元英雄、鍛冶師に出会う
その光景を目にした瞬間、アレンは目を見張っていた。
そこには、武器屋もかくやと言わんばかりに剣が群れを成した光景が広がっていたからだ。
しかもその全てが、少なくとも名剣に該当する業物である。
ついでに言えば、それらの剣に見られる癖のようなものが全て同一だ。
即ち、この百本はあろうかという剣の全ては、同一人物が打ったということであった。
果たしてどんな人物がこれを作り出したというのか。
思わずアレンはごくりと喉を鳴らし――今まで鳴り続いていた音が止んだのは、そのときの事であった。
「あ、音が止みましたね。どうやって呼んだものか悩んでいたのですが、必要なさそうです。ですが……ちょうどいいタイミングだったのか、それともお客さんに気付いて止めたのか……どっちだと思います? わたしとしてはノエルの成長に期待したいところなのですが……」
「可能性は低いんじゃないか? 言い方は悪いが、正直彼女がそっち方面で成長出来るとは思えないからな」
「……ですよね」
何となくそうなんだろうと思ってはいたことだが、どうやら二人はここの主と知り合いらしい。
しかもどことなく親しそうだ。
本当にどんな人物なのだろうかと思い――
「――なに好き勝手言ってくれてるのかしら?」
奥から聞こえてきた声に反射的に視線を向け、そこにあった姿に一瞬自分の目を疑った。
「あれ、ノエルですか? 早かったですね?」
そこにいたのは、一人の少女であった。
勝気そうな金色の目が印象的であり、だが何よりも気になったのはその耳だ。
人類種のものよりも長く尖ったそれは、間違いなくエルフの証であった。
「すぐそこが工房になっているのよ。おかげであなた達の声はよく聞こえたわ」
「ふむ? ということは、私達に気付いて作業の手を止めた、ということか?」
「まさか。ただの偶然よ。作業が終わって一息吐こうとしたらあなた達の声が聞こえてきた、というわけね」
「ではやはりわたし達の言葉は間違っていないではないですか……」
「あら、知らなかったのかしら? 事実だとしても、人のことを悪く言ってはいけないのよ?」
「……本当に、驚くほど変わっていませんね」
「あなたも、外見は変わったけれど、中身は変わっていないわね。……ところで、そこの彼は放っておいていいのかしら?」
「え? あっ、そうでした……!」
と、少女自身の姿とその会話を興味深く眺めていたアレンへと、直後に三対の瞳が向けられた。
瞬間少女の瞳が細められたのは、こちらの様子を観察するためだろうか、などと考えている間にリーズの頭が下げられる。
「ご、ごめんなさい、アレン君。紹介したりもせずに放っておいてしまって……」
「いや、それは別にいいんだけど……リーズ、友達いたんだね?」
「……アレン君、今わたしもの凄く失礼なことを言われた気がするんですが?」
そんな言葉と共に、リーズからジトリとした目を向けられるも、アレンは肩をすくめた。
今のは確かに言い方が悪かったかもしれないが、言いたかったことは言葉のままなのだ。
「昔友達が作れないって言ってたからね」
彼女は第一王女だ。
だから彼女は友達が『作れない』。
作ることが許されない。
少なくとも当時彼女に近づくことを許されたのは婚約者であったアレンぐらいであり、今も妙に心を許してくれているのはそのせいだろうとアレンは思っている。
しかし、二人……いや、ベアトリスも含めた三人の雰囲気は大分気安いものであった。
互いに向けている態度を見ても、彼女達が友人関係にあるのは間違いないだろう。
つまりどういった理由、状況だったのかは不明ではあるが、友達が作れたということであり――
「まあ、もうそんなことがなくなったっていうんなら何よりだよ」
「え、えっと……あんな昔のこと、覚えていてくださったんですか?」
「まあ結構印象深かったしね。僕ぐらいは君の味方になって支えてあげようって思ったのもその時だったし。ああ、もちろん今もそれは変わってないよ?」
「え、えっと、その……ありがとうございます?」
何故疑問系なのかと思いつつも、苦笑を浮かべ再度肩をすくめる。
こっちがやりたくてやっていることなのだから、礼を言われるようなことではあるまい。
「ふむ……貴殿ぐらいは、ということは、私はリーズ様の味方だと思われていない、ということかね?」
「いや、その時はベアトリスさんがどういう人なのかまだよく分かってなかったし、言葉の綾だからね?」
「というか、人の家でイチャつかないでもらえないかしら? それとも、今日わざわざこんなところまで来たのは見せ付けるためだったのかしら? 叩き出すわよ?」
「イ、イチャついていませんし、ちゃんとした用件もあります……!」
頬を赤く染めながらも、リーズはそう言いいながら仕切り直すようにコホンと咳を吐く。
それからとりあえずとばかりに互いの紹介を始めた。
「えっと……ノエル、こちらの方は、アレン君です。アレン君、あっちにいるのがノエルになります。もう分かっているかとは思いますが、ここで鍛冶師をやっています」
「……ちょっと紹介が雑すぎないかしら?」
アレンも若干そう思ったものの、そんなものと言えばそんなものだろう。
