鍛冶師の想い
部屋の中を一人の少年がジロジロと見て回っている姿を、ノエルはジッと見つめていた。
そこにあるのは自身の打った剣であり、ここ一月の間に打った百ほどの作品が並んでいる。
もっとも、作品とは言ってもその全ては失敗作であり、出来そこないなのだが。
「んー……手を抜いているようには見えないけど、これ本当に一ヶ月で全部打ったの?」
「もちろん手なんて抜いていないし、嘘も言っていないわよ? というか、あたしの種族が何なのかを忘れたのかしら?」
「あー、なるほど、魔法的な補助を使ってるのか」
「ノエルは腕そのものもそうでしたが、注文してから出来上がるまでの速度も凄いと評判でしたからね」
「ああ、それだけに引退して辺境の地へと向かうと聞いた時には耳を疑ったし、各所からの引止めがすごかったらしいがな」
「自慢じゃないけれど、本当に凄かったわよ? 脅迫一歩手前というか、ほぼそのものなこともされたもの」
「そういえば、そんな話も当時聞いたことがあったな。何でも騎士団が動くことにもなったらしいから……まあ、馬鹿共はいつでも何処にでもいる、といったところかね」
そんなことを言っている間も少年――アレンは剣を見る手を休めておらず、一つ一つジックリと見ては、時に手に取ったりなどしている。
それは真剣そのものの姿であり、僅かな緊張に喉がごくりと音を立てた。
「それにしても、ノエルって魔法使えたんだね?」
「……それはどういう意味かしら?」
「いや、リーズ達が紹介しようとしてるのが鍛冶師だってことにはこの家に来た時に気付きはしたんだけど、さすがにエルフだとは思ってなかったからさ。鍛冶師はドワーフの専売特許、とまでは言わないけど、やっぱりギフトの関係上ドワーフの方が有利でしょ? そして同じくギフトの関係上エルフは魔法に長けている」
確かにそれは事実だ。
どんな理由があるのか、あるいはないのかは分からないが、ドワーフが与えられるギフトは鍛冶に関係するものが多く、それがドワーフが鍛冶を得意とするといわれている所以である。
そしてエルフも同様に与えられるギフトが魔法に関係することが多く――
「なのにエルフのあたしが鍛冶師なんてやってるのは、魔法が使えないからだ、と?」
「まあそれだけで鍛冶師になろうとするのはおかしいから何か事情があるんだろうなとは思ったけど。少なくとも僕はエルフの鍛冶師なんて他に聞いた事がないしね」
「……まあ、あたしが魔法を使えないっていうところ以外は一応あっているわよ? ただ、確かに事情はあるけれど、別に大したことじゃないわよ? あたしが『はぐれ』で、拾われた先がたまたまドワーフのはぐれだったってだけだもの。まあ彼女ははぐれははぐれでも、ドワーフらしく鍛冶を得意としていたわけだけれど」
基本的にエルフはエルフの森と呼ばれる場所に、ドワーフはドワーフの鉱山と呼ばれる場所に住んでいる。
だが全てが全てそこに住んでいるわけではない。
何らかの理由でそこから離れることになったり、そこに住んでいることが嫌になって外に出て行く者がいる。
そうしてそのまま戻ってこない者達のことを『はぐれ』と呼ぶのである。
そしてノエルは、そのはぐれなのだ。
とはいえ、ノエルがはぐれになった経緯は少々特殊ではある。
何せどうしてはぐれになったのか、ノエル自身も知らないのだ。
ノエルの最初の記憶は、どことも知れない山の中で唐突に目覚めたというものである。
ノエルは、親の顔すらも知らないのだ。
しかしそれで困ったこともなかった。
目覚めたその時、親はいなかったが、別の人物はいたからである。
それが、ノエルの育ての親ともなるはぐれのドワーフだ。
彼女が何故自分のことを育ててくれたのかは、正直よく分からない。
何か理由があったのか、あるいはただの気まぐれだったのか、寡黙な彼女はそれを一切話す事がなかったのだ。
それどころか、会話らしい会話をした記憶すらも数えられる程度しかない。
日常の中でノエルが彼女について覚えているのは、黙々と剣を打つ姿だけであった。
「まあ、あたしのことはどうでもいいでしょう? それよりも、それでどうだったのかしら?」
アレンがノエルの打った剣を見ていた……というか、ノエルが自身の打った剣をアレンに見せていたのには、当然のように理由がある。
それは主に自身の腕を示すためではあるが――
「んー、まあ、そうだね。やっぱりって言うべきか、良い腕してると思うよ? しかも、物凄く。全部が全部名剣と呼んで遜色ないものだろうし、大半の剣士がこれを握っても、剣に負けちゃうだろうね。脅迫してでも君を留め置こうとした人がいたってのも有り得る話だ」
「……そ、ありがと」
「――でも、逆に言えばそこまででしかない。この程度じゃあ聖剣には及びもしないだろうね」
それは随分と容赦のない言葉ではあった。
だが、忌憚のない意見を求めたのはノエル自身であるし、何よりも自覚していたことだ。
それでもさすがにそう断言されてしまうと何も感じないというわけにはいかなかったが、一つ息を吐き出すことで湧き上がってきた悔しさを抑える。
それから、何よりも聞きたかったことを口にした。
「それで、どうかしら? あたしは聖剣を超える剣を打つことが出来ると思う?」
「――まあ、まず無理だろうね。本気でそれを目指して打ったのがこれらの剣なんだよね? それでこれなら、このままじゃいくら繰り返して同じ結果にしかならないと思う」
「……そう」
落胆がなかったと言ったら嘘になる。
それらを見せていたのは、結局のところそれを知りたかったからだ。
