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元英雄、町に辿り着く

 辿り着いた場所を見て、アレンははっきりと驚きを顔に浮かべていた。


 どういった場所に来るのかということを、アレンは事前に聞いてはいなかった。

 着いてからのお楽しみだと言われていたし、そういうということは何かしらの驚きのようなものがあるのだろうと思ってはいたものの……これは完全に予想外である。


「これ、村っていうか……完全に町じゃない?」


 そう、辺境の地にあるのは、全て村だけなはずであった。

 これは貶めているわけではなく、辺境の地が辺境と呼ばれている理由にある。

 単純に言ってしまえば、ここは捨てられた場所だからだ。


 もちろんそういった場所をこそ求める人もいるし、アレンもある意味ではその一人である。

 そして人が一人では生きていく事が出来ない以上は、そういった人達が集まって集落を作り出すのは自然だ。


 だが大半の者は、社会のはみ出し者であったり、社会に馴染めないとしてもここに来る事はない。

 事実として、それでも社会の中で生きていた方が生きやすいからである。


 ゆえにここに来るのは本当によっぽどの者ばかりであり、そんな者が数多くいるわけがない。

 ついでに言えば、理由は様々なれど、そもそもが社会とそりの合わなかった連中ばかりなのだ。

 人数的な意味でも、それぞれの性質的な意味でも、村程度を作るのが限界なのである。


 ――と、少なくともアレンはそう聞いていたのだが、辿り着いたここはどう見ても村という規模ではなかった。

 十日前に足を踏み入れたあの村と比べてみても、賑やかさがまるで違う。


 あそこはちょっとしたトラブルが発生していたせいもあるのかもしれないが、それを抜きにしてもちょっと違いすぎるだろう。


「まあそうだな……ここには冒険者ギルドもあるし、実質的には町って言っても構わんだろう」

「え、冒険者ギルドがあるの? じゃあ本当にもう町じゃないか……」


 冒険者というのは、基本的には便利屋だ。

 人がいれば基本的に仕事に困るということはないが、十分な生活が出来るかはまた別である。


 それは実力以前の問題であり、言ってしまえば需要と供給の問題だ。

 需要過多ぐらいでないと冒険者が集まったところで意味はないのである。


 そして何よりも、場所が場所だ。

 需要があってもそこに供給者が来るとは限らない。


 他に幾らでも働けるような場所があるのだ。

 敢えて辺境の地にやってくる理由もあるまい。


 が、冒険者ギルドがあるということは、ここに何らかの価値を認めたということだ。

 冒険者ギルドは別に非営利の慈善事業団体ではない。

 ここには冒険者の需要があって、供給者も来て、その上でその両者を仲介する意味があると冒険者ギルドが判断したということであった。


「んー……? いや、待てよ……? 以前どっかでそんな話を聞いた事があるような……?」

「考え込むのもいいですが、その前にまずはここに来た目的を果たしませんか?」

「目的……? ああ、そういえば、本来そういう理由でここに来たんだっけか」

「おいおい、忘れてくれるなよ。貴殿にとって重要なことだろう?」

「まあそうなんだけどさ」


 アレン達は、何も目的なく辺境の地の奥へと向かっていたわけではない。

 それはそもそもアレンの新しい剣を手に入れるためだったのだ。


 最も手っ取り早いのは公爵領の街に向かうことではあったが、折角辺境の地へと足を踏み入れたのにとんぼ返りする気にはなれなかったし、そういうことならとベアトリス達が提案してきたのである。