それに本人を前にして詳細な紹介をされるというのは、それもそれで困るものだ。
「まあ改まって紹介され合うような状況でもないし、いいんじゃないかな? 必要なことがあれば、この後自分達で確認し合えばいいわけだしね」
「……それもそうかしらね。で、用件は何なのかしら?」
「はい、こちらのアレン君に剣を打って――」
「――断るわ」
「――いただきたいんですけど、って、え……? あの、ノエル……?」
「聞こえなかったかしら? 断るって言ったのだけれど?」
にべもない返事であった。
一瞬の迷いも見せないどころか、言葉の途中での一方的な拒否。
それは見方によっては、拒絶とすら取れるようなものですらあった。
それがあまりにも予想外だったのか、リーズが困惑の表情を浮かべる。
「え、っと……その、どうして、と聞いてもいいですか?」
「ふむ……貴殿は以前から気難しく客を選ぶ性質ではあったが、理不尽に断ったりすることはなかった。確かに今回のは友誼を通じてのものではあったが、きちんとした依頼なのは分かるはずだ。それでも問答無用で断ったとなると……先ほど作業中だったようだし、今は立て込んでいる、というところかね?」
「……そうやって冷静に返されると困るわね。正直リーズよりも貴女の方がやりづらいわ」
「それは褒め言葉と受け取っておこう。主の足りない部分を補佐するのが従者の役目だからな」
「まったく……まあでも、貴女の言う通りよ。今は立て込んでいて手が離せないから、他の依頼を受ける余裕はないわ」
「むぅ……ならば最初からそう言ってくれてもよかったんじゃないですか?」
「嫌よ面倒だもの。結果は変わらないのだから言わなくても一緒でしょう?」
「一緒じゃないですよ……!」
と、またもやアレンを脇に置いたやり取りが行われ始めたわけだが、アレンはむしろその様子を興味深く眺めていた。
こんなやり取りを見るだけでも、やはり二人は友人なのだということがよく分かるからだ。
何となく彼女の性格も掴めて来たし、リーズとはまったく違うタイプだからこそ友人となれた、といったところなのだろう。
それと、リーズの反応が自分と話している時ともベアトリスと話している時とも少し異なる感じなのがどことなく新鮮というか面白かった。
「というか、別にあたしにこだわる必要はないでしょう? ここには他にも鍛冶師はいるし、剣を買うだけなら他にも手はあるわ。こんなところに来るようなやつらはどいつもこいつも一癖も二癖もあるようなやつらばかりだし、武器屋で揃えるのが一番手軽で面倒が少ないんじゃないかしら?」
「それはもしかして自己紹介のつもりかね?」
「うるさいわね、自覚してるわよ。だから他に行きなさいって薦めてるんでしょう?」
「むぅ……でもそれじゃあ駄目なんです! アレン君には一番いい剣を使って欲しいですし、ノエルはわたしが知る限り最もいい剣を打つことの出来る鍛冶師なんですから……!」
「……これはのろけられてるのか、褒められてるのか、どっちなのかしらね?」
「わたしは真面目に言ってるんです……!」
「失礼ね、あたしも真面目に言ってるわよ? そもそもそこの彼、既に剣持ってるじゃないの」
言いながらその視線が自らの腰に向けられているのを感じ、ああ、もしかしたらそれもやる気のなさそうな要因の一つなのだろうか、と思う。
確かにアレンは何らかの牽制になればと、ずっと壊れた剣を腰に差したままなのだ。
まだ使える剣があるのに新しい剣を探そうとするなど、鍛冶師によってはそれを気に入らないと思う人もいるのかもしれない。
「いや、それがこれは壊れてるっていうか、折れちゃっててね。だから新しいのを求めてたんだよ」
「折れた……? なら尚更お断りよ。どんなことに使ったのか知らないけど、自分の剣を折るようなやつに――」
言葉を言いかけた途中で、ピタリとその挙動が止まった。
その目が見開かれ、腰の剣に注がれていた視線がさらに強まる。
それはまるで何かに気付き驚いたとでも言いたげなものであり――
「ねえ……アレン、って言ったかしら? その折れたっていう剣見せてもらってもいい?」
「ん? 別にいいけど?」
特に拒否するような理由もなかったので、鞘ごと腰から外して渡す。
彼女――ノエルはそれを、意外なほど丁寧に両手で受け取ると、そのまま右手で柄を掴み、ゆっくりと引く抜く。
そうして現れた刀身は、真ん中あたりから見事なまでにポッキリと折れていた。
アレを打ち直すのは、おそらくどんな達人でも不可能だろう。
あの剣は完全に死んでしまっているからだ。
そんな剣をしばしジッと見ていたノエルは、まるで黙祷でもするかのようにしばし目を閉じた後で、再びゆっくりと鞘に戻す。
それからこちらに向けられた目には、何かを決意したような、熱のようなものが存在しているような気がした。
そして。
「……気が変わったわ。貴方に剣打ってあげる」
「え、本当ですか……!?」
「ええ。でもその前に一つ聞きたい事があるのだけれど、いいかしら?」
「なに?」
「――貴方は、聖剣を超える剣っていうものに、興味あるかしら?」
こちらを真っ直ぐに見つめたまま、そんなことを言ってきたのであった。