そしてそれが叶わぬと知って平然としていられるほどノエルは強くもなければ、目標に掲げていることに対する想いが軽くもない。
しかし、彼がそう言ったということは間違いがないのだろう。
そのことは受け止めなければならない。
何故ノエルがそこまでアレンのことを信じているのかと言えば、リーズ達が紹介してきた相手だから……というわけでは、もちろんない。
むしろ先ほど剣を折ったと聞いた時には不審の極みにあったぐらいだ。
そもそも当然ではあるが、剣というものはそう簡単に折れるものではない。
むしろ普通に使っていれば折れることはないと言い切ってしまってもいいぐらいだろう。
適度に手入れをし、無茶な使い方をしなければ、決して折れるようなものではないのだ。
それなのに折れてしまったというのは、雑な扱い方をしていたとか、身の丈に合わない無茶な使い方をしていたとか、あるいは担い手の腕が根本的に不足していたなど、扱う側に問題がある場合がほとんどなのである。
だからただでさえやることがあったノエルはその時点で彼の剣を打つどころか剣を譲る気すらなくなっていたし……だがそれも、彼が折ったという剣を『視る』までであった。
わざわざそんなことをしたのは、どれだけ酷い使い方をしたのかと気になったからではあるが、もしかすると何らかの予感があったのかもしれない。
ともあれ、そうしてノエルはその剣をしっかりと観察して、知ったのだ。
それが十年もの間丁寧に手入れをされ、大事に使われていたということを。
その時点で、不審に思っていた気持ちはなくなっていた。
どころか、実際に折れた剣を見せられたら反転してしまったと言っていい。
その折れ方に魅せられてしまったのだ。
その剣は完全に死んでいた。
それを蘇らせることは、どんな鍛冶師でも、どんなギフトを使っても不可能だろう。
何故ならばその剣は、全てを使い果たされていたからだ。
どのようにすればそんなことが可能になるのかは分からない。
だがそれはその剣の全てを引き出し、使い果たしてしまったからこそ起こったことなのだということを、ノエルの『目』は伝えてきていた。
たとえアレンがどれほどの剣士であったとしても、未熟な剣の使い方しか出来ないのであれば、ノエルは相手にしなかっただろう。
しかしこれほどのものを見せられてしまったら、こっちからお願いするぐらいであった。
聖剣を超える剣を打つ。
それはノエルの夢であり目標であり、叶えなければならないことである。
それも、一刻も早く。
そのためには足りていないことばかりであったが、中でも最も足りていなかったのは担い手である。
どれだけ優れた鍛冶師だろうと、誰が振るうかも分からない最高の剣などというものは作れない。
量産品ならばともかく、真に優れたものを作ろうとするならば、相応の相手というものが必要なのだ。
そしてノエルはそれに相応しいと思える者を、今まで見つけることが出来ないでいた。
王都にはいなかったし、ここならばと思って辺境にまで来ても一向に見つかる気配はなかったのだ。
もう残された時間はあまりないというのに、である。
そういったこともあって、正直なところ、久しぶりにリーズに会えたのは嬉しかったけれど、煩わしくもあった。
今のノエルには、彼女達に会って暢気に会話を交わしていられるほどの余裕は、時間的にも精神的にもなかったのだ。
だがその彼女達が今の自分に最も足りていないものを運んできてくれたというのだから、人の縁とは分からないものである。
ともあれ、そういうわけでノエルはアレンのことを信じているというわけであり……だが当然のように、そのアレンに言われたからといっても諦めるというわけではない。
そもそも今も言ったように、ここにあるのは担い手を想定しないまま打たれたものだ。
それはアレンも分かっている。
だからこそ、このままではと言ったのだ。
しかしこれまでとは違い、今はアレンという担い手がいる。
ここからどれだけ理想に近づけることが出来るかが、ノエルの真の腕の見せ所であった。
「さて……それじゃあ早速打ってくるわね」
「え、今から?」
「さっきまで打ってたんですよね……? 少し休まれた方がいいのでは……?」
「平気よ。こんなのいつものことだし」
「分かってはいたことだが、やはり変わってはいないようだな……」
「あら、昔のあたしと一緒にされるのは心外だわ。だって今のあたしには、見返さなければならない相手がいるんですもの」
そう言ってアレンに視線を向けると、苦笑と共に肩をすくめられた。
だがその直後に目を細めてきたのは、やれるのならばやってみろということだろう。
安い挑発ではあるものの、そんなのはお互い様だ。
やってやろうではないか。
そんな想いと共に口の端を吊り上げながら、工房へと足を向ける。
瞬間、ふとノエルの脳裏を過ったのは、ひたすら剣を打ち続けていたあの人の姿だ。
それと、あの人がとても悔しげに顔を歪めながら、それでもどこか嬉しそうな顔をしていた時のこと。
そして。
勇者と聖剣と――。
「……三年、か」
ポツリと呟きながら、もうそんなに経ったようにも、まだそれだけしか経っていないようにも感じる。
しかし何にせよ、やることに変わりはない。
――絶対に、聖剣を超える剣を打ってみせる。
想いを新たにしながら、ノエルは作業場へと足を進めるのであった。
とりあえず更新を優先しますが、表現等にあまり納得がいっていないのでそのうち修正するかもしれません。
内容は弄らない予定なので、修正したとしても読み返す必要はないはずです。