 ならばいい場所がある、と。


 そうして辿り着いたのがここであった、というわけだ。

 ここまでの旅が楽しかったのと、予想外の光景が広がっていたことですっかり忘れていたが。


「ふーむ……どうやって剣を手に入れるんだろうとは思ってたけど、これは結構期待出来そうだね」

「はい、期待していただいていいですよ? おそらくは、アレン君の目にも適うでしょうから」

「ふーん……?」


 何やら知っている口調ではあるが、もしかして知り合いがいたりするのだろうか。


 しかし少し意外な気がしたのは、そう言ったのがリーズだったことだ。

 ベアトリスならばそういうこともあるのだろうなとは思うのだが……本当に意外である。


 そもそも知り合いが何故こんな場所にいるのか、という疑問は湧くものの、尋ねるのは実際にどうなのかを確認してからでもいいだろう。


「じゃあ、楽しみにしておこうかな。案内の方よろしく」

「はい、任されました」


 どことなく楽しげなリーズに先導され、アレン達は街中を歩き始めた。


 ちなみにさすがに馬車で行くわけにはいかないので、ここに来たと同時に馬車は預けてある。

 その際龍の素材も一緒に預けたわけだが、それが盗まれる心配はないだろう。


 何せあまりにも高価すぎるからだ。

 盗んだところで、換金しようとしたら一発でバレるし、他の場所で換金しようにも周囲には換金できるような場所はない。


 かといって、龍に限らず素材とは加工して初めて意味を持つものだ。

 そのままで持っていたところでまさに宝の持ち腐れであり、しかも高価な素材というのは希少なだけでなく扱いが難しいものも多い。

 龍の素材はその中でも色々な意味で最上位であるため、さすがにここには加工できるような者はいないだろう。


 町並みは普通に見えるとはいえ、辺境は辺境なのだ。

 それだけの腕があれば王家お抱えとかになっていてもおかしくないほどだし、さすがにこんなところにはいまい。


 というか、仮にそんな人物がいたところで、やはり加工などを頼めば一発でバレる。

 盗んだところでどうしようもないとなれば、さすがに盗むものなどはいないに違いない。


 まあそれに万が一盗まれるようなことがあっても、アレンならば即座に見つけることが可能だ。

 そういったわけで敢えてそのまま預けてきたということであり、何の憂いもなく身軽なままにアレン達は街を進んでいく。


 そうして周囲の光景を眺めているアレンの頭にあるのは、やはりと言うべきか意外さだ。


「んー……本当にここが辺境の地だとは思えない町並みだなぁ。まあ僕が実際に見た事があるのはこの前の村だけなんだから、ただの偏見って言われちゃうとそうなのかもしれないけど」

「いや……どちらかと言えば、ここが特別なだけだな。ここ以外はあの村のような場所だから、アレン殿の認識は正しいと言えるだろう。まあといっても、私もここ以外はそれほど知っているわけではないのだが……」

「ふむん? まーた僕の元実家が何か変なことしてるのかと思ったけど……もしかしてここに関しては王家も関わってたりする?」

「……秘密ですよ? まあ正確に言いますと、関わっているというよりは黙認しているというところなのですが……」


 その言葉に、アレンは周囲をもう一度しっかりとよく眺め、なるほどと頷いた。

 妙に建造物がしっかりしていると思っていたが、おそらくはここに住んでいる以外の人の手も借りているのだろう。

 それこそ王都あたりからこっそり人を送っていたとしても不思議ではない出来だ。


 そしてそれと共に、先ほど引っかかっていた事を思い出した。


「そういえば、危険だけどおいしい場所があるって噂が冒険者ギルドで流れてるって話を聞いたことがあるっけ。確か、人が滅多に訪れないような場所で、人に言えないようなことをやらされるんだったかな?」


 言葉的には怪しさしか漂っていないものの、それがここのことを示しているのならば一つ思いつくことがある。


 辺境というのは、未踏であることとほぼ同義だ。

 余裕がないから放置されているだけであって、価値がないと思っているわけではないのである。

 誰かが開拓してくれるというのならば、きっと喜んで力を貸してくれることだろう。


 なのにそれが秘密裏に行われているのは……まあ、色々としがらみがあるということか。


「ふむ……まあ、冒険者ギルドのことだから敢えてそういう情報を漏らし人を集めているのだろうが……むしろ問題は何故貴殿がそのことを知っているのか、ということだな」

「噂なんて一人に漏れればそこからどこまででも伝わっていくものだよ? それにまあ、時間はあったしね。暇つぶし代わりに色々と集めてたことがあって、そのうちの一つだよ」

