そしてこれが私のギルドカードだ」


 そう言ってアレンが鱗をカウンターの上に置いたのと同時に、ベアトリスが銀色のプレートをその隣に置く。

 ギルドカードとはギルドの一員であることを示すものであり、特別なギフトと魔導具を併用することで本人以外には使えないようになっているのだとか。


 そんな二つを眺めた女性が、その顔に浮かべている笑みをさらに深めた。


「はい、ありがとうございます。それでは『鑑定』してしまいますので、少々お待ちください」


 その言葉に、なるほど『鑑定』も出来るのかと、アレンは一人納得した。

 分業になっていないことを考えれば、それも当然なのかもしれないが……一旦後ろに引っ込み別の人物が『鑑定』するのかと思っていたのだ。


 『鑑定』とは文字通り、物の価値などを鑑定するギフトを使用し確認することである。

 どれだけ詳細に分かるかはギフト次第ではあるのだが、さすがに何の鱗かぐらいは分かるだろう。


 いや、物が物だけに相応のギフトではないと分からない可能性も否定は出来ないのだが――


「えーっと、これは…………………………はい?」


 しかしそんな心配をよそに、『それ』が何であるのかを認識したらしい女性が、目を見開き呆然とした声を漏らす。

 そして。


「りゅ、龍の鱗でありますか……!? しかもこちらよく見たら銀の戦乙女殿のものであります……!?」


 そんな叫び声が、ギルドの中に響き渡ったのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

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