「……まあ、アレン君ですからね。アレン君でしたらどんな秘密にしてることを知っていても不思議ではないと思います」

「さすがにそれは言いすぎだけどね」


 そんなことを話しながら、アレンはたった今通り過ぎた建造物を一瞬だけ振り返った。

 実にタイムリーな場所であったからだ。


「なるほど、本当に冒険者ギルドあるんだね。しかも、珍しい人達の姿もあったし。まあ考えてみれば、不思議でもないんだろうけど」

「ああ、『彼ら』のことか。まあ私も思うところはあるが、現状彼らがこの国で暮らしていくためにはこういった場所に来るしかないからな」

「そうですね……一部のエルフ(・・・)ドワーフ(・・・)の方は王都に住んでいらっしゃいますけど、やはり住みにくいのか出て行かれてしまう方もいらっしゃいますし」

「まあ、難しい問題だよねえ」


 人類種を始めとして、森霊種――エルフ、鉱霊種――ドワーフ、亜人種――獣人などなど、この世界には様々な人類の種族が生息しているが、アドアステラ王国は人類種の国だ。

 王はもちろんのこと、貴族の中にも人類種以外の種族はいないし、国全体を見ても他種族の人数は全体の一割どころか一分程度しかいないだろう。


 かといって特に差別をしているわけではないし、エルフは魔法に長け、ドワーフは鍛冶全般を得意とすることから、王家お抱えとなったり王家御用達となり王都に住んでいる者達もいると聞く。

 だが差別とは、意識してというよりは無意識的にしてしまうものだ。

 そもそも周囲と違うというのは、それだけで住みづらく感じるには十分だろう。


 とはいえ、国がそのことをどうにかしようとしたら、それは彼らへの優遇になってしまう。

 今度はそれに対して声が上がることになるだろうし……今のところどうしようもないことなのだ。


 そしてそういった人達がこういった場所に来ることになるのは道理であり、冒険者などに身をやつしていくこともまた、ある意味では道理であった。


「冒険者にならないような方達も、いるにはいるんですけどね?」

「んー、まあ確かに、エルフの魔法やドワーフの鍛冶とか、個々人の得意なものを活かすことが出来ればそういうこともあるんだろうけど……」


 辺境だからといって差別や偏見と無縁というわけはなく、むしろ辺境だからこその見る目というものもあるはずだ。

 ここで彼らが得意とすることを使って生活していくには、余程の腕が必要となるに違いない。


 その推測が見当違いのものでないのは、冒険者ギルドにいた彼らの姿が物語っていた。


「……ふふっ」

「……? どうかした?」

「いえ、きっとアレン君驚くだろうな、と思いまして」


 それがどういうことかは分からなかったが、尋ねることは出来なかった。

 それよりも前に、目的地に辿り着いてしまったからだ。


「さ、着きましたよ。ここが、アレン君を連れてこようと思っていた場所です」


 言われ、その家を見た瞬間にアレンが目を細めたのは、そこに立てかけてあった剣を目にしたからであった。


 権能を持っているからか、アレンは剣に関しての目利きにはそれなりの自信がある。

 それは玄関口に無造作に置かれているものであったが、その実かなりの業物であった。

 少なくとも、アレンが壊してしまったアレよりは遥かに上だ。


 そしてそんなものがそんなところに置かれているような家が何であるのかは、二つに一つである。

 武器屋か、鍛冶屋か、だ。

 連続して響いている甲高い音が、そのどちらであるのかを告げていた。


「なるほど……これは本当に期待できそうだ」

「はい、期待していてくださいね?」


 そんなやり取りを交わしながら、アレン達はその家の中へと足を踏み入れたのであった。

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●TOブックス様より書籍版第五巻が2020年2月10日に発売予定です。
 加筆修正を行い、書き下ろしもありますので、是非お手に取っていただけましたら幸いです。
 また、ニコニコ静画でコミカライズが連載中です。
 コミックの二巻も2020年2月25日に発売予定となっていますので、こちらも是非お手に取っていただけましたら幸いです。

― 新着の感想 ―
[一言] お腹膨れたから読むのやめるね
